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マイナーズ:弱小探索者と下位互換召喚獣の楽しいダンジョン冒険譚  作者: ooi
一章 イレギュラー【英雄無きアルスター】
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4話 かくして彼の日常は崩れ去った

前回のあらすじ

・ユウキ「友達出来るかな……?」

・隣の高校の体育館が爆発する

 昼食の前に、長嶋一家はユウキの下宿先に挨拶をしに行くことになった。


 彼の下宿先は、母の恵美の姉妹……ユウキの叔母に当たる、恩田由美がオーナーを務めるアパートである。資産運営好きな叔母は、下宿先のアパート、『メゾン ラローズ』以外にも、複数の不動産と飲食店、そしてなぜかわからないが船舶を三つ持っている。彼女は複数の飲食店経営で過労死しかけていたこともあったが、それでも毎日が楽しそうである。


 メゾン ラローズの一室、叔母曰く不倫で大喧嘩した一家が荷物を残して双方引きはらってしまったという部屋がユウキの下宿先だ。アパートの角部屋、201号室で不倫からの破局騒ぎは三組目だということで、いわくつきになる前にユウキに貸したのだとか。他人の不幸のおかげで相場よりも幾分安く借りられている事実に、ユウキは少しだけ複雑な気分になる。


 ともかく、家財一式は前の住人がおいて行ってしまったため、生理的に使いたくないものと血痕のついたベッドのみを処分し、残りは有効活用させてもらうつもりである。過去さえ気にしなければ、キッチン冷蔵庫エアコン洗濯機電子レンジその他家財完備の素晴らしいアパートである。

……大喧嘩の名残で玄関口のすぐ横の壁が大きく切り裂かれているが、まあ、見なかったことにした方が吉だろう。叔母は流石に死人は出ていなかったと言っていたはずなのだ。


「あらまあ、後で壁紙張り替えなさいよ?」

「う、うん、そうする」


 玄関側の大きく切り裂かれた壁紙を見て、母がのんきにそう言う。ユウキはひきつった表情で頷いた。


 由美叔母さんは多忙な中、ユウキの入学式のためにわざわざ休みを取ってくれたようだ。あまり手入れのされていない茶髪の髪の毛をクリップ一本で止めた由美叔母さんは、ニコニコと笑ってユウキたちにお茶を出す。


「契約書郵送してくれてありがとうね。これ、入学祝」


 由美叔母さんはそう言ってテーブルの横に置いてあるものを指さした。そこには、どこから購入したのか、大きなバスケットの中に米や長持ちする野菜、レトルト食品、パン、調味料がセットになっておいてあった。


「現金を渡すのも流石に無粋だし、最近の子になに渡せばいいかわからないから、とりあえず現物支給ね」

「あ、ありがとうございます!」


 想定外にうれしい入学祝に、ユウキは笑顔で由美叔母さんにお礼を言う。食料品を一気に買いそろえるとなると、時間もかかる上に大量の荷物を運ばなくてはいけなくなる。そう考えると、叔母の入学祝は本当に助かった。


 母の恵美は、姉である由美叔母さんに「愚息をよろしくね」と一礼する。由美叔母さんは手と首を横に振って苦笑いして言う。


「いいわよ別に。お母さんたちが孫見たいって言ってたの恵美が叶えてくれたわけだし」


 由美叔母さんは結婚願望が薄く、現在独身である。なんでも自分の資産や仕事に口を出されることが多く、一度酷い目に遭いかけてからトラウマになってしまったという。


 ユウキは由美叔母さんが淹れてくれたお茶をそっと飲む。毎日忙しそうだが、由美叔母さんはしあわせそうである。本当に仕事が生きがいの人なのだろう。


 しばらくおしゃべりをして、ご近所に挨拶をしてから、長嶋一家は由美叔母さんと別れた。




 下宿先に挨拶した後、ユウキたちは先ほどネットを使って予約した焼き魚が評判の店に向かう。お店は少し歩いた場所にあるらしく、タブレットで地図を見ながらビルの立ち並ぶ街を歩く。


「高い建物ばっかりね……ユウキ、アンタ迷子にならないようにね?」

「僕をいくつだと思っているんだよ、母さん」


 あきれたように言うユウキ。そんな二人に、姉のサツキはクスリと笑い声をあげた。


「大丈夫だよ、母さん。私は都内で働いているし、もしものことがあったら急いで助けに行くから」

「ちょっと姉さん!」

「あら、そうね。そうそう、サツキもお仕事大丈夫? 無理してない?」

「大丈夫大丈夫! 社内研修中で、まだまだ勉強することばかりだけど、先輩たちも優しいし、同僚とも友達になれたから」


 サツキはそう言って花の咲くような笑顔を浮かべる。スーツはまだ数えるほどしか袖を通していないため、真新しい。

 父はタブレットを向ける方向を間違ったためか途中の道を右に曲がりそうになり、母に首根っこをつかまれる。ぐえっとカエルが潰されたような音が聞こえてきたが、父の首ははたして無事だろうか。


 しばらく道をあるいていると、ふと、二車線道路を挟んだ向こう、ファミレスのそばに、見覚えのある人物がいることに気が付く。ユウキは表情が引きつるのを自覚していた。


 制服のまま適当に街を歩くシンジ。その後ろには、数人の下っ端。制服を見るに同じ学校の人なのだろう。


__やっぱりすごいなぁ、もう友達を作ったのか……


 ユウキはこころの中でそう呟く。そして、取り巻きたちと歩く(取り巻きたちが一方的にシンジについて行っているようにも見えるが)シンジから目を逸らした。


 しかし、次の瞬間、タブレットが震えだす。


「げっ」

「あら、電話? 早く出ちゃいなさいよ」


 急かす母に背中を押され、ユウキはひきつった表情でタブレットを手に取る。そこには、当たり前のようにシンジの名前が映っていた。

 ユウキは諦めた表情でポケットからイヤホンを取り出し、耳につけると通話に出る。


「……もしもし」

『食事は済んだか?』

「いや、これから。シンジは?」

『俺はもう食った。早く済ませてから来……いや、いい。見つけた』

「ひえっ」


 パツンと通話が切れる。ホラー映画さながらの台詞に、ユウキは小さく悲鳴を上げた。慌てて先ほどのファミレスの方を見てみれば、道路を挟んだ向こう、シンジがタブレットを片手に、にぃっとこちらに向かって笑うのが見えた。普通に怖い。


 道の端で立ち止まって電話をしていたユウキは、慌てて先へ進んだ両親の方へ駆け出すが、しかし、今は昼時の都内。高いビルに日光を隠され、弱弱しい若葉を枝に張り付けた街路樹が立ち並ぶ歩道は、歩きにくいほどに人があふれており、人ごみで歩くのに慣れていないユウキはなかなか速く移動できない。


 それに対して、見た目のいかついシンジは、歩くたびにモーセの如く人垣が勝手に避けていく。まるで冗談のような光景だ。

 そのうち、横断歩道をさっさと渡ってユウキがいるほうの道へたどり着く。そして、ニッと笑むとシンジの肩を叩いた。


「よう」

「う、うん。こんにちは」


 ユウキはびくりと肩を震わせながらシンジに言う。絵面的には他校の不良に絡まれる少年と言ったところだろうか。しかしてそんなことは一切気にしないシンジは、機嫌よさそうに笑みを浮かべると、ユウキの肩に手を置いたまま、楽しそうに話し出す。


「馬鹿が勝手に自爆してくれた。しばらくは安心安全だな」

「そ、そっか。その、シンジは今朝のやつ、大丈夫だったの?」

「そりゃまあな。新入生代表の代理を決めてる間に爆発したらしいから、体育館以外に被害はねえし」

「いえ、校舎に深めのヒビが入ったそうっす! 危険なので工事を行うと言っていました!」


 シンジの取り巻きの一人が、補足で説明する。少し離れた杉浦学園の体育館も震えたほどである。相当大きな爆発だったのだろう。


「……そうか。そうらしいぜ?」


 特に興味なさそうに言うシンジ。彼は面倒くさそうに肩をすくめると、機嫌よさそうに口角を上げた。

 ユウキは少し首をかしげてから、シンジに問いかける。


「もしかして、シンジが新入生代表だったりした?」

「あ? そうだが?」

「ああ、そっか……」


 おそらく、あの爆発はまさしくシンジの命を狙ったものだったのだろう。新入生代表の挨拶の時を狙ったはずだが、当のシンジが入学式をバックレたがために、新入生代表の代理を見つけるため、入学式の時間がずれ込んだのだ。

 そのために、体育館にはだれもいないまま、爆弾が爆破したのだろう。そう考えると、相当運が良かったのではないのだろうか。


 ユウキは少しだけほっとしたように表情を緩める。何事も無くてよかった。


 そう思ったとき、ふと、ユウキは自分の家族が既に先に店へ向かってしまっていることを思い出す。慌てて前を見てみれば、横断歩道を左に曲がった先に既に両親と姉がいた。


 サツキは、道の向こうで立ち止まっていたユウキに気が付き、慌てて横断歩道を戻る。信号の色はまだ青色だったが、信号の青色表示の下に示される緑のゲージはもうあと2メモリであった。


「ユウキ、どうしたの?」


 横断歩道を渡って、こちらへ向かう姉。ユウキは思わず、そんな姉に小さく手を振った。





 その次の瞬間、信号無視の車が、サツキめがけて突っ込んできた。

 そこから先の記憶が、ユウキには、ない。

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