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マイナーズ:弱小探索者と下位互換召喚獣の楽しいダンジョン冒険譚  作者: ooi
一章 イレギュラー【英雄無きアルスター】
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49話 撮影開始と焼きガニ

前回のあらすじ

・化け蟹の掃討

・ツバサ「楽鳥羽町の宣伝のためにも、撮影を成功させないと……」

・クー・フーリン「……俺、息子なんていたか……?」

 【浦島太郎ダンジョン】の扉を通り抜けたカメラスタッフたち。彼等は岩場にたどり着いたその時に、困惑の声を上げていた。


「なんか、凄くいいにおい……?」


 首をかしげながらつぶやくツバサ。そう、砂浜の中で、何やら香ばしいいい香りが漂っていたのだ。


 あたりを見回すと、砂浜の端。カメラで写そうと思わなければ映りにくいその場所で、ユウキが何やら一人で料理をしていた。

 広げた折り畳み式のコンロで蟹の胴の身を豪快に焼く。削った岩塩だけを調味料に、焼きあがった蟹の身を口いっぱいに頬張る。海洋性ダンジョンの影響で蟹の養殖技術が遅々として進歩していない今、高級品の蟹をこうも豪快に食べることは、なかなかできない。


「見た目がグロい割には美味いな」

「うん。ポン酢とかあってももっと美味しいと思う」


 投石で仕留めた蟹の解体を手伝いながら、コンラは大きな蟹の甲羅を皿がわりにカニの身を頬張る。ニ、三匹練習すれば、後はすんなりと解体できた。力とちゃんと切れる刃物さえあれば、蟹の解体はそう難しいことではないのだ。


「ちょ、ちょ、ちょっと! 君たち、な、何を……?!」


 流石に驚いた声を上げるツバサ。

 そこで撮影スタッフたちが到着したことに気が付いたらしいユウキはぺこりとスタッフたちに頭を下げて言う。


「掃討した化け蟹です。素人が解体したものですが、食べる人はどうぞ」

「へえ……結構狩ったのだな。殲滅したのか?」

「いいえ、とりあえず浜の近くにいるのはあらかた片付けてもらったのですが、岩間に隠れているのがいるかもしれません。見晴らしのいい砂浜を中心にロケを行ってほしいです」


 到着したスタッフたちに現状を説明する。完全に掃討するのはコンラの力量をもってしても厳しかったらしい。完全に岩間に潜り込んだ化け蟹には剣も投石も届かないのだ。


 ユウキの説明に、クー・フーリンは了承したように小さく頷くと、問いかける。


「それちょっともらってもいいか?」

「あ、はい。どうぞ」


 大きな蟹の甲羅の破片を皿代わりに、ユウキは焼けたカニの身をクー・フーリンに手渡した。

 白っぽいカニの身。足にもたっぷりと身が詰まっていたが、持ち帰りやすいためほとんどがクーラーボックスの中にしまわれたままだ。加熱されほかほかと湯気を立たせるカニの身を一口ふくむ。


 焼いたことで甘みを増した化け蟹の肉。あまりの大きさで味も大味になってしまっていそうな見た目だったが、存外水っぽくなく、むしろ味が濃い。そして、特に毒物の気配はない。


 毒身を終えた彼はニッと笑って言う。


「ツバサ、食っても大丈夫だ。見た目がグロい割には結構うまいから倍くれ。酒が欲しくなる味だ」

「……うげっ」


 父クー・フーリンと感想がかぶり、嫌そうな表情を浮かべるコンラ。現状クー・フーリンにコンラの姿や声は届いていないため、ユウキは気まずそうに肩をすくめることしかできなかった。


 そんなやり取りをしていると、ド派手なピンク色のベストを着たプロデューサーが何やら顎に手をあって、考え始める。そして、ぽん、と手を打っていった。


「その手があったか! ありがとう、君! これはいい宣伝になる!」

「へ?」


 プロデューサーはそう叫んだかと思うと、ユウキの手を両手で握り、ぶんぶんと振る。握手をしているようだったが、どうにも強引すぎて、ユウキの頭まで一緒に振られるような様だった。


 高らかに笑い声をあげるプロデューサーは、カメラマンに向かってこう指示する。


「A班、近くのホームセンターからバーベキュー用品と具材を買ってきてくれ! すぐにだ! B班は予定通り釣りの用意! C班はセッティング! 急げ!」

「まーた舞い降りてるよ……」

「ああなると話聞かないからな……企画の人怒るに怒れないんだよなぁこれ」


 よくある無茶振りなのか、撮影スタッフたちは一瞬だけうんざりとした表情を浮かべるも、すぐにそれぞれの仕事を始めた。なお、始める仕事はスタッフたちを班分けするところからだった。


 突然の状態に、ユウキはただ茫然とすることしかできない。しかし、たった一つわかったことがある。


「なんか、もしかして、おかしなことしちゃった……?」

「厄介ごとを呼び込む天災か何かかお前は?」


 茫然としているユウキに、コンラは肩をすくめてそう言った。





 数分後。改めて準備が終わったらしい撮影スタッフたちは、それぞれの撮影を開始する。

 購入されたばかりの真新しいバーバキューセットに、木炭を入れ、火付けを行う。そして、どこかで購入してきたらしいカット済みの野菜を皿に盛りつける。


 炭に完全に火がつくには時間がかかるため、その間に別の班がツバサとゲストの釣りの様子を撮影していた。なるほど、効率がよい。

 ツバサが海に向かってルアー付きの竿を振っている間に、ユウキたちは蟹の下処理を行っていた。


「そ、その、護衛とかは大丈夫なのですか? 絵面的に心配なら、コンラだけでもつけるとかした方がいいのでは……」

「クー・フーリンさんいるから大丈夫。最悪、同行したプロの探索者の人もいるからね」


 ユウキと一緒に作業をしていたスタッフが、あっさりと答える。彼は別売りだったニンジンを一定の厚みにスライスしているところだった。かなり手つきがよく、かなり料理になれているだろうことが見て取れた。

 対してユウキは、自分にできる野菜の皮むきと蟹の解体を交互に行っているような状態である。コンラは炭おこしのスタッフに混ざって作業をしていた。


 かなり現場慣れしているらしいスタッフに、ユウキは問いかけた。


「えっと、今日みたいな無茶振りって、よくあることなのですか?」

「岡田ディレクター……あのピンクベストの人の時はまあまああるかな。他の人ならそうよくあることじゃあないよ」


 スタッフは苦笑いを浮かべてそう答える。そして、彼は思い出したようにユウキに尋ねた。


「そう言えば、君は楽鳥羽町が地元かい?」

「あ、いいえ。進学で上京しました」

「なるほどね。東京はいい場所だよ。ダンジョンも多いし、人も多い。時々怖い召喚獣とすれ違うこともあるけど、その分管理を誤るような人はあんまりいないからね」

「そうなんですね……」


 この前、角生えた集団とすれ違って、ダンジョンからモンスターがあふれ出たのかと思ったよ、とつぶやくスタッフ。実際問題、召喚獣を犯罪に用いる探索者は少なくない。もちろん、犯罪行為は犯罪行為であるため、法律で厳しく禁止されており、違反すれば重い罰則もある。それでも、手に入れてしまった力というものは、どうにも目を曇らせてしまうらしい。


 ユウキは、当然ながらコンラを犯罪に使おうとは欠片も思っていない。というよりも、己が仕えるにふさわしい完璧な主を求めるコンラにそんなことを言えば、文字通り切って捨てられることだろう。ケルト人にとって自己であろうとも他者であろうとも死とはさほど忌み嫌うものではないのだ。


 スタッフは切り終えた野菜を皿に並べ、そして最後に埃や砂がかからないようラップを上からかける。これであとは出番が来るまで待つだけなとなった。


 一通りの作業を終えたスタッフは、ほっと一息をついてそれぞれ少しの休憩に入る。外から持ち込んだらしい大きなボトルを数本取り出し休憩する姿は、おおよそダンジョンの中にいるような気にはならなかった。


「平和だね。向こうは一応釣れているみたいだから、取り高的にも問題なさそうだね。……クー・フーリンさんは一匹もつれていないみたいですけど」

「えっ」


 間の抜けた声を上げ、ユウキは思わず海辺を見る。

 沖に向かって釣竿を振る二人。ちょうど同時にリールを巻き終えると、ツバサの釣り針には大きめのアジが、クー・フーリンの釣り針には紫色の海藻が引っかかっていた。


 それを見たコンラは盛大に高笑いをした。


「ざまあないなクソ親父! 海獣の骨からできた槍なんて持ってるから魚が近づかねえんだ!」

「所説ありじゃなかった、それ? クー・フーリンさんの近くにいるツバサくんは釣れてるみたいだし……」

「気にしたら負けだろ。今のクソ親父がどのクソ親父か知らねえし」


 釣り上げた海藻を何とも言えない表情で外すクー・フーリンを一通り笑ったコンラは、気分よさそうに解体したカニを皿に乗せ、そして、とある気配を感じてその動きを止めた。


 眉間に手を当て、コンラはユウキに問いかける。


「ユウキ、お前、アイツを招いたのか?」

「アイツ? あ、もしかして」


 そう言いかけたユウキの肩に、手がのせられる。

 反射的にユウキはびくりと体を震わせ、手の乗せられた右肩を見る。その手の爪には、真っ赤なマニキュアがぬられていた。ユウキは、この手の主をたった一人しか知らない。


「ひえっ、シンジ」

「……あぁ、そうだな」


 小さく悲鳴を上げ言うユウキ。そんな彼に、シンジは少しだけ不満そうに眉を傾ける。そして、ユウキの肩に軽く赤い爪を立てながら言う。


「で? 初見のダンジョンだから心配だって言っていたのに、先に探索を始めていたのはどこのヨワキだ?」

「ごめんなさい!!」


 ギリギリと万力のような力で肩に爪を立てられたユウキは、素直に頭を下げて謝罪した。昨日あれだけコンラと不仲になったため、まさか来てくれるとは思っていなかったのだ。


 不機嫌を隠す気もないコンラと、その表情に嫌悪感を滲ませるシンジ。互いに互いを嫌い合っているため、たった数分一緒に居るだけで空気は一気にひりついた。


 ユウキは少しの間困ったように視線をさ迷わせたが、思い出したようにシンジに問いかける。


「えっと、その、友達が今撮影中で、ちょっと待っていないといけないのだけれども……」

「モンスターとは遭遇していねえ。待機なんてクソだるいことやっていたくない」

「うーん……ど、どうしようか……」


 あっさりと言うシンジに、ユウキは頭を抱える。

 一応、化け蟹掃討を行った時点でユウキとコンラの役目は終わっている。もし帰ったとしても問題はない。とはいえ、護衛を兼ねての派遣であるため、先に変えるというのはよくない印象を与えるだろう。


 少しの間考えたユウキだったが、あることを思い出して、今だにらみ合う二人に提案する。


「撮影終わるまで、僕たちも釣りする?」

「は?」

「……。」


 間の抜けた声を上げるコンラと、ピクリと眉を動かしたシンジ。そんな二人をよそに、ユウキはスタッフに声をかけて釣りの準備を始めた。

【ゲイ・ボルグ(槍)について】

 ゲイ・ボルガ、あるいは、ゲイ・ブルグ、ゲイ・ブルガなど。

 スカサハは技法ゲイ・ボルグを操るが、クー・フーリンは朱槍ゲイ・ボルグを操る。

 朱槍ゲイ・ボルグにはクリードという海獣の頭蓋骨から作られたという説がある。が、海獣の骨から作られた槍をもとにオイフェが新たに作りなおしたという説や、槍を投げると30の矢じり、突けば30の棘になって破裂するだのとにかくまあいろいろな説がある。重すぎてクー・フーリンしか持てなかった、というのもゲイ・ボルグに纏わる説のうち一つである。

 まあ、この通りゲイ・ボルグには様々な説があるため、現在のクー・フーリンの持つ槍が度の節のものかは不明である。


 ちなみに原典クー・フーリンは光の剣クルージーン・カサド・ヒャンを使うことが多いために、物語によってはあんまりゲイ・ボルグを使っていないこともある。

 親友フェルディアや息子コンラの殺害など、ゲイ・ボルグが使われるときは大抵、悲劇が起きる時だったのだ。

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