48話 掃討作戦と合流
前回のあらすじ
・友達の草薙翼の護衛を兼ねて【浦島太郎ダンジョン】に挑む
・護衛のためにも蟹狩りの準備
【浦島太郎ダンジョン】に入場したユウキたち。
扉を開けるとすぐに、ここはダンジョンだと理解できた。
廃線となったバス停の待合所の扉。本来の扉はバス停の裏手につながるだけの作成意図の今一つわからないものではあるが、普通に扉を開ければ、もちろん裏手の草藪に出るだけのはずだった。
にもかかわらず、扉の先に広がっていたのは、ごつごつとした磯臭い岩場。打ち付ける波の音は激しく、入り口手前の岩場の奥には石英のような固く細かいガラス状の砂からできた真っ白な砂浜が広がっていた。
ダンジョンの中でも、中をリゾート化した設備はある。しかし、このダンジョンは広がる砂浜の砂があまりにも鋭利で、素足で移動すれば出血しかねない。砂を総入れ替えしなければ海水浴場としては使えないうえ、モンスターに鮫が出ると言うこともあって、【浦島太郎ダンジョン】はもっぱら釣り堀扱いとなっているのだ。
澄み切った蒼色の海はなるほど、泳げばかなり楽しそうである。海底に広がるサンゴ礁も、素足で歩けないとはいえ真っ白な砂浜も、涼やかで美しい。それでも、海に入れば鮫が、砂浜で休んで居ようものなら蟹が襲ってくるのだ。蟹はともかく、鮫は死者も報告されている。さらに、中学卒業の年齢でなければ探索者資格を取ることができないとなれば、子供連れで行くことも当然できない。
そのため、【浦島太郎ダンジョン】は釣り好きの人間には一定の評価はされているものの、結局のところは不人気ダンジョンとなってしまっている。釣りくらい観光地化された海辺ダンジョンで可能なのだ。
なお、余談ではあるが、難易度が低くとも観光地化されたダンジョンは若干入場料を高くとりがちな場所もある。まあ、そう言ったダンジョンは探索回数には含まれても、昇級条件のダンジョンには指定されない場合が多い。
閑話休題。
ユウキの前に立ったコンラは、そっと前を指さす。
「見つけた。アレだろう?」
ユウキはコンラの指さす先を見る。そこには、岩と同化するような色のものが、小刻みに上下していた。ユウキはそっと目を凝らし、その岩のような何かを観察する。すると、岩間から細長い節足の足が見えた。なるほど、確定だろう。
「うん、アレが化け蟹だね。討伐よろしく」
「しかし……この距離ならあれがいいな」
コンラはそう呟くと、ポケットの中からスタッフスリング……紐と皮で作られた投石器を取り出すと、そこら辺に落ちていた石を拾い上げ、スタッフスリングの皮の部分に置く。
そして、スタッフスリングを勢いよく振り回すと、石を投げた。
すると、スパン、と、空気を切るすさまじい音が聞こえ、とんでもない剛速で石が投石器から射出された。
「わっ?!」
驚いて思わず声を上げるユウキ。コンラが投げた投石は、岩間に潜んでいた蟹の甲羅を打ち砕き、そのまま奥の岩にぶつかって砕け散る。
コンラの本来の武器……というよりも、得意分野はスタッフスリングによる投擲である。逸話ではスリングを空へと飛ばし、敵へ雷を落したことさえあるという。
そんな逸話を持つコンラの投石をまともに食らった化け蟹は、ぴくぴくと痙攣している。どうやら即死したらしい。
「これでいいだろう。ここらの石はそこそこ硬い。剣を使わずともいけるな」
「すごいね……流石に雲はないから雷落としは難しそうだけど……」
「あの手の技は雲の有無じゃない。神話時代の話だ、晴天だろうと何だろうとできるときにはできる。今の俺には無理だが」
ユウキの言葉に、コンラは小さく肩をすくめて言った。
周囲を警戒しながら、ユウキは甲羅の砕けた化け蟹に近づいていく。
化け蟹を確認してみれば、甲羅の大きさは1mほど。ユウキはいつぞや水族館で見たタカアシガニの水槽を思い出す。アレは確か、甲羅の大きさは50センチほどしかなかったはずだ。
しかし、この化け蟹はその分、足はそこまで長くはない。それこそ、一般的な蟹をそのまま大きくしたような状態である。ユウキは小さく息を飲んで、痙攣している化け蟹の甲羅の隙間にナイフを突き立て、その命を完全に断ち切った。
磯臭い風の匂いが鼻につく。
ユウキは小さく息を飲んで、巨大な蟹を解体し始めた。
「えっと、まずは足の関節にナイフを入れて……」
モンスターではあるものの、その姿かたちは完全に実在する蟹である。そのため、解体の仕方も普通の蟹と同じである。
パキパキと蟹の足をむしっていき、ふんどしを割るように砕いてはがし、最後に甲羅を半分に切る。そして、解体しきった蟹をクーラーボックスに入れて蓋を閉じる。これで一匹の解体終了だ。
化け蟹の解体をするユウキを見て、コンラは眉を顰める。
「一匹一匹に時間をかけ過ぎだろ。もっとさっさとやれ」
「……それなんだけどさ、一つ、提案があって」
「あ?」
間の抜けた声を上げるコンラ。そんなコンラに、ユウキはそっと持ち込んだA4サイズの折り畳み式コンロを取り出す。竹藪ダンジョンの時に携帯できるコンロがあると便利だと思ったユウキが、こっそり導入していたものだった。それを見たコンラは、ニッと笑うとユウキに問いかけた。
「酒は?」
「だから君、書類上は未成年なんだから、買えないって……」
「……残念だが、まあ、たしか握り飯はあったよな」
「醤油忘れちゃった……まあ、非常用の岩塩はあるけどさ」
二人は楽しそうに会話しながら、小さな物音を聞いて動きを止める。
ちらりとその方角を見れば、そこにも化け蟹がいた。
「……ユウキ、お前は砂浜行って火を焚いておけ。狩ったら持ってく」
「うん! よろしく!」
断然モチベーションの上がったらしいコンラは、足元に落ちていた小石を拾い、投石機にセットする。ユウキは保冷バックをつかんで、砂浜へ向かう。蟹ぐらいならばギリギリユウキでも勝てるのだ。……負傷しないという確証がないが。
「草薙さん現場入りでーす」
「よろしくお願いします!」
【浦島太郎ダンジョン】の目の前。そこではスタッフたちがやって来たゲストに挨拶をしているところだった。
車内でメイクや衣装を着替え終えていた草薙は、やさしそうな笑顔を浮かべてスタッフたちに挨拶をする。
「おはようございます。現場入りしている人は?」
「おお、おはよう草薙君。君が呼んでくれたって探索者たちが作業をしてくれているところだ」
「あ、ユウキくんたち先入りしているんですね。じゃあ、オープニングとったら早めに合流しましょう」
やけに目立つピンク色のベストを着たプロデューサーに挨拶をしたツバサは、そう言って軽く身だしなみを整えた。今日はダンジョン内での釣りロケであり、町内で大規模イレギュラーが発生してしまったことで減ってしまった探索者を呼び戻すためのプロモーションでもある。そのため、ツバサは【浦島太郎ダンジョン】の魅力とともに楽鳥羽町の魅力も伝えなければならないのだ。
楽鳥羽町は高校など高等教育機関の多い学園都市で、同時にダンジョンも町内にかなりの個数ある。現在は大規模イレギュラー【アルスター物語群】によって未クリアのダンジョンは探索しにくい状態になっているものの、低難易度のダンジョンが多く、初心者やペーパー探索者にも魅力的な土地なのだ。
「と言っても、そのせいでイレギュラーの被害者が増えたのだけれども……」
小さくつぶやくツバサ。そう、初心者向けの低級ダンジョンが多いために、イレギュラーでの死者が増えたのだ。楽鳥羽町の探索者協会は、それによって少なからず損失が発生した。
さらに、イレギュラーの種類も悪かった。【アルスター物語群】と言えば、基本的に人対人の戦いを避けることができない。モンスターだと分かっていても、人型の存在をそう簡単に傷つけられる人間は多くはないのだ。
運悪く上級探索者たちが共同で特一級探索兼掃討を行っているため、すぐにイレギュラーをクリアできる探索者がいなかったのもかなりつらい部分があった。難易度が不明になったダンジョンを探索したがる奇特な人など、そう多くはない。そのため、イレギュラークリアのために探索者を雇わねばならなかったのだが……
さて、イレギュラーダンジョンというのは基本的に元のダンジョンの難易度から一級分は難易度が上昇する。さらに、複数の検証から、【アルスター物語群】のイレギュラーは複合型だと判断されている。
イレギュラーの解決を依頼されるのは、基本的にプロの探索者の所属する事務所となる。そうなると、当然事務所側も慈善事業ではなく商売としてイレギュラーの解決にあたることになるため、リスクの高い依頼は避けるようになる。
その点で言うと、楽鳥羽町で発生した【アルスター物語群】は依頼する町にとっても事務所にとっても最悪であった。
なにせ、前代未聞の広範囲型イレギュラーであり、プロの探索者の死亡例も存在するほどの極端な難易度上昇。さらに、ダンジョンの原典が変わるだけの物語変更型ならまだしも、今回は複合型。元となったダンジョンの中の物語にも、変異が生じているのだ。どれほどの難易度かもどれほど内容が変わったかもわからないような未知のダンジョンに、事務所の有望な探索者を何度も送り込みたいと思うようなところはそうないのだ。
もちろん、イレギュラーダンジョンでは通常のダンジョンでは入手できない特殊素材やアイテムなどを採取できるため、メリットがない、というわけではない。しかし、メリット以上にデメリットがあるならば、避けるのが当然だろう。
楽鳥羽町は初心者向けという概念が、崩壊しつつあるのだ。それをどうにか食い止めるためにも、人気俳優の草薙にロケをしてもらおう、ということになった。
そんな背景を知っているからこそ、草薙は頑張らなければならない、と思っていた。
オープニングを手早くとり終えたツバサは、少しだけ緊張しながらスタッフから渡された竿を手に取る。シンジによってイレギュラーが踏破されたあとでも、このダンジョンにはだれも足を踏み入れなかった。そのため、魚はおそらく消耗されていないはずなのである。
だとしても、運が悪ければ普通にボウズはあり得る。流石に、それは番組としても喜ばしいことではなかった。
そんな風に肩ひじ張ってしまったツバサに気が付いたのだろう。マネージャーと一緒に居たクー・フーリンがツバサに声をかける。
「よう、ツバサ。大丈夫そうか?」
「ん? 何だい? いつもと変わらない撮影だけど……?」
「いんや、ちょっと緊張しすぎだ。今回はダンジョンで戦うって話じゃあないのだろう? ならもっと力抜け」
クー・フーリンは朱槍を治めた特殊な布袋を担ぎ、笑って言う。しかし、ツバサは力なく口元に笑みを浮かべるだけで、特に何を言うこともできなかった。
責任は重大な割に、必要なのは運という地獄めいた状況。やらせはこのご時世はやらないどころか炎上の火種になる。ただでさえ、ツバサは未成年で超人気俳優と言うこともあり、炎上しやすい場所にいるのだ。火種は排除できるなら排除するに越したことはない。
小さく肩をすくめたツバサは、クー・フーリンに問いかける。
「君は釣りとか得意だったりするのかい?」
「いや……得意分野はこっちの言葉で同じ『りょうし』だったとしても、猟師の方だからな。イノシシ狩りなんかは趣味でよくやっていたが」
朱槍を片手に小さく首を横に振って言うクー・フーリン。彼にしてみても本職は漁師でも猟師でもなく戦士である。今はツバサの護衛まがいなことをしているが、基本的には戦いに明け暮れた人生の中で、魚釣りをやる時間などそうなかった。
「行こうぜ、ツバサ。打ち漏らしは俺が殺す」
「いや、彼ら二人なら、多分大丈夫だと思うけれども……」
そんなことを言いながらツバサとクー・フーリンは小さく笑う。彼が言う二人というのは、ユウキとコンラのことだろう。クー・フーリンにはコンラが見えていないため、はっきりとは二人の実力が分かっていなかった。
クー・フーリンとて見えているユウキの機転の良さは理解している。しかし、彼が戦闘をこなせるような人間ではないともわかっていた。同時に、ユウキとともにいる人間……見えてはいないが、確かに存在と敵意だけは感じ取れる……が、戦いになれているのだろうとは分かっていた。
だからこそ、二人を信用しきれていなかった。
特に、見えていないほうの実力を持つ人間。召喚獣であり、己の息子を名乗っている男。彼の実力が信用できない。いや、存在そのものを信用しがたかった。
「……俺、息子なんざいたっけか……?」
誰にも聞こえないほどの小さな声でつぶやいたクー・フーリン。
そして、ダンジョンへ続く金属扉は開かれた。
【モンスターの肉って食べられるの?】
食べられます。ちゃんとした処理してあるやつは流通もしている。
流石に倫理的な観点から人類、亜人類などは食用として公的に取引されていないが、牛、羊、山羊、オオカミ、魚、化け蟹、鮫など、多くのモンスターが特定の資格を取った者たちによって売買されている。ダンジョンに放置されていると死体は消えるが、死体が消えるまでには結構時間がかかるため、それまでに死体を外に出してしまえば消えてしまうことはないのだ。
ちなみに取引されている限りで最高額の肉は、【ヤマタノオロチ】で採取可能なヤマタノオロチの肉。とれる量が多いかと思いきや、不可食部位が割と多く、食べられる量も討伐できる人間も限られているため、高級料亭でしか出されない希少で高級な珍味となっている。
なお、必要な資格は【食肉等加工資格】であり、解体したいモンスターの生態によって必要な資格が変わってくる。現代で言うならフグの調理師免許のようなもので、適応した資格を持っていない人が解体した肉は、流通に乗せることができない。個人で勝手にさばいて食べる分には違法にはならない。
そのため、市場に流通しているダンジョン産の食肉は非情に安定した出来となっている。あんしんしてたべられるよ!




