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マイナーズ:弱小探索者と下位互換召喚獣の楽しいダンジョン冒険譚  作者: ooi
一章 イレギュラー【英雄無きアルスター】
47/152

46話 人工イレギュラー

前回のあらすじ

・シンジが変異したオオカミを無事討伐する

 探索を終えたユウキらとシンジら。しかし、平穏はすぐには訪れなかった。


 ユウキは喉が締め付けられるような恐怖を覚えながらも、コンラに挑戦をする。同時に、スカサハも楽しそうにシンジに怒鳴った。


「コンラ、三時間の抜刀禁止を挑戦する! 抜き身の刀剣はダンジョン外で振り回したら違法だ!」

「愚弟子、甥は殺すなよ。貴様らがやっていいのは喧嘩であって、殺し合いではない」


 小さく舌打ちをするコンラと、ぎろりとスカサハを睨むシンジ。返事は二人ともしなかったが、とりあえず了承はしたらしい。

 鞘にしまったままだった剣をユウキに投げ渡し、コンラは拳を構える。奇しくも、幼少のころから叔母であるスカサハに師事していたために、シンジと同じ構えをしていた。


「悪いな、俺の挑戦に不殺は含まれていない。うっかり殺されても恨むなよ?」

「親父に殺された雑魚は黙っていろよ」


 怒りを孕んだ瞳のまま、口元に薄く嘲笑を浮かべたシンジの挑発。その挑発は見事にコンラの額に青筋を浮かべることに成功した。……成功させてしまった。

 乾いた笑い声をあげ、コンラは凶悪に牙を見せて笑う。


「くびり殺す」

「やれるもんならやってみろつってんだろ、雑魚が」


 短い言葉の応報。その直後、二人は一気に間合いを詰めた。

 先手を奪ったのは、コンラの方であった。


 掌底をシンジの心臓めがけて突き出す。シンジはスッと体を斜めに傾け、その一撃を回避する。そして、即座にカウンターとして肘をコンラの鳩尾めがけて叩きつける。

 肘をえぐるようにコンラの鳩尾へ叩きこんだシンジ。しかし、コンラは痛みで表情を歪めながらも耐久しきり、逆に接近したシンジの首につかみかかる。死を直感したシンジは、即座にコンラから距離をとる。


 距離をとろうとしたシンジに向けて、コンラは地面を浅く蹴り上げる。何をしているのか一瞬分からなかったシンジだが、頬をかすめた石礫に、目つぶしをされかけていたのだと気が付いた。幸いにも、礫は目に入ることなく、風にさらわれて消えた。


 一拍遅れて、二人は取っ組み合いをする。両手をつかみ合い、互いににらみ合う。そして、言葉の応報をする。


「馬鹿力もいいところじゃあねえか……!」

「てめえも純粋な人間にしては力強いじゃねえか……!」


 スカサハは神の血を四分の1引き継ぐコンラと組み合えるシンジに驚き、ユウキは超人じみた身体能力を持つシンジとまともに組み合えるコンラに驚きを隠せなかった。

 スカサハもユウキも互いにどちらが優勢かを測りかねていた。過ごした時間での信頼が、おおよその期待値となっていたため、スカサハは己の甥が、ユウキは腐れ縁の男が、勝つものだと思っていたのだ。


 茫然と戦いを見守っていたユウキだが、ふとここがダンジョン前とはいえ住宅地の真ん中であることを思い出す。


「……いや、いい加減止めないとか」

「ふむ、ユウキ、お前ごときがあの戦いに入り込んだら、即死するのは確定事項だぞ?」

「流石にコンラは気を使ってくれると思います……いえ、ちょっと自信ないですけど」

「そうか。ならやめておけ。私はどちらの方が強いのか見ておきたい。思ったよりも愚弟子がやりおる」


 興味10割、というような表情で言うスカサハ。彼女にしてみれば、おそらく弟子同士の手合わせを見ているに近しい感情があるのだろう。

 しかし、ユウキは知り合いと自分の召喚獣が殴り合っているというどちらが勝っても最悪な状態になる。コンラが負傷すれば明日の探索に支障が出て、シンジが負傷すればユウキの召喚獣監督義務違反で前科が付きかねない。


 人外じみた取っ組み合いを続けるコンラとシンジに、ユウキは頭を抱える。おそらく、というか、多分、だが、シンジはコンラへの同族嫌悪のようなものを抱えている。それの正体が何なのだかはわからないが、少なからず、シンジはなんだかんだ言って懐が広い。100円程度を無駄に使われただけでここまでぶちぎれるようなことはないはずである。


 ユウキは思考する。どうすれば、彼ら二人を止められるのかを。


__うーん……普通に無理じゃないかな、これ……


 あまりに無謀な現状に頭痛こそするものの、アイデアはわいてこない。スカサハが手伝ってくれるならまだしも、ユウキ一人でシンジとコンラの戦いを止めることはできない。

 とはいえ、このまま殴り合いを続けさせていると、いずれ近所の住人たちに警察を呼ばれかねない。今後の昇級のためにも、そう簡単に警察のお世話にはなりたくなかった。


 ユウキは、悩んで、悩んで、諦めてスカサハに問いかけた。


「スカサハ様、どうすれば良いですかね、これ……」

「む? 貴様は死なない場所に逃げておけばいいだろう?」

「いえ、僕はコンラの監督責任があるので、戦闘を止めないといけないのですよね……知恵を貸していただけませんか?」

「無理だな。まず、私が二人の試合を止めたいと思っていない」

「それは無理ですね。うわ、どうしよう」


 協力する気の皆無なスカサハに、ユウキはがっくりと肩を落とす。どうにもならなくても、どうにかするしかないのだ。

 クマか化け物の取っ組み合いに、ユウキは少しだけおびえながらも声をかける。


「そ、その、ふ、ふたりとも、もう止めておかない?」

「下がっていろ、ユウキ。巻き込まれるぞ」


 シンジの顔面を殴ろうと拳を振りかぶりながら言うコンラ。対するシンジはコンラの足を踏みつけ、カウンターの体勢をとっている。双方一発ずつもらっているのか、既にいくつかあざや赤く腫れた痕ができている。このままだと本当に血を見る羽目になる。


「えーっと、コンラ、君、明日も探索あるだろう?! メインの仕事である従者の仕事に支障が出たら困るだろう?」

「……俺が止めたとしてこいつが止めねえだろ」


 一瞬考えこんだコンラだったが、すぐに言い返す。確かに、コンラの言う通り、シンジは鮮やかな肉薄からコンラへ腹パンしようと拳を握り締めている。コンラはギリギリのところでシンジの拳を回避するが、まるで戦闘を放棄できるような状態ではない。


 ユウキはしばらく考えてから、つかつかと自動販売機の前へ移動する。そして、電子通貨で飲み物を購入すると、シンジに声をかけた。


「シンジ、その、水って、これで大丈夫?」

「……。」


 その瞬間、シンジはコンラの首につかみかかろうとしていた手を、ぴたりと静止した。ユウキがシンジに見せたのは、スポーツドリンクのラベルの付いたボトルだった。


 殴り合いの結果出てきた鼻血を片手で拭いながら、シンジは小さく舌打ちをしてユウキに言う。


「いらねえ。今は気分じゃねえ」

「その、召喚獣の不始末は、契約者である僕がすべきだと思うんだ」

「何だ、てめえが殴られたいのか?」

「普通に嫌だけど……それで丸く収まるなら最悪それでもかまわない」


 半分、賭けのようなものだった。本気でシンジが不機嫌であったのなら、次に飛んでくる拳は手加減などない一撃となる。しかし、そうでなければ……? 可能性はゼロではない。もちろん、ユウキの声掛けで不機嫌に針が降りきれる可能性もあるにはあるのだが、それでも、賭けのテーブルについても構わない程度には勝率があった。


 あからさまに不機嫌なシンジの目を、ユウキは恐怖を噛み殺してしっかりと見る。シンジは面倒くさそうにため息をつくと、つかみかかっていたコンラの衣服から手を放し、ユウキの手からスポーツドリンクのボトルを奪い取った。

 そして、空いた手をひらひらと振って言う。


「萎えた。__次から飼い犬くらいちゃんと躾けろ」

「……てめえはいつか殺す」

「お、落ち着いてよ、コンラ!」


 去り際のシンジの挑発に、飼い犬扱いされたコンラはグルグルと喉奥で唸り声にも近い声を上げる。そして、同時にユウキは理解した。


__あ、これ、2度とシンジと共同探索できないやつだ、と。





 時は少し進み、探索者協会事務所の楽鳥羽長支部では、男の狂気的な笑い声が響いていた。


「すばらしい! 素晴らしいぞこれは! 分かるかね、小林君!」

「すいません、俺木林(キバヤシ)です、吉本さん。あと、1ミリもわからないですし、分かりたくもないです」


 メスとカメラを両手に持ち、高笑いをするのは、探索者協会職員の査定担当、もとい、ダンジョン研究の研究員、吉本和樹とその助手……いや、役職的に助手ではないが、吉本も他の人たちもほぼ助手のように扱っている、探索者協会新人職員の木林紫苑は、小さくため息をついて首を横に振った。


 二人の目の前にあるのは、巨大なオオカミの死骸。腹を裂かれ内臓の鑑別のなされたそれは、慣れていないものが見れば間違いなく嘔吐するような、グロテスクな光景であった。


 しかし、未知なモンスターに吉本は狂喜を隠せない。


「すばらしい、素晴らしいぞ! これが、【藁の家ダンジョン】のオオカミの変異体! ああ、大変すばらしい!」

「血抜きしてから来てほしかったですけどね」

「愚か者め、血抜きをしていたら、ここまでぬくもりを残しておらんだろうが!」

「ぬくもりなんていらないですよ。ここ片付けるの俺なんですからね?」


 血みどろな解体作業台の上。ビニール手袋の覆う両手をいびつなオオカミの血で真っ赤に染め、木林は小さく肩をすくめる。吉本のせいで無駄にグロ耐性のついてしまった木林は特に吐き気のようなものを覚えることはなかったが、それでも、十分かそれ以上に嫌悪感は感じる。


 肥大化した目。異様なほどに……それこそ、山羊くらい丸のみ出来てしまいそうなほどに大きな口。体の大きさも牙も爪も、記録に残っている【藁の家ダンジョン】のそれとはかけ離れている。


「ああ、とても素晴らしい。前後の記録は確か報告されていたな? それを読まねば、このオオカミの変異の理由はわからんかっただろう。__わかるかね、小林君」

「ですから、木林です。……前後の記録、と、言いますと、ボス未討伐でダンジョンをクリアした探索者たちですか?」


 木林はそう言ってそっとオオカミの首元を見る。報告からも解剖結果からも、死因は首の骨が折れたことである。つまり、即死であった。それ以外の外傷は皆無。異形のオオカミは鮮やかに首の骨だけを折られ、すみやかに息を引き取っていったのだろう。

 しかし、だからと言って、オオカミが変異した理由がわかるかと聞かれれば、木林はわからないと答えることしかできない。


 黙って首を横に振る木林に、吉本は楽しそうにメスで空中を切りながらヒントと言わんばかりに言葉を紡ぐ。


「報告書には『ボスを未討伐でダンジョンを攻略した』と書いてあったな? 小林君、君は【藁の家ダンジョン】のことをどれほど知っているかね?」

「だから、俺は木林です。……藁の家ダンジョンというと、少し遠くにある準5級ダンジョンですよね。昇級試験のクリアダンジョンとして楽鳥羽町で申請されることの多いダンジョンのはずです」

「タイプは?」

「一本道でしたっけ……? パズル型やアクション型ではなかった記憶があります」


 顎に手を当て、思い出す木林。そんな木林に、吉本は正解だと言わんばかりにうんうんと頷きながら、そっと血で汚れたメスをシャーレの上に置く。ガラス製のシャーレに金属のメスが擦れ、高い音が小さく地下の第2解剖室に響いた。


 そこで、木林はあることに気が付く。


「一本道? なのに、ボスを未討伐でダンジョンをクリア……?」

「そう、そこだ。その手法について、報告書には書いてあったのだが、そこまで読んだかね?」

「たしか……オオカミを言いくるめて、探索者とその従者合計二人が先に脱出した、でしたっけ?」

「言いくるめ方は?」

「三匹の山羊のがらがらどんをモデルにした、と書いてあったはずです」

「そう、それだ」


 木林の言葉に、吉本は無精ひげの生えた面ににっこりと楽しそうな笑顔を浮かべ、首を大きく縦に振る。

 そして、解剖室の隅にあるアルミの本棚からある資料を引きずり出す。そのうちの一ページ、旧大阪府に存在するダンジョン【がらがらどん】のモンスターの解剖ページを開いた。そのダンジョンではボスとしてがらがらどんに登場する『トロル』というモンスターが現れる。


 そのページを開いた吉本は、巨体のオオカミの横に並べる。そして、『トロル』の解剖結果の写真に指を添えながら言葉を続けた。


「『トロル』の特徴として、ぎょろぎょろとした大きな目、というのがある。そして、今回変異したオオカミにも、その特徴が当てはまる。そして、大きな口もだ。巨体もトロルに引っ張られたのかもしれんな」


 極端に肥大化したオオカミの目を指さしながら、吉本は言う。

 そんな吉本の言葉に、木林は不可解そうに眉を顰める。


「……つまり、ダンジョンをクリアする手法として『三匹の山羊のがらがらどん』が用いられたから、ボスも変異したと?」

「ああ。というか、今回の件は半分くらいイレギュラーが起きたと言ってもいい状態だろう」

「は?!」


 あっさりと言う吉本。そんな彼に、木林は素っ頓狂な声を上げることしかできなかった。

 あほらしい声を上げる木林に、吉本は何がわからんのだ、と言いたげに首を傾げ、言う。


「今回の件はイレギュラー発生の規則性を見出すため、大いに参考になる案件となったことだろう。だから私は何度も素晴らしいと言っているのだ。わからんかね?」

「わからんかね、じゃないですよ! 一大事じゃないですか!!」


 頭を抱え、叫ぶ木林。

 不規則に出現し、ダンジョンの難易度を飛躍的に上昇させるイレギュラーは、【探索者殺し】として名高い悪辣な現象である。現在楽鳥羽町周辺で発生しているイレギュラー、【アルスター物語群】も、報告されているだけで既に30名近い死傷者を出してしまっているのだ。


 さらに、日本政府、もとい、探索者協会は、過去の事案……一級ダンジョンでのイレギュラー発生により、かつての新宿区を更地に変えたあの悪夢から、イレギュラーの規則性を特定するのに躍起になっているところがある。


 木林はこめかみに手を当て、思いついてしまったことを吉本に問いかける。その声は、震えていた。


「……つまり、イレギュラーは、人工的に起こせてしまう、ということですか……?」

「ああ、おそらくな。さしずめ、このオオカミは【トロルウルフ】とでもいえるか。この場合は物語変更型と複合型、どちらのイレギュラーなのだろうな?」


 ぱしゃぱしゃと変異したオオカミを写真にとりながら、吉本はあっさりと言う。木林は、頭痛と胃痛を同時に発生させ、小さくうめき声を上げることしかできなかった。


 吉本は狂喜の笑いを上げ続ける。


「大変すばらしい! ああ、だからダンジョンは面白いのだ! まったくもって私を退屈させない!」


 高笑いをし続ける吉本。木林はこんな重大な案件、どうやって報告書にまとめればいいのかと、ただ酷い胃痛に悩まされることしかできなかった。

【一級ダンジョンのイレギュラー】

 日本史上最悪のダンジョン事故として、【旧新宿区壊滅案件】が存在する。とある一級ダンジョンがイレギュラーによって変異し、探索ができなくなったことでモンスターがダンジョンからあふれ出てくる、という最悪な事態になった。

 一級探索者複数名が鎮圧にあたり、数名の死者を出しながらもイレギュラーの格となっていたボスモンスターを討伐し、事態は収束したものの、まだ一部地域が人類生活圏外となってしまっている。

 6話で第二新宿区の名称を出したが、現在の東京都新宿区は人類生活圏外を含む【旧新宿区】と復興再建の続いている【第二新宿区】が存在している。旧新宿区では、いまだに討伐されずに生き残ったモンスターが徘徊しているという噂がある。


 等級、原典、場所を問わず時折発生するイレギュラーだが、発生要因はわかっていない。また、規則性も割り出せておらず、現在、イレギュラーの割り出し方や原因などの究明が急がれている。なお、成果は出ていない。

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