征服公の孫
「それではお父様、行ってまいります。」
「うむ、二人とも体に気をつけてな。」
フリードリヒと兄カールは宮殿の玄関先でシュテファンと別れを告げていた。フリードリヒは帝都の士官学校に、カールは任地に向かうために帝都まで共に向かおうとしていた。
シュテファンと別れを告げると二人は荘園の飛行場に向かって歩みを進めた。領内に流れる小川は麓のクローネシュタットのクローネ湖まで注いでおり、その澄んだ清流は《ブルンブルグ(青い城)》とここ一帯が呼ばれる所以であった。フリードリヒとカールはその小川のわき道の、シュテファンが整備した美しい石垣の舗装路を二人並んで歩いた。
「ははは!フリードリヒ!重そうな荷物だな!そのまま持ち続けていたらお前のヒョロヒョロの腕がちぎれそうだぞ、代わりに持ってやろうか?」
父と兄は体格がよく、いかにも軍人らしい風貌だが、対照的にフリードリヒは細身で背が高く、よく父と兄には小ばかにされていた。祖母の話では若いころの祖父ミヒャエルによく似ているらしい。性格もフリードリヒはどちらかというとシュテファンやカールよりもミヒャエルに似ている。
「いいですよ!自分の荷物位自分で持てます!」
「そうかそうか!でもそんなんじゃあモテないだろ?士官学校を卒業したら結婚なんだから、今のうちに遊んでおけよ?それともなんだ?もう許嫁にぞっこんか?」
フリードリヒは赤面して黙り込んでしまった。そういう恋愛下手なところも祖父ミヒャエルにそっくりだと一族の間ではよく話題に上がっていた。
フリードリヒは分が悪くなって仕事の話をしようと思った。カールは現在第一魔導猟兵旅団で中隊長として勤務していた。魔導猟兵は貴族の魔導士と法術加工のなされた装甲で武装したエリート兵のみで編成される精鋭部隊で、中隊長であっても極めて重要なポストだ。
「部隊での仕事はどうなんですか?長期休暇ってことはまた遠征があるんですか?」
「ああ、そうそう。また竜殺しさ。ほかの部隊が羨ましいよ。なんせ猟兵は平時も戦時だからな~」
そんな世間話をしている間に飛行場に着いた。飛行場では公爵家の飛行艇《ライゼンデ号》で使用人たちが出発の用意をしていた。
全木製の船体には通常の海上帆船のマストに加えて、船側から翼のようにバンク用の大きなマストが張ってあり、そのマストを支える柱に付いたプロペラは上昇の向きに指向されすでにゆっくりと回転を始めていた。船尾の煙突からは黒煙が上がっている。
「おはようございます!物資の積み込みが完了次第出発します!お二人は船内でおくつろぎください!」
船長が敬礼をして出迎えた。カールが軽く答礼をして二人はライゼンデ号の乗船し、それぞれの寝室に向かって別れた。
♢
ライゼンデ号は、祖父ミヒャエルが親族での旅行の際などに使用するために航空帆船を改造した飛行艇だ。
今回はブラウブルグの北方に聳え立つ《ウンエントリヒ山脈》の反対の麓にある《アイゼンブルグ》に向かうためにライゼンデ号を使う。
ウンエントリヒ山脈はその多くが未だに未踏の山で構成され飛行艇であっても通過できるポイントは限られる。フィアン人が最近まで帝国に属していなかった理由の一つにもこのウンエントリヒ山脈があり、飛行技術の発達や、トンネルの開通などで交流が盛んになり、帝国もフィアン人の土地に目をつけ始めたという経緯があった。
アイゼンブルグまでは飛行艇でちょうど1日ほどで到着する。短い旅路であった。その間にフリードリヒはカールとトランプなどで遊んで時間を過ごした。
帝国空軍の演習のせいでアイゼンブルグの空は混んでおり二人が降り立ったのは夕方だった。二人は一泊するホテルに荷物を置いてアイゼンブルグの街に躍り出た。
アイゼンブルグは鉄の城の名の通り製鉄業が盛んな地域であったが、近年はウンエントリヒ山脈の麓数千メートルに整備された登山道の影響で観光地としても名の売れ始めた町だ。
予想外の足止めで腹を空かせた二人は観光客に扮して酒場町に向かった。アイゼンブルグには観光地になる以前から労働者社会の中で「成熟」した酒場社会が形成されている。酒場町に変装して繰り出すのは二人の青年期からの楽しみの一つだった。
ブルンブルグではもはや二人が変装して酒場に来ることを知らない領民はもういなかったが、初めてのこの地での酒場町に二人は小躍りになりながら向かう。
フリードリヒとカールは石畳の大通りでひときわ賑わっている酒場を見つけた。店内からは楽隊の奏でる賑やかな音楽が聞こえ、人々の明るい歌声が聞こえていた。「ここが良さそうだ」と目配せをして意気揚々と公孫二人は入店した。
カールは酒場に入るなり大声で「Fass!bitte!(樽!くれ!)」と叫んだ。
アクセライヒの酒場では恒例の光景だ。もちろん一人で飲むわけではない。入店した人間が樽を頼んで店にいる人間で飲み分けるのだ。客全員が一人で入ると樽であふれてしまうので店には複数人で入るのがマナーだ。カールとフリードリヒも店先であった男2人と一緒に入ってきた。こうして樽代を団体で払えば実質的に飲み放題なのでアクセライヒの酒場は観光客にも人気だ。
普段であれば工場長の愚痴や、近所の痴話など様々な話題で溢れかえる酒場もこの日は皇后暗殺の話題で持ちきりだった。心配性の兄を刺激しすぎないようにフリードリヒたちも話題に参加する。
「皇后陛下がフィアン人に暗殺されたっていうけど、フィアン人はそんなに皇室が憎いのかな?」
「そりゃあ俺らみたいにせっせと働いてるのに、自分らは宮廷で暮らしてるからじゃないか?あいつらも戦争が起これば貴族のありがたみがわかるさ。」
「そうじゃねえって!フィアン人は長い間あった自分らの国がなくなっちまって悔しいのさ!フィアンの王国は昔南方の奴隷貿易で儲けて、それは豊かな国だったらしいぞ。そんな自分らの歴史を誇ってるのさ。ここのクストス人だって、自分らの国を持ちたいって思うやつは少なからずいると思うぜ。」
アイゼンブルグの住民はアクセライヒで最も人口比の多い支配的な民族《ゴルト人》の多い町だった。多いといっても帝国内のゴルト人の人口は約1200万人、帝国内の15~6%ほどの人口だった。
アクセライヒではこのゴルト人と古くからアクセライヒに取り込まれてある《フォルキレス人》、《ヌエバ人》の三民族が支配的な民族である。しかし、この三民族であっても総人口の半数にも満たず、それ以外は実に19もの民族が混在している。
「ここは帝国に継承されるまではクストス人の土地だったと思うけど、彼らはどこに?」
「クストス人の連中はこういう酒の席が嫌いなんだよ。夜は家で家族と過ごすんだとさ!まああいつらも工場長に誘われたりすりゃ酒場に顔出すこたあるけど、毎日通うようなやつあいねぇな。」
店に入って半時もしないうちに酔いつぶれたカールをよそに、フリードリヒが顔を赤くした鉱夫と雑談をしているとなにやら外が騒がしくなった。
「なんだ?喧嘩か?」
店内の客も気づいて外に出始めた。フリードリヒも窓から顔を出す。
すると、石で荒く舗装された道の対岸の店が騒ぎの原因だと分かった。店のテラスでにらみ合っている男2人を中心に野次馬が集まっていた。一人は背が高く、赤い瞳に銀髪の典型的なゴルト人だった。一方下からにらみつけているのはクストス人。先ほど話題に出たこの土地に先住していた民族で、金髪で男女問わずに長い髪の毛が特徴だ。
「ありゃ隣の製鉄所の工場長じゃねえか?」
「あのクストス人は見ねぇ顔だな。生意気な目つきしやがって。やっちまえ!」
酔った野次馬は突然始まった余興に夢中になり、賭けまで始まる始末だ。フリードリヒは仕方ないといった顔をして、客らにバレないように酔いつぶれたカールを置いて店を抜け人気のない裏路地に向かう。その手は怪しげな紫色の光で輝いている。
「てめえ!俺の飯が食えねえってのか!?せっかくねぎらって大枚はたいてやったんだぞ!」
「家にご飯を作って待っている家族がいるんだ!貴様らゴルト人と違って我々は家庭を重んじる民族だからな!わかったらとっととでかいだけの図体をどけろ!」
(はぁ~)
フリードリヒはため息をため息をつくと、瞳を閉じて輝き続ける手を祈るように合わせて、優しく手にキスをする。
同時に警官隊の笛が鳴るとぞろぞろと騒ぎになっている酒場に向かいクストス人を拘束して野次馬を店に押し戻して、クストス人を連れて行った。突然のイベントの終了に野次馬は愚痴を漏らしながら席に戻っていく。
警官隊に連れられたクストス人は悪いのは自分ではないと抗議の声を上げるが、警官隊は誰一人として口を開かない。そのまま警官隊の一団はフリードリヒのいる裏路地に入った。
跪き、瞳を閉じてその唇を手から離さないフリードリヒの前に着くと、警官隊はクストス人を離した。何が起こっているかわからないクストス人は自分を離した警官に話しかけるが誰に話しても返事はない。
自分以外誰も一言も発さない空間を不気味に感じてクストス人は黙り込む。警官がまるで追われている盗人のように通りを確認するとフリードリヒは目を開けて立ち上がった。すると先ほどまで人のように動いていた警官たちは輪郭が緑に発色すると、徐々に形を崩していき、すっかり泥になってしまった。
唖然とするクストス人にフリードリヒは微笑んで話しかける。
「魔法を見るのは初めてですか?」
満月が狭く薄暗い路地を不気味に照らしていた。
世紀末のアウプトラウム第二話を最後まで読んで下さりありがとうございます!
今回はラストには結局酔いつぶれてしまった兄カールにも少し焦点を当ててみました。今回から少し魔法の要素が出てきましたね!まだまだ戦闘魔法は出てきませんが、第一魔導猟兵旅団同様、これからアクセライヒはどんどん平時も戦時になっていくのでアクションシーンもどしどし増えてきます!乞うご期待!




