51話 BBQ!
前回のあらすじ
・シンジ「餌なしでも魚釣れる」
・コンラ「なんかでかいのかかった」
・シンジはコンラを助ける気がない
ユウキから刃物を受け取ったコンラは、暴れまわる糸の先をめがけてそれらを投擲していく。流石はコンラと言うべきか、包丁が水に入って行くたびに、水面に浮かび上がる赤色が増えていた。命中しているのだろう。
「ごめん、手伝えることは……?」
「今はねえ!」
海に引きずり込まれないよう、全力で糸を引っ張るコンラは、腕の血管を引きつらせながらも短くそう答える。非力なユウキが英雄の子であるコンラを助けようとしても、役不足どころか足を引っ張りかねないからだろう。
そんな中、いまだに餌の付いていない釣竿で釣りをしていたシンジが、口を開く。
「お、かかった」
「悪い、ユウキ。隣のクソ野郎を張り倒してくれ!」
「うーん……今回ばかりは流石にシンジも酷いと思うけど……」
コンラの言葉に、ユウキは少しだけ困ったように目を伏せた。残念ながら、ユウキにはそんなことをできるような勇気がなかった。当然、シンジもまたユウキにそんなことをする勇気がないことを知っていたため、気にすることさえもしてはいなかった。
水面に染み浮かぶ赤色。そろそろツバサらも釣りを終えるようで、スタッフたちががやがやとし始める。こちらの異変に気が付いているものは少ないようだ。
そんな時だった。
「うぉっ」
唐突に小さく声を上げ、バランスを崩すコンラ。先ほどまでぴんと張っていた糸が、唐突にたわんだのである。ギリギリのところでたたらをふんで転倒だけは回避し、海の方を睨んだ。
どうやら、獲物は逃げるのを諦め、浜の方へ向かってきているようだ。水面に黒三角のヒレが見えている。浜に向かって突き進む三角のヒレに、コンラはスッと目を細め、ユウキが持ってきた万能包丁を右手に握る。そして、ユウキに向かって怒鳴った。
「来るぞ、逃げろ!」
「う、うん!」
慌てて海から距離をとるユウキ。その次の瞬間、それは、現れた。
鋭い牙を見せ、海面から釣竿の持ち主であるコンラめがけて突進してきたのは、全長5メートルを優に超える、巨大な鮫だった。
「うわぁ?!」
勢いよく海面から飛びあがった大鮫は、無機質な瞳でコンラを睨み、大口を開けて突撃してくる。
しかし、コンラは不敵に笑うと、安っぽい包丁を逆刃に握り締める。
そして、足を一歩前に踏み込み、鮫の下を潜り抜けるようにすれ違った。
次の瞬間、鮫はびくびくと浜で暴れまわる。
見てみれば、すれ違った瞬間に鮫の腹部を切り裂いたらしい。内臓ごと腹を大きく裂かれた鮫は、腹から内臓をこぼしながら浜に横たわった。
「鮫の肉は食えるのか?」
「うーん……フカヒレみたいに加工すれば食べられるだろうけれども、肉はアンモニア臭が酷くて食べられないって聞いたことがある。ダンジョン産の鮫も余程特別なモンスターじゃない限り、地球上の鮫と同じだから、多分食べられないのじゃあないかな?」
「そうか……これだけ大きいのに残念だな」
コンラはそう言って、大鮫の背中に深々と突き刺さっていた剣を引き抜く。そして、えらの中に剣を突き立て、血管を切り裂いてとどめを刺した。
大鮫の牙はコンラが投石器の石代わりに使うと言うことで、鮫の牙と魔石だけを抜いて、残りはダンジョンに還すこととなった。水中戦でなくとも、そこそこな脅威の大鮫は、商業利用可能な程度の燃料にできる、良質な魔石をもっている。
具体的に言うと、単価は2500円だ。参考までに、先日ユウキらが頑張って集めていた風の妖精の魔石の単価は一つ500円ほどである。
とはいえ、海の中にいる大鮫が相手である以上、そう簡単に数をそろえることができないため、収益面だけで考えれば【藁の家ダンジョン】の方が良いと言えるのだが。
撮影スタッフらの元へ戻れば、丁度ツバサと他のタレントらが急遽用意したバーベキューセットで釣りたての魚を焼いているところだった。魚を焼いている網のすぐ隣では、化け蟹の爪が炭火で炙られている。
「釣りたての魚をその場で調理できるの、凄くいいですね!」
「結局俺、一匹もつれなかったけどな……」
「あれだけ釣れたのに、逆にすごいですねえ……」
苦笑いするタレント。そんなタレントの言葉に、クー・フーリンは残念そうに肩をすくめた。その様を遠くから見ていたコンラは喉の奥でクツクツと悪い笑い声をあげる。
「ざまあねえな、クソ親父」
「うーん、向こうもいっぱい釣れているみたいだし、食べきれないお魚はご近所さんに配る?」
「まあ、そうなるだろうな」
撮影の様子を見ながら、そう答えるコンラ。特殊資格を持っていない今、ダンジョン内で釣り上げた魚を市場に卸すことはできないのだ。
一気に現実を見たためか、コンラは少しだけ肩をすくめた。生魚はあまり保存がきかない。冷凍庫は序盤に狩った化け蟹が占領することになるため、とりあえずさばいて冷凍庫、ということもできない。ユウキはそこまで料理が得意ではないので、どうすれば魚を長期保存できるかよくわかっていなかった。
焼きあがった化け蟹の爪を大皿にとりわけ、はた目にもオーバーなリアクションをとるタレントたち。炭火でじっくりと火が通されたカニの身はほろほろで、なるほど、確かにおいしそうだ。
炭火で豪快に焼いたカニを、ポン酢や塩で食べる。タレントは目を輝かせながら、キメ台詞とともに言葉をこぼす。
「めちゃうまうま! 日本酒欲しいなー。スタッフさん、だめ?」
そう問いかけたタレントに、スタッフは「ダンジョンの中なので、ダメですよ!」とかかれたホワイトボードを掲げた。準五級とは言えども、ダンジョンはダンジョン。飲酒のために死亡リスクを上げるのは馬鹿馬鹿しい。
タレントは残念そうに肩をすくめ、箸休めに網の上の野菜を食べる。彼にしても、そこまで本気で酒が飲みたかったわけではないのだろう。
彼らの話題は、次第にクー・フーリンにうつる。
タレントは箸を器用に使うクー・フーリンを見て、感嘆の声を上げる。
「えらい上手に箸使いなさるね。クー・フーリンさんって、ご出身は外国でしたよね?」
「ん? ああ、つっても、こっちに来てから召喚獣向けの教科書で勉強したけどな。生前はほとんど戦いに明け暮れてたが、一応王族だったからな。礼儀作法は学んでいた」
「へえ! そうなんですか!」
驚きの声を上げるタレント。
そう、クー・フーリンは神の父と王女の母を持つかなり英雄的な血筋の持ち主なのである。その上で、スカサハの元で修練を積んでいるために、手が付けられないような強さとなっているのだ。
まあ、本人としてはそこまで気にする事項ではないらしく、タレントの視線を気にすることも無く、更にとりわけられた焼き魚をほぐし、口に運ぶ。そして、咀嚼して、飲み下す。
なるほど、と、ユウキは心の中で頷いた。一つ一つの動作が、洗練されているのだ。何気ない行為の一つ一つに気品が含まれ、自然体に上品なのだ。そこからも、クー・フーリンの高い教養が見て取れた。
「いやー……わたしもね、タレントなんてしてると食べ方も綺麗じゃないといけんのですよ。アンタ凄いねー」
「飯食ってるだけで褒められるってのも、なんだかこそばゆいな。あんまり気にしないでくれ」
「いやいやいや! むしろごめんね、わたしね、クー・フーリンさんがあんまりにもいかつい見た目だから、勝手に勘違いしちゃってて!」
タレントは茶目っ気を聞かせながらクー・フーリンにそう謝罪する。そんな様子を、コンラは複雑な表情で見ていた。
「どうしたの、コンラ?」
「いや……クソ親父の見た目は確かに日本人っぽくないし、ガタイもいいから、警戒されるのはわかってんだ。それで、その誤解もすぐに解けるってこともわかってんだ。……何か、腹立つ」
「うーん、よくわかんないね……。誤解が解けたのが腹立たしいの?」
「いや、違う。腹立つとかそう言うのはない。クソ親父とはいえあれでも俺の親父だ。誤解されたままだったら俺が訂正する」
金に染めた髪をワシワシとひっかき、コンラは頭をかかえる。自分でも感情の名前がうまく表現できないのだろう。
さざなみの引く浜で、談笑するクー・フーリンとツバサ。離れた位置で彼らの様子を見ていたコンラは、どこか寂しそうにその目を細めた。
ユウキは、クー・フーリンとコンラの様子を見比べながら、そっと口を開く。
「クー・フーリンさんが誤解されたのが嫌だったの?」
「……認めたくないが、そうだろうな」
深くため息をつき、コンラは言う。その言葉で、その視線で、ユウキはようやく理解した。
コンラは、口にするほど父親を軽蔑してはいない。むしろ、尊敬の念に近い感情を抱いてすらいるのだろう。ただ、己の死因と当の本人が己を知覚できないという現状が、伝えたい言葉をせき止めてしまっているのだ。
ユウキは何を言うべきか迷った。無責任に慰めの言葉を吐けるほど彼の恨みは浅くない。無責任にクー・フーリンに言葉を伝えられるほどこの現状は優しくない。結局、ユウキにできることはほとんど何もなかったのだ。
だからこそ、ユウキは言葉を飲み込んで、コンラに言う。逃げではない。提示された一線を踏み越えないことを、選んだのだ。
「とりあえず、そろそろ撮影終わるみたいだし、片付け手伝おうか」
まだ悩むコンラの手を引き、ユウキは、帰り支度を始めた。
__リザルト
攻略ダンジョン:【浦島太郎ダンジョン】
討伐したモンスター:化け蟹、大鮫
総討伐数:15体(化け蟹14匹、大鮫1匹)
採取物:化け蟹の身(10kg前後)、アジ(10)、大鮫の牙(20)、魔石(単価2500円)(1)
死者数:0人
補足事項:バラエティ番組の撮影に同行。途中大鮫を釣りあげてしまうというハプニングはあったものの、死者怪我人共に発生せず、撮影は無事に終了する。
撮影終了後、機材を片付け忙しそうに歩き回る撮影スタッフやユウキらを後ろに、ダンジョンの隅へ移動したクー・フーリンは朱槍ゲイ・ボルグをガラス質の砂浜に沈みこませ、ぼんやりと海を見つめていた。
白い砂浜を泡立つ波が濡らす。
このダンジョンの形質上、海は浅瀬がほとんどなく、波打ち際から数メートル歩くだけで水面が腰についてしまうほど急激に深くなっている。
「海、か」
ぽつり、と、一人声を漏らす。
柔い夕日が、クー・フーリンの目の周りを飾り立てる宝石を輝かせる。砂浜に座り込んだ美男は、思い出したように己の両手を見る。
槍を握り、剣を振るい、戦車を操り、戦場を駆け抜けたがゆえに、その手はまるで生木の皮を張り付けたかのように固い。そして、そんな戦士の手を飾り立てるのは、両手にはめられた金の腕輪と、全ての指にそれぞれはめられた指輪。
……いや、全ての指、ではない。右手の中指だけ、指輪が付いていなかった。
「指輪をくれてやる相手……エメルか? いや、彼女には持ってるものじゃなく、もっといいものをくれてやるはずだ」
独り言ちながら、クー・フーリンは眉を下げる。
飾り立てるための装飾とはいえ、戦士である彼の指輪は戦闘を妨げることのない、シンプルなものである。王族であり、財産も地位も持つ彼が、戦場に出ることのない愛する妻相手にそんな武骨でつまらない指輪を渡すようなことはないだろう。
クー・フーリンは、夕日に照らされ、朱くなった海を見つめる。
どこか、引っかかる。何か、引っかかる。
「海、海、か……」
朱槍を握る右手が、うずく。
何かを、忘れている。何を、忘れている?
「……俺に、息子なんざいたか……?」
いつぞやつぶやいた、その疑問。その疑問を、深く探ろうと目を閉じる。
しかし、すぐに、真っ赤な枝が、邪魔をする。酷く固く太い赤色のツタが、記憶の扉を固く閉ざしてしまっている。
「わかんねえな……」
クー・フーリンはそう呟いて、砂浜にうずめてしまっていた朱槍を拾い上げた。そして、砂をはらいながら立ち上がる。
その時だった。不用意に海に近づいた彼めがけ、大鮫が大口を開けて突進してくる。その大鮫の大きさは、コンラが仕留めたものよりも一回りか二回りは大きく見えた。
「ん?」
突然の敵意に、クー・フーリンは少しだけ眉を下げるも、すぐに槍を無造作に振り抜いた。
一閃。一拍おいて、赤色の液体が白い砂浜を汚す。
朱槍を振り抜いた戦士は、穂先についた汚れを布で拭い、そのまま浜を後にする。
小さなさざなみの聞こえる夕日の砂浜には、縦半分に切られた大鮫が己の死すら知覚できず、小さな痙攣を繰り返してその命を散らしているばかりだった。
【クー・フーリンの実力】
光の神ルーを父と王女の母をもつ半神半人血筋ガチ勢のクー・フーリン。数多の英雄の師であるスカサハの元で修練を積み、いわくつきの朱槍、ゲイ・ボルグを与えられる。__この時点で昨今では使い古されすぎて逆に目新しいタイプの強キャラの要素を詰め込んでいる。
王様に「騎士になるにはまだ早い」と言われて剣へし折ったり戦車踏み潰したりして駄々こねたりもしていたクー・フーリンだが、実際のところ、彼の実力は……控えめに言って、人類が勝てるような存在ではない。




