47話 【浦島太郎ダンジョン】
前回のあらすじ
・コンラとシンジが殴り合う
・イレギュラーは人工的に発生させられる……?
当日中に戦利品を売却し自宅に戻ったユウキとコンラは、手早く夕飯の準備をしてから明日の打ち合わせの準備を行う。
冷凍ご飯の入った電子レンジのボタンを押してから、ユウキはタブレットをテーブルの上に置く。腹を空かせていたコンラはパンをトースターで焼く時間すら待てなかったのか、安いプライベートブランドの食パンに同じブランドのハーフベーコンをのせて食べている。加熱をしていないベーコンを食べているコンラに一瞬目をくらませるも、空になったパッケージを見てみれば生食も可能とかいてあった。
とはいえ、ユウキは普通に焼いたほうがおいしいだろうと思いつつも、打ち合わせを始めた。
明日行く予定の浦島太郎ダンジョンのマップを取り出し、ユウキはコンラに言う。
「資料は確認してもらったと思うけれども、明日行くのは浦島太郎ダンジョンだ。モブに化け蟹と鮫、レアモブに大鯛が出てくる。少し前まではイレギュラーで変異していたらしいけれども、クリアされたから元に戻った」
もしゃもしゃと食パンを食べながら、コンラはユウキに問いかける。
「確かクサナギツバサとの共同探索だったよな。蟹狩りか?」
「うん、海には普通の魚もわいているらしくて。草薙さんの仕事が釣り番組のレポーターらしいから、僕らはそれの警備。メインは蟹狩りになると思う。もちろんプロの探索者も同行するけど、なんだか以前トラブルがあったらしくて、念のために人数を増やすのだって」
だから、交通費と入場料金は番組側が支払ってくれるらしいよ、と言葉を続けるユウキ。5千円の入場料は馬鹿にならない。いつだって食費に家計を圧迫されている彼にしてみれば、食糧採取とダンジョン攻略が並行してできるのは大変ありがたかった。
「テレビには出たかったら出てもいいらしいけど、コンラはどうする? 希望したら画像処理で完全に画面から消してもらえるらしいけど」
「別に構わない。名乗る予定もないしな」
あっさりと出演に了承するコンラ。彼は目立つことに忌諱感はない。とはいえ、己の禁忌の都合から流石に名前が広く知られるのは勘弁願いたいところだったが。
電子ケトルに沸いた湯で粉の即席スープを溶かし、食パンの耳をつけて食べながら、コンラは浜のあたりを指さした。
「撮影スタッフと合流したら、護衛対象よりも先にダンジョンに入り、化け蟹を掃討する。安全確保を優先するぞ。……とはいえ、クソ親父がいるならその必要もない気がするな」
「海にいる鮫は僕らじゃどうしようもないからね。そっちはプロに任せよう。時間が余ったら僕たちも釣りをしていいらしいけど、魚、食べられる?」
「まあ、近くに海あったからな。肉の方が好きだが、魚も食える。海藻は……日本にある加工済みのものなら食えないことも無い。あまり好みではないが」
「コンラ、ワカメあんまり食べられないよね……」
古代ケルトには日本のように海藻を食べる文化はない。そのため、海藻をうまく消化できないのだ。食事はさほど気にしにしないコンラだが、海藻はあまりたくさん食べないようにしているようだった。
ユウキらが目標としているのは、ダンジョンでのロケの露払いである。そして、それをできれば完ぺきにこなしたかった。
というのも、今回のように探索者が一般人から依頼されて探索に同行するというのはままある。とくに、戦闘の不得意な研究者の多くは同行依頼で探索回数をかせぎ、研究者用の特殊試験で等級を上げる場合が多い。
しかし、その手の護衛依頼は多くの場合、プロの探索者の所属する事務所が請け負うため、個人の探索者に依頼がなされることはほとんどない。あっても、友人だからだとか、よほど特異な場所にあるダンジョンで、その人しか精通していないだとかのかなり限定した理由になってくる。
まあ、要するに、信用に値しない人間に命を預けるような真似をしたいと思う人間はそういない、ということだ。
ユウキは別にプロになるつもりはない。二級ポーションさえ手に入ってしまえば、ダンジョンを探索し続ける理由がないからだ。
だがしかし、ダンジョンは等級が上がるにつれて、入場料は高くなっていく。それこそ、三級探索者になるために挑まなければならない特四級ダンジョンは挑むためにまず100万前後の現金が必要になる。これは、確実に100万円以上の利益が確定しているから、というのもあるが、むしろ、それよりも100万円程度の入場料が支払えないような経済状況では、ろくな装備を持てていない可能性が高いため、挑めないような金額設定になっているのだ。
四等級に上がるのは、真面目に探索者をやっていればそう難しいことではない。だがしかし、いかんせん金がかかる。
もちろん、等級に相応な収入は得られる。が、しかしだ。探索には基本金がかかる。武器は消耗が激しく、手入れにも金がかかる。さらに、応急手当てのセットなどの必須な消耗品も多く、税金も重たい。以前からも紹介していたと思うが、計画的にダンジョンを探索できなければ、必然的に儲けは出ない職種なのだ。
そのためにも、探索の上で一番の出費になる入場料を他人に負担してもらえるかもしれない共同探索者……もとい、出資者がいるのは、ユウキにとっても他の探索者たちにとっても大変ありがたいことだ。事務所に所属していない以上、得られるかもしれない伝手の機会を逃すわけにはいかなかった。
「放送予定時間が時間だから、あまり残骸は残さないほうが良いと思う。一応事前に黒いビニール袋用意しておいたけど、バケツの追加購入しておく?」
「いや、所持品を増やせば必然的に動きは悪くなる。見栄えばかり気にしていれば、護衛がしにくくなるぞ。だがまあ、そこの判断はユウキ、お前に任せる。基本蟹の死骸の片づけはお前の仕事だからな」
そう、基本戦闘の出来ないユウキは、掃討においては掃除や処理を行う予定だった。蟹からも良質な魔石を採取できるため、少しだけツバサに申し訳ない気持ちになった彼だが、すぐに気持ちを入れ替える。
蟹の身は食べることができるが、資格を持っていないユウキたちにはとったカニの身を売却することができない。そのため、自分たちで食べる分だけをとって、残りはダンジョン内に放置することになる。
ダンジョンではギミックや装飾でない限り、モンスターの死骸は勝手に消えるため、放置していても全く問題はない。が、外から持ち込んだものはのこるため、モラルとして持ち帰ることが推奨されている。
後は……権利団体がそもそもモンスターの討伐に反対していることがあるが、気にしていては探索者という職を続けることはできない。
しばらくの間ユウキとコンラは作戦会議を続け、結局は冷めきってしまった電子レンジの中の冷凍ご飯を主食に、平日に作っておいたタッパーの中のおかずを食べた。
翌朝。
指定された集合場所に余裕をもって到着したユウキは、まだ朝早いためにフードの中で寝息を立てている子ネズミを起こさないように撮影スタッフに挨拶をする。
広い公道の今は使われていない古ぼけたバス停の、何のために作られたのかわからないベニヤの痛んだ木扉。その前には、例の如く金属でできたオートロックの扉が設置されている。
入り口前にはほかのダンジョンの入り口と同様、ちょっとした休憩スペースと自動販売機が置かれていた。何人かのスタッフはそこで軽食も購入しているらしく、いくつかのボタンのランプが売り切れを示す赤の文字を点滅させている。
どうやら、まだツバサは来ていないらしい。しかし、スタッフたちが焦っていないところを見る限り、俳優の到着時刻は撮影準備が終わるころに合わせているようだ。
何故か随分と目立つどピンク色のベストを着たプロデューサーに確認を取ったうえで、ユウキとコンラ、そして子ネズミは、先行してダンジョンに足を踏み入れた。
「がんばろう、できることを、できる限り」
「当たり前だ」
掃除道具を両手に握ったユウキと、抜き身の剣を片手に握ったコンラ。彼等はそう言い合いながら、作業に望んだ。
【探索者事務所について】
ある一定以上のプロの探索者は、事務作業……備品の購入や探索予定のダンジョンの情報の調査、税金などの計算などの煩雑な仕事に翻弄されないために、事務所に所属することが多い。
事務所に所属すれば一定期間ダンジョンの探索ができなくなっても給与が保証されたり、研究者やリポーターなどの護衛任務などを任されたりと言った特典を得ることができる。しかし、その分探索者は所属する事務所に相応しい行動をする必要があるため、フリーの探索者よりは幾分か自由度が減る。だがしかし、圧倒的に利益の方があるため、事務所に誘われたら契約する探索者が多い。フリーは何かとキツイのである。
感覚的には芸能事務所が一番近い。仕事をプロデュースするし、マネジメントも備品も用意するから、マージンは抜かせてね、という感じ。
ちなみに、探索者協会とは全く別の組織であり、探索者協会の職員は基本副業禁止であるため、職員が事務所に所属することはない。逆に、事務所に所属しているからと言って協会職員のような扱いを受けることも無い。




