54話 【狂宴の**】
前回のあらすじ
・ユウキが覚悟を決める
姉の入院する楽鳥羽中央病院から帰ったユウキは、即座に準備を始めた。
まずは、杉浦学園の学生課に連絡をし、一週間の休学を連絡する。姉の事情を説明すると、たまたま遅くまで残っていた学生課の職員は困ったように唸るも、『公欠扱いにはできないかもしれないが』と前置きした上で担当教員に連絡を入れると約束してくれた。
そして、作り置きで手早く夕食を済ませたユウキは、すぐにタブレットを開いて【アルスター物語群】の資料を漁り始めた。その間に、コンラは手に入れた魚の下処理を行う。料理はできずとも、獣の解体の要領で魚をさばくことくらいはできたのだ。
前の住人がおいて行ったらしい古ぼけた鱗かきを綺麗に洗ってから、使い捨ての薄いビニール手袋をつけてガシガシと魚の鱗を剥いでいく。作り置きや冷凍食品は今日少し多めに食べたため、冷蔵庫の空きは十分だ。丁寧に処理をして、隣人に配れば、何とか今日中に魚を処理しきれるはずである。
大きなタイの鱗を剥ぎながら、コンラはルーズリーフに書き込みをしているユウキの方をちらりと見る。口をつぐみ、真剣なまなざしで資料を読み続けるユウキに、コンラは問いかけた。
「ユウキ、隣人に渡すのはタイで大丈夫か?」
「……あ、うん、ごめん、ありがとう!」
あまりに集中していたために、返事が少し遅れた。彼は資料を表示したタブレットを机に置いて、顔を上げる。
「手伝ったほうが良い?」
「魚捌いたことあるのか?」
「ない」
「なら座ってろ。逆に邪魔になる」
「ごめんね……」
あっさりと帰って来た返答に、ユウキは小さく肩をすくめる。少しだけしょんぼりしたユウキに、眠たそうな子ネズミがちゅうちゅうと慰めるように鳴き声を上げた。
アルスター物語群は、『物語群』の名前があるように、とにかく数が多い。さらに、内容もまちまちで、足りない分を後世の人間が補足していたり、書き換えられていたり、翻訳の過程で話が変わってしまっていたりととにかく資料の数が多いのだ。
ともあれ、集中してみるのは、やはり『クーリーの牛争い』のエピソードである。分量が多くボスである可能性の高いフェルグスが登場しているというのも理由の一つだが、何よりも、【害虫ダンジョン】に出てきたボスがドン・クアルンゲだったからである。
クーリーの牛争いは、結果として様々な国と戦うことにはなったが、おおもとの原因はクーリーの所有する赤牡牛、ドン・クアルンゲをめぐる争いである。なら、【アリババと40人の盗賊団】のフェルグスもクーリーの牛争いのフェルグスである可能性が高い。そう考えるのが自然だろう。
__鹿と牛の女神の夫で、燃費は相当悪い……耐久戦をする? いや、敵地で持久戦は流石に自殺行為だ……。スカサハさんとクー・フーリンさんにフェルグスを任せて、探索に徹するべきかな……
シャープペンシルの背をコツコツと指で叩きながら、ユウキは思考を続ける。そして、フェルグスのとあるエピソードを見て眉間にしわを寄せた。
それは、フェルグスのゲッシュ、【宴を断ってはならない】を悪用され、味方軍を助けに行けなかったというものである。
__『宴が行われていた』……フェルグスは大の宴好き……でも、主催は誰だ?
違和感を覚える。何か、勘違いをしている気がする。
宴というならば、必ず宴を催した主催がいるはずだ。ならば、ボスのフェルグスが主催なのだろうか?
いや、そうとは限らない。主催は別にいる可能性だってゼロではないのだから。そこまで考えたところで、ユウキは小さく首を横に振る。
__仮にダンジョンにフェルグスがいたとして、彼を従えられるようなバケモノがいるわけがない。
フェルグス・マク・ロイヒはアルスター物語群の中でも随一のキーパーソンである。700人力の大英雄を従えられるような人物はいないはずだ。
改めてそう考えて、しかし、それでもまだ胸騒ぎは収まらない。とにかく、悪い予感がして仕方がなかった。
「……情報、詰め込めるだけ詰め込んでおこう」
ユウキは小さくそう呟いて、ぐっとシャープペンシルを握りこんだ。
翌日も、調べものと買い物で一日を費やし、そして、約束の火曜日を迎える。防弾パーカーの下にボディスーツを纏ったユウキは、緊張した面持ちで楽鳥羽町の駅前でシンジらの到着を待っていた。ボディスーツを着ているにもかかわらず防弾パーカーを着ているのは、ボディスーツにはフードが付いていなかったためだ。
今日もついてきた子ネズミがパーカーの中ですやすやと寝息を立てている。
もうすぐ待ち合わせ時間と言うこともあり、ユウキは持ってきた紙の資料とタブレットの情報をもう一度確認している。あまりに集中してしまっているため、目を大きく開いてタブレットを見続けるユウキに、駅の更衣室を借りていたコンラは、呆れたように言う。
「そろそろその板の電源を落せ。しまっておかないとダンジョン内で充電が切れるぞ?」
「__あ、ごめん! っていうか、着替えるの早いね」
駅前のダンジョン待合所に再度来たコンラは、召喚されたときと同じく鎧をまとった完全装備の状態である。駅を利用する人々からの視線が集まるが、コンラは何一つ気にしている様子はなかった。
ユウキの言葉に、コンラは小さく首を横に振る。
「どうせなら戦化粧の一つでもしていきたかったが、時間が足りなかったな。最近の化粧品……こっちだと『こすめ』つってたか? ありゃいいな。俺のいた時代にもあんなのがあれば戦争の最中での化粧崩れしたりしなかった」
「戦争中に化粧崩れ気にするんだ……」
コンラの言葉に、ユウキは苦笑いを浮かべる。……往々にして素手で戦争を行う野蛮な一面を持ち合わせているにもかかわらず、彼らケルト人は、戦の時にも身なりには気を遣うのだ。ユウキは独特な価値観の差を感じ取った。
そんなたわいもない話をしていると、駅からマスクをつけ、帽子を深くかぶった青年が駆け下りてきた。一瞬誰だったかわからなかったユウキだが、マスクをつけていてもわかる整った顔をみて、誰だかすぐにわかった。簡易的な変装をしたツバサである。
「ごめん、お待たせ!」
「いや、こっちもちょうど準備が終わったところ。クー・フーリンさんは装備?」
「ああ。流石に鎧姿で電車に乗るわけにもいかないからね」
ツバサはそう言って小さく肩をすくめる。今日の彼の装備は、ダンジョン産の強化繊維で作られたパーカーに、スパイク付きの装甲シューズだ。よく見ると、マスクもただの使い捨て不織布マスクではなく、強化繊維で作られたフェイスガードにも近いものだった。
「すごいね……こんなにすっきりしたデザインの装備、あるんだ……」
「ああ。一昨日プロデューサーに問い合わせたら、メーカーの人に直接話を通してもらえたみたいで。来週それ関連の仕事入ったから、絶対に生きて帰らないとね」
「はは……」
さわやかな笑顔から飛び出たブラックジョークに、ユウキは思わずひきつった笑いを返した。
ともあれ、これであとはシンジたちのみである。
ユウキは駅のあたりを見回す。既にホームルームの始まっている午前九時と言うこともあり、学生はあまりいない。代わりに、社会人らしいスーツを着た人々が忙しそうに駅から降りたり向かったりしている。
そんな時だった。
「おお、弟子ではないか! 息災か?」
あっけらかんとした女性の声が、割と大きく響く。その声に、クー・フーリンは隠すこともできず「げっ」と声を漏らした。
駅から降りてきたのは、金属製の胸当てや脛あて、そして、荘厳な鎖帷子を纏った……要するに、完全装備のスカサハである。頭にはなぜか美しい王冠もかぶっていた。
流石に槍ばかりは抜き身ではなく特殊なケースに収められていたものの、見るからに「これからダンジョンを探索してきます!」もしくは、「私は不審者です!」と言わんばかりの恰好である。
その隣には……いや、隣というには少しばかり離れすぎているのだが……シンジが完全に他人のフリをしていた。まあ、そうなるだろう。
「……えっと、スカサハ様。公共交通機関で完全鎧は、他人の迷惑になるので、控えてもらえると……」
「む? 何故だ?」
「えっ、何故? えーっと……」
まさか理由を聞かれると思っていなかったユウキは、少しだけ困ったように眉を下げ、言葉を続けた。
「その、電車は時間によっては相当混むことがあるんです。その時に鎧を着ている人がいたら、ぶつかって怪我をする人が出てしまいます。あとは……」
割とまっすぐとユウキの目を見てくるスカサハに、彼は少しだけやりにくい気持ちになりながらも、言葉を続ける。
「その、せっかく豪華な鎧なので、戦いの最中ならまだしも移動中に傷とかついちゃったら、もったいないじゃないですか」
「ふふふ、はっはっは! まあ、いいだろう。次からは気に留めておこう。おい、愚弟子! ちょっとはこいつを見習わんか!」
「鎧が邪魔だのババアが着飾るなだのさんざん言いおって!」と怒鳴られたシンジだが、彼は完全に他人のフリをしているため、どこ吹く風である。そんな彼に、ユウキは思わず苦笑いを浮かべた。
シンジの服は動きやすい運動服と荷物を入れるためのナップザックのみ。爪は相変わらず赤色のネイルコートをしており、パッと見たところダンジョンを散策する気があるようには見えない。
ユウキは少しだけ迷った後、購入しておいた五等級ポーションをシンジに手渡した。
突然ポーションを渡されたシンジは、訳が分からないというように目を細める。
「その、怪我した時にこれ使って。五級ポーションだから、あまり大怪我したら治せないけど……」
「……いらねえ。クソババアにでもくれてやれ」
シンジのそのセリフの直後、すさまじい殺気がユウキに向けられる。ユウキは小さく悲鳴を上げてその場に硬直した。ひきつった表情のまま、ゆっくりと後ろを見てみれば、うっそりと微笑んだスカサハ。その目は、当然笑っていないし、何なら「そのポーションを私に渡したら殺す」と物語っている。
「……愚弟子。クソババアが誰かは知らんが、そんな曖昧な指示をそこの少年にくれてやるな。場合によっては貴様もろともくびり殺すぞ」
「うううううう、うん、うん! 誰のことだかわからないから、とりあえずシンジが持っていてよ!!」
突き刺さるような殺気に脅され、ユウキは早口でシンジに言うと、五級ポーションを押し付ける。もしもスカサハの元へポーションを持って行っていれば、確実に己の心臓を黒槍で貫かれていたはずである。ダンジョンに挑む前に死ぬわけにはいかない。しかもこんな日常会話による即死なんて冗談ではない。
流石のシンジも本気でスカサハに殺されかねないと判断したのか、渋い表情を浮かべてポーションを受け取った。そこまで見届けたところで、スカサハは殺気を消した。
このやり取りを困ったように見ていたツバサは、ここでひと段落ついたと判断したのだろう、小さく肩をすくめて言った。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
【アリババと40人の盗賊団】のダンジョンは、楽鳥羽駅の物置の扉が変貌する形で出現した。駅から近い昇級申請に使用可能なダンジョンと言うこともあり、かなり人気なダンジョンである。……もちろん、そのせいで被害が増加したともいえるのだが。
駅の壁沿い、スロープの下の小さな物置に続いているはずだったその扉は、後付けされた金属の門で厳重に封印されており、門には【現在イレギュラー発生中】の文字の書かれた紙が張り付けてある。右下には探索者協会楽鳥羽支部の実印が押されているため、かなり雑に描かれた紙でも実際にイレギュラーが発生している証拠となっている。
ツバサは金属の門のタッチパネルを操作し、探索者証明書を掲げる。
そうすれば、門はするりと開いた。
「……行こうか」
ツバサは、数分前に言った言葉を、繰り返すようにつぶやいた。門の奥は、本来のダンジョンと寸分変わらず、しばらくはむき出しの洞窟のような、長い道が続いている。しかし、そのしばらく奥には、既に星明りの夜空が見えていた。
前の光景に、ユウキは少しだけ後ろを振り返る。時刻は午前九時。当然、空は明るい青空に雲が少し。しかし、洞窟の奥はいくら時間が立とうとも、ずっと夜のままなのである。
覚悟を決めた一同は、ダンジョンの中へ足をふみいれた。
扉は背後で閉じ、現実世界は扉越しになってしまった。コンラは少しだけ緊張した面持ちで袋にしまっていた片手剣を装備する。そんなコンラを見て、ユウキは思い出したように装備を始めた。
変貌したダンジョンの探索が、始まる。
【フェルグス・マク・ロイヒ】
七百人力の戦士。元王であり、宴と狩りを愛するために王位をコンホヴァルに譲った。
結果として、妻を(事実上)殺され、コンホヴァルに愛想をつかしてコナハトに寝返る。しかし、コナハトに寝返った後も甥クー・フーリンの親愛は失せず、彼の勇姿を語り継いだりもした。コンラが散々愚王と呼んでいたのは、コンホヴァル王のことである。
ちなみに、生誕に関しては何気に記録が少なく、あやふやなことが多い。しかし、かつて王であったことからも王族であるのは確実である。
なお、女性関係でも結構有名なことがあり、史実で〇倫呼ばわりされていたりする。一晩で女性七人はちょっとお盛んすぎん?




