皇后暗殺
(やってやった!やってやったぞ!新しい時代が訪れる!俺は英雄になった!)
血に染まったアクセライヒの皇后を前にして俺は勝利の栄光に酔いしれていた。
喜びと達成感で頭がおかしくなりそうだ!この俺が新しい時代の先駆者になる!英雄だ!300万の同胞もこれでついに救われる。帝国の支配も時期に終わる!
「うぉぉぉおおおお!!!!俺は!俺はやり遂げたぞ!!」
思わず叫び声が漏れた。勝利の雄たけびだ。
「皇后陛下?なにやら凄まじい声が聞こえましたが?大事ありませんか?皇后陛下!?」
侍女か何かが騒ぎ始めた。何を言っているのかはわからない。俺は部屋にあった豪勢な椅子に腰かけて、水差しの水をそのまま飲み干した。手の震えと汗が止まらない...
「御義母様?失礼しますよ...」
俺の家よりも高そうなドアノブが回って、大層身なりのいい女が入ってきた。女は俺と目を合わして言葉を失うと次にベットに目を向けた瞬間にとんでもなく甲高い声を上げた。
するとすぐに、執事、近衛隊とぞろぞろぞろぞろ、執事の指示で俺はガタイのいい近衛隊どもに取り押さえられた。
「ざまあみろ!神罰が食らったんだ!お前らもいつか裁きを受ける!同じようになるんだぞ!」
すると初めに入ってきた女が恐怖でいっぱいという表情でこちらを見ると、たちまち顔を覆って泣きながらなにか半狂乱気味に叫び始めた。
「Das ist PHIANISH! Das muss alptraum sein!
(あれはフィアン語だわ!こんなのアウプトラウムに違いないわ!)」
泣き叫ぶ女は侍女たちに支えられながら出て行った。俺は大層気分がよかったが、あの女が何を言っていたかは何もわからなかった。
♢
まだ日も昇りきってないのになにやら宮殿の中は騒がしかった。フリードリヒがドアを開けて廊下に顔を出すとなにやら侍従たちが走り回っていた。
今日は父のシュテファンも兄のカールも休みのはずなのにどうしたものかと不思議に思ってフリードリヒは廊下に顔を出した。
「あぁ!フリードリヒ様・・・ささ!お着替えを!」
「な、なんなんだよ急に...」
フリードリヒはされるがまま執事長のアルフレッドに部屋に押し込まれた。アルフレッドは優秀な執事でシュテファンからも信頼され、メイドたちにも尊敬されていた。
「どうしたんですか?急に、アルフレッドらしくありませんよ」
「申し訳ありませんフリードリヒ様...ただ我々は一刻も早くクローネシュタットに向かわねばなりません。あそこが一番近い駐屯地です!」
クローネシュタットはフィアン総督府のある帝国南方の政治的中心地だ。しかし近いと言ってもここからは馬車で2日、飛行艇でも2~3時間はかかる。
(せっかくの帰省を台無しにしないでくれ...)
フリードリヒは帝都の士官学校から長期休暇で帰省中であった。今日はその最終日で、ゆっくりとくつろげる最後の日だった。
「アルフレッド、落ち着いてください。私はさっき目が覚めたばかりで、アルフレッドが何をそんなに急いでいるのかわかりませんよ。」
「落ち着いてなどいられませんぞ!革命ですよ!反乱ですよ!これからフィアン人が反旗を翻すのですよ!」
アルフレッドがなにを言っているかはさっぱりわからなかったが、この諸悪の根源が何であるかはフリードリヒには容易に想像できた。
(また父上か兄上に振り回されているな?)
父シュテファンも兄カールも優秀な軍人であったが、フリードリヒにしてみると妄想癖ともいえるほどの心配性であった。
「アルフレッド。今から私はお父様とお話をします。そのフィアン人の反乱とかいうのもまたお父様に言われたことなのでしょう?」
「はい!はい!フリードリヒ様!いかにもシュテファン様がおっしゃいました!フィアン人の反乱が起きる前にクローネシュタットまで行って軍に保護してもらわないと」
大方読者を引き付けようと大げさに書かれた新聞記事か何かに騙されているのだろう。フリードリヒは確信してやまなかった。
「アルフレッド、考えてもみてくださいよ。昨日酒場で一緒にワインを飲んで踊ったのもフィアン人でしたよ?彼らが私たちを襲いそうでしたか?」
「と、とにかくシュテファン様のところへお行きなされ。フリードリヒ様の準備はまだかと心配なさっているはずです!」
アルフレッドは優秀な執事で頭の回転も速く。度々父は領地の経営にもアルフレッドの知恵を借りていた。そんなアルフレッドが父の妄想に振り回されれば、今頃クローネシュタットの公爵家のフリゲートの主機に火が入っていることは容易に想像できた。
フリードリヒは着替えを終えるとリビングに向かった。廊下にはアルフレッドかシュテファンに振り回された可哀想なメイドたちが慌ただしく走り回っていた。
リビングに着くと、クローネシュタットの総督府から来たであろう連絡員が父と話していた。連絡員は恐らく自分の連絡によって唐突に始まってしまった公爵一家の脱出騒動に焦って、軍人らしいシュテファンの巨体に勇敢に語りかけていた。フリードリヒはそんな勇者に助け舟を差し出そうとシュテファンに話しかける。
「お父様。おはようございます。」
「おぉ、フリードリヒ!寝ぼけている場合ではないぞ!詳しくはそこの連絡員に聞け!私は旅支度を済ませねばならん。」
「お父様!おまちください!」
フリードリヒの制止も物ともせず、シュテファンは自分の寝室のほうへスタスタと向かってしまった。フリードリヒは冷静さを失ったシュテファンよりはまだこの騒動の原因を着色なく把握しているであろう惨めな連絡員に話しかけた。
「ハインツ・フリードリヒ・フォン・アクセライヒと申します。父がお騒がせして申し訳ない。総督府からはどのようなご用件で参られた。」
「わ、私は総督府から緊急の連絡で参りました!本日の2時15分に届いた帝都からの緊急の電報です。内容は『皇后陛下、崩御。フィアン人による暗殺。』とのことでした。」
♢
その冷静さは祖父譲りと周りからもてはやされてきたフリードリヒも、暗殺と聞いて流石にわが耳を疑った。貴族、それもあろうことか現の皇后が暗殺されるなど聞いたこともなかった。
貴族が平民と根本的に異なるのはその高貴な血筋だ。貴族はその家系を守ることで古来より続く魔導士の血を守ってきた。それによって平民とは異なる強力な力を保持し続けてきたのだ。そして貴族はその力を持ってして、他の貴族や外敵から人々を守ってきた。
皇后が暗殺されたというのは、そのような教育を受けたフリードリヒにとって信じがたいことでもあったが、そもそも何の力も持たない平民が貴族を傷つけること自体信じがたいことだった。
寝るときなど、貴族であれば大概封印魔法をかける。フリードリヒ自身もかけていたし、もはやこれは警戒というよりも貴族の習慣。人が朝起きて顔を洗うのと同じように寝る際には封印魔法をかけるものだった。
考えられるのは親族の貴族か、或はより高位の貴族が結界を解いたか。しかし今回はフィアン人による暗殺と電報にはある。
(貴族であれば名前が添えられるはずだが...)
フリードリヒは平民が犯人であることを暗に示す電報がシュテファンを反乱という考えに至らしめたと考えた。
僕は連絡員に礼を言ってお父様の部屋に向かった。連絡員にクローネシュタットには向かわない旨を伝えるとホッとしたようで、フリードリヒに礼を言って去っていった。
「お父様。連絡員に話は聞きました。」
「よし、そうしたらお前も準備しろ。荷物は飛行艇に乗る分だけだからな。」
「お父様!反乱など帝国建国以来起こったこともありません。確かに平民による暗殺は前例のないことですが、反乱などそんなに唐突に起こるわけもないですよ。昨日酒場で一緒に踊り明かしたのもフィアン人だったのですよ?」
「そうは言ってもな、フリードリヒよ。彼らは確かに善良だが、それは我々がよい領主だと知ってのことだ。彼らはフィアン人の中でもごく一部の限られた人間なんだよ。」
普段と異なりシュテファンがとても頑固に思えた。兄のカールがここに合流してしまえば鬼に金棒だと、フリードリヒは父を早く籠絡させようと必死だ。
「ですが、父上。その善良な領民を守るのも、また領主の務めではありませんか。皇后陛下が暗殺されたことが新聞に載れば領民たちも我々と仲がいいことを理由に襲われまいか心配するはず。そんな時父上がここにいらっしゃれば彼らも麓のフィアン人たちに襲われたときここに逃げ込めます。」
フリードリヒはシュテファンの情に弱くて、貴族の義務を重んじる性格につけこんだ。フリードリヒは勝利を確信して次の一言目にはシュテファンが「うーん」などといって考えを改めると思った。
「うーん...」
(よし、勝ったな)フリードリヒは思わず笑みをこぼした。
「それを言われては仕方がない、ひとまず様子を見るが明日の朝に...」
こうして公爵一家脱出事件は未然に防がれたが、皇后暗殺の事件はフリードリヒも、シュテファンやカールですらも思いもよらない陰謀が、その氷山の一角を現したに過ぎなかった。
あとがき
この物語の舞台となっているアクセライヒ、これはドイツ語でアクセが軸、ライヒが国家や帝国という意味です。モデルにしたのはオーストリア帝国で、同様に多くの民族が帝国の中で暮らしている設定です。
冒頭に少し登場した皇太子妃は今後たくさん登場する予定ですが、彼女もフィアン人という民族の王家出身です。
このように多くの民族が混在したオーストリア帝国は我々の歴史ではナショナリズムの波に飲まれて滅びの道を進むことになりましたが、この世界ではどのような道を進むことになるのか。魔法や空想科学といった要素にも注目して今後の物語がどのように進むのかご期待ください!