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マイナーズ:弱小探索者と下位互換召喚獣の楽しいダンジョン冒険譚  作者: ooi
一章 イレギュラー【英雄無きアルスター】
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7話 きっと僕は神をグーで殴っても許されるはずだ

前回のあらすじ

・探索者になった後お金めっちゃかかる

・試験に合格し、5級探索者になる

 探索者試験に合格したユウキは、来週開催される探索者研修のための準備をしながら、学校に通う。体力づくりのために、電車ではなく徒歩でだ。


 出社時刻のため、脇をたくさんの電気自動車が走り抜けていく。魔石燃料と言うものが発見されて以来、ガソリン車は過去の遺物となり果ててしまった。早歩き気味に歩道を歩きながら、ユウキは思考を続ける。


 研修で行くのは、準五級ダンジョンの【はなさかじいさん】だ。特五級の方ではない。ややこしいため、この準五級ダンジョンは、普段は【害虫ダンジョン】と呼ばれている。


 【害虫ダンジョン】は『はなさかじいさん』の物語のうち、意地悪爺さんが餅つきをした際害虫が大量に沸いてしまった場面を再現している。そのため、ボスは大百足(おおむかで)となっている。


 普段は研修でしか使われないような【害虫ダンジョン】は、その名の通り害虫を模したモンスターが沸く。基本的に長そで長ズボンと殺虫スプレーを持っておけば素人でもクリアできるという。階層もボスエリアと道中の二階層だけしかないため、日帰りでも十分探索可能だ。


 少しだけ気分が明るくなったのを自覚している。昼休みや放課後は基本的に図書室で勉強をしていたため、ここ数日、アパートの住人とあいさつをするくらいにしか会話をしていない。

 姉はまだ、意識不明の状態で呼吸器につながれている。頭蓋骨の隙間に挟まった石をどうにかしなければ、この先の見通しは通らないという。


 ……はやく、等級を上げなければならない。

 ユウキは表情を曇らせる。いつ、姉の容体が変化するかわからない。早く、どうにか二等級ポーションを手に入れなければならない。小さく息を飲んで拳を握り締める。

 自分の情けなさは、自分自身がよく知っている。だから、頑張らなければならないのだ。


 そう言えば。

 はたと思い出して、ユウキはタブレットを見る。ずいぶん長いこと、シンジから連絡が来ていない。入学式の爆発事件のせいで、学校に大きめのひびが入ってしまったため、現在は別の学校で授業を受けているというが……今彼はどこにいるのだろうか?


 もう一人でいることに慣れ始めてしまったユウキは、そっとタブレットの電源を落とし、前を見る。両親は前からユウキが高校生になったら探索者になるという話を聞いていたため、資格を取った時も何も言われはしなかった。


 黙って歩き続ければ、もうすでに柔らかそうな緑だった葉っぱも、濃く、強くなった桜並木が現れる。そこをまっすぐ歩いて、右手側を見れば杉浦学園である。


 緑色に塗られた門を通り過ぎようとしたその時。

 右肩を、力強く何者かにつかまれた。


「わっ」


 後ろ向きにバランスを崩し、ユウキは思わず声を上げる。とっさにたたらをふんで何とか転ばずに済んだものの、残念ながら手持ちのバッグは地面にどさりと落ちてしまった。


 驚いて肩口を見てみれば、そこには赤く塗られたネイル。数週間ぶりかに見るその爪に、ユウキは小さく息を飲んだ。


「よう、ヨワキ」

「シンジ……どうしたの?」


 シンジの低い声が、背中から浴びせかけられる。ユウキはびくりと体を震わせながら、ゆっくり後ろを振り返った。

 当然、肩をつかんでいたのは、三週間ぶりに会うシンジだ。しかし、珍しくシンジの表情には怒りも笑顔も混ざってはいなかった。時折彼が見せる、世界全てが退屈でつまらないという、何と表現すればいいかわからない無表情だ。


 退屈そうに舌打ちをし、シンジはユウキを見る。そして、何かをポイッと投げ渡した。

 ユウキは投げ渡された筒状のそれを落さないように、慌てて受け止める。そして、それを見て首を傾げた。


「あれ? これ、探索者資格の優秀者に渡されるやつだよね?」

「……そうだな」


 ユウキの言葉に、シンジは無表情で返答する。流石にユウキも少しだけ困惑したように首をひねった。彼が何をしたいのか、まるで分らないのだ。しかも、シンジは特に何も口を開かず、ただユウキの肩に手を置いたまま、何か言葉を待っているように見える。


 少しだけ考え込んでから、ユウキは苦し紛れに口を開いた。


「えっと、君もそれもらったんだね。おめでとう……?」


 ぴくり、と、シンジの眉根がひきつる。不味い、これは、言葉を間違えたか……?

 そう思い、振り下ろされるかもしれない拳に備えて防御姿勢を取りかけた。しかし、何とか及第点をもらえていたらしい。シンジは小さく舌打ちをすると、ユウキの肩から手を外した。そして、呆れたように言う。


「……良いのか? そろそろ一限目だろ?」

「あっ゛!!」


 想定外の言葉に、ユウキの声が汚く裏返った。校舎に取り付けられた時計は、あと1メモリ動けばチャイムが鳴り響く時刻となっていた。肩をすくめるシンジに証書を返し、ユウキは学校に向かって走り出す。


 シンジは、大きくあくびをして、走っていくユウキの背中を見届けた。




 ギリギリで教室に滑り込んだユウキに、クラスメイトのびっくりしたような視線が刺さる。少しだけ居心地が悪い視線に、ユウキはうつむいて自分の席に向かった。


 クラスメイトとは、授業のとき以外しゃべっていない。もちろん、友達が欲しくないわけではないが、入学してから2週間、鬼気迫るような表情で探索者試験の勉強をしていたユウキに話しかける奇特な人などいやしなかっただけである。


 ユウキが試験勉強をしていた際に、もうすでにグループはできてしまっていた。ろくに友達を作れたことのなかったユウキに、その輪に入るだけの勇気はなかった。だが、一人になれれば、それなりに楽であった。


 特に、休み時間のたびにシンジの下僕にされないだけで充分自由な時間が取れた。初日であれだけの取り巻きを作っていたシンジのことだ、もうユウキは小間使いとして必要ないだろう。


 ユウキはそう考えながら席に着く。すると、すぐ後にホームルーム担当の先生が教室に入ってきた。


「おはようございます、すいません、今日からこの教室で一緒に授業を受ける学生さんが増える予定だったのですが、時間になっても来なくって。遅れちゃってごめんなさい」


 若い女性の先生、近藤美代子先生は、眉を下げてユウキたち生徒に謝罪する。ノリのいいクラスメイト達は、「大丈夫だよー」と声をかける。しかし、ユウキは首を傾げた。


 この時期に編入? 随分おかしなことだ。4月後半、まだ学校になれ初めのころだというのに。

 考え込むユウキをよそに、近藤先生は出席をとり始めた。


 名前を呼ばれるたびに、返事をしていく生徒たち。最後の渡辺くんが名前を呼ばたその直後、教室の前の扉ががらりと開けられた。


「あ、よかった、迷子になったとかじゃなかったんですね!」

「……ああ、まあ」


 近藤先生の毒気のない笑顔に、低い声はぎこちなく返事を返す。


__いや待て、そんなはずはないだろう……?!


 ユウキは全力で窓の外を見る。そんな訳はない。いや、絶対そうだ。彼は他校の生徒で、いくら隣の学校だからって、そんなこと、あるはずがない。

 しかし、そんなユウキの現実逃避もむなしく、近藤先生は彼を教室内につれると、花の咲くような笑顔を浮かべ、彼を紹介した。


「現在工事中の浅木技術高等学校の長瀬慎二さんです。基本的に自習がメインになりますが、体育や実験など設備が必要な授業には参加します。自己紹介お願いしてもいいですか?」

「……長瀬慎二。浅技高校の改修工事が終わるまでいる。よろしく」


 まるでよろしくするつもりのない自己紹介に、クラス中が困惑する。そして、ユウキは頭を抱える。


__神様、僕は貴方に一体何をしたというのですか……?


 彼の平穏の日々は、1か月持つことなく、儚く砕け散った。

【害虫ダンジョン】

 準5級ダンジョンで、難易度は相当低い。

 出てくるモンスターは以下の通り。

モブ 害虫

レアモブ 大玉虫

ボス 大百足

 大玉虫はその羽根が虹色で美しく、工芸品として売ることが可能だが、綺麗な面積に比例した金額でしかないため、大玉虫だけで利益を稼ごうとすると、難しい。

 大百足の肝は精力剤の材料として探索者協会に売ることもできるが、温度管理や鮮度管理が難しいため、自信がなければ諦めるのが吉。

 ちなみに、見込み利益は、大玉虫の羽根が10平方センチメートルで2000円、害虫から取れる魔石が一つあたり300円、大百足の魔石が一つで800円でしかないため、入場料が5000円であることを考えると、大抵赤字にしかならない。

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