45話 オオカミ退治
前回のあらすじ
・どうにかしてシンジにボスを譲らなければならない
・がらがらどん方式でボスと戦闘することなくダンジョンを脱出
・おや、ボスの様子が……?
ユウキらが撤退した直後、シンジとスカサハの二人が藁の家の前の道にたどり着く。そして、二人して眉をひそめた。
「ふむ……? 思ったよりも大きめの獲物の気配だな」
空になった強化プラスチックのケースを担いだスカサハは、小さく首をかしげる。
風の妖精たちはユウキらがあらかた狩りとってしまったため、ほとんどいない。にもかかわらず、空気はあまりにも重く、ひりついていた。シンジは、小さく舌打ちをして吐き捨てるように言った。
「……クソババア、こいつは普通、準五級程度ならいねえはずのモンスターじゃねえか?」
「言っただろうが。私はダンジョン探索はこれが初めてだと。しかし、これで正しく準五級なら、なかなか退屈せんだろうな。私よりも強いものと戦えるかもしれん」
鼻歌でも歌い出しそうなほどに上機嫌なスカサハ。そんなスカサハに、シンジは確認するように問いかける。
「んで、結局、槍使って血出さなきゃいいのか?」
「ああ。小僧に方法も聞いたのだ。しくじったら教育のし直しだ」
「……流石にまだ地獄に行く予定は立てたくないな」
シンジは小さくそう呟いて、スカサハから借り受けた黒槍を右手に握る。【浦島太郎】で手にした槍より圧倒的に上物なその槍に、シンジは小さく感嘆の声を上げた。
そんな二人に、ついにあの低い声がかけられる。
「グルルル……止まれェ……喰って、喰っteやる……」
「……?」
シンジは、その声を聴いて眉をひそめた。
大地を震わせるような声に、ノイズがかかっているような気がしたのだ。
低い声は、ぐるぐるとうなり声を上げながら、おかしなことを言いだす。
「誰だ、橋を揺らすのは……ちがう、橋はここにはない……音が、音が……?」
「橋……?」
「ふむ? 事前資料ではこのダンジョンに橋などないはずだが?」
低い声に困惑するシンジとスカサハ。
シンジは小さく舌打ちをすると、低い声に向かって怒鳴った。
「四の五の言わずにとっとと出てこいよ、オオカミ」
「おおかみ、狼、オオカミ……ああ、そうだ、俺は、トロルじゃない……藁の家の豚を喰らった、オオカミだ……!」
低い声は思い出したようにそう呟くと、ようやく草むらからその体を引きずり出す。その姿を見て、シンジは頬をピクリとひきつらせた。
草むらから現れたのは、いびつな二足歩行を行う、身長3メートルを優に超えた、毛の生えた怪物。いびつに生えた角。耳は尖り、口は異様なほどに大きく、爪はまるでナイフのように鋭い。
そして、一番目立つのは、異様なまでに肥大化したその両の目。ボコリと突き出た二つの瞳は、ぎょろぎょろとおかしな方向を見ては揺れる。
少なくとも、通常の【藁の家ダンジョン】に現れるオオカミではなかった。
シンジはちらりとスカサハの方を見る。スカサハは特に何も思っていないのか、小さくシンジに顎をしゃくり、さっさと倒して来いと言わんばかりの表情である。
「ちっ、体がでけえと面倒臭いんだよ……」
「立ち止まったな? なら食い殺してやる!」
大きな瞳をぎらつかせながら、そう宣言するオオカミ。裂けた口元がニタリと大きな弧を描き、口角からはよだれが零れ落ちる。
そんなあまりにも恐ろしいオオカミに対し、シンジは表情を変えることなく黒槍を構える。確かに、このモンスターは本来なら準五級で出るようなモンスターではない。だがしかし、シンジには関係がなかった。
「愚弟子、カウントスタートだ。100秒以内に殺しきれ」
「うるせーぞ、ババア! 無茶が過ぎるんだよ!」
「100、99、89……」
「てめえ、数字も数えられねえのか?!」
シンジの罵倒に、額に青筋を浮かべながら、スカサハは無情にも十秒飛ばしのカウントダウンを始める。
時間はそう残されていない。そうさっしたシンジは、即座に動き出した。
「79」
スカサハの声が響く。同時に、変異したオオカミが大口を上げて吠える。
「69」
地面を蹴り、オオカミの方へ突撃するシンジ。槍の穂先は、何故か地面へ向けられている。
「59」
オオカミが、突撃してきたシンジに向かって刃物のような爪を振りかぶる。
しかし、シンジの動きは止まらない。
「49」
短く、風を切る音が響く。オオカミが、その爪をシンジに向かって振り下ろしたのだ。
しかして、その爪はシンジの体を切り裂くことはなかった。何故ならば__
「39」
黒槍によって、その鋭い爪が受け止められていたためであった。体格故、とてつもない圧力をかけられるが、シンジは、まるでそんなことを気にせずに爪を受け止め、そして、受け流してみせた。
そこからの動きは、早かった。
渾身の一撃を受け流され、体勢を崩すオオカミ。
死に体になったオオカミの体に槍を突き出す__ことはなく、槍の間合いよりも圧倒的に近い位置にまで、詰め寄る。当然、近距離になればなるほど、槍を扱うには不利だ。
しかし、勝利を確信したシンジは、ニッと不敵な笑みを浮かべる。
「29」
シンジは、右手に握った黒槍に、力を籠める。
そして、地面に槍を突き立てると、棒高跳びの要領で高く高く跳躍した。
「ガルァッ?!」
困惑の吠え声を上げるいびつなオオカミ。跳躍したシンジは、オオカミの肩あたりを探索者推奨装備であるスパイク付きのブーツで踏みにじる。
「19」
片手で地面から黒槍を引き抜き、そして、シンジは短く息を吐く。
槍を使い、相手を出血させることなく死に至らしめる方法。一般的には、そんな方法を言えと言われても、そう簡単には出てくるものではないだろう。槍と言えば、長い柄とその先についた刃。戦いとなれば、当然その刃を用いて敵を突いたり切り裂いたりして殺傷するのが本来の使い方なのだ。
だがしかし、それ以外にも、使い方がある。
ユウキが提案したのは、そんな方法であった。
「そうだよな。刃を使うから出血すんだ。なら、柄を使えばいいってだけだ」
ニッと笑んだシンジは、そう呟くなり、槍の柄をオオカミの首を通して両手でつかむ。そして、一気に首を締め上げた。
「9」
「ギャアァァァアアア?!」
オオカミのすさまじい絶叫が響く。同時に、体の上に乗ったシンジを振り下ろそうと、体を大きく揺らす。
しかし、元々の才能と筋力、スカサハによって訓練されたその肉体を振り落とすことは、少なくとも変位したオオカミには不可能であった。
残り時間的に首を絞めるだけだと時間が足りないと判断し、シンジはさらに力を籠める。すると__
ごきっ
鈍い音が、響く。同時に、オオカミの絶叫が消えた。
「1」
頸の骨をへし折られたオオカミは、重力に逆らうだけの力を籠めることもできずに、地面へ倒れる。
そして、シンジは機嫌よく槍を片手で1回しして、スカサハに言う。
「課題終了だ、これでいいんだろう?」
「……よかろう。出血なし、時間内に討伐を終えたことを、認めてやる」
スカサハの言葉を聞いたシンジは、スカサハに槍を投げて返す。
こうして、二人の【藁の家ダンジョン】の探索は、終わった。
__リザルト
攻略ダンジョン:【藁の家ダンジョン】
討伐したモンスター:オオカミ(変異個体)
総討伐数:1体
採取物:未解体のオオカミの死骸(1)
死者数:0人
補足事項:異常個体のオオカミを討伐し探索を完了する。
ダンジョンの入り口で待機していたユウキは、コンラが出てきてから殆ど間を開けずに帰って来たシンジに驚きの表情を浮かべた。
「えっと、大丈夫だった?」
「てめえごときに心配される理由はねえ」
「いや、その、シンジだったら、力強いからもしかしたら皮とか破ったりしちゃいそうだったから……」
「……問題ねえつってんだろうが」
なおも心配しているユウキに、シンジはしかめっ面を浮かべて答える。
しかして、コンラは心配よりも先に彼が引きずってきたものを見て、頭を抱えた。
「獲物くらい解体してから来いよ、叔母さん……」
「なぁに、ヨシモトとか言う面白い男に、珍しい魔物がいたら連れてこいと言われていたからな。あやつならこれだけ残っているほうが喜ぶはずだ」
「ヨシモト……ああ、あのヨシモトか……」
スカサハの口にした人名に、コンラはどこか納得したような表情を浮かべる。吉本は、赤牡牛ドン・クアルンゲからの採取物を鑑定した探索者協会の事務員である。なるほど、彼ならば解体したものよりは丸ごとの方が喜ばしいだろう。
オオカミの死体から手を放し、シンジはユウキに小銭入れを投げ渡して言う。
「水」
「あ、うん。いや、その、えっと、そのオオカミ、どうやって運ぶの……?」
「探索者協会の連中に言えば車出してくれるだろ。いいから買ってこい」
「わ、分かった」
シンジから受け取った小銭入れを持ち、自動販売機へ向かうユウキ。そんな彼から、コンラは小銭入れをすり取った。
「な、なに?」
「買い物は従者の仕事だろうが。主にさせることじゃねえ」
「いや、その、だ、大丈夫だよ?」
「大丈夫とかそう言う話じゃねえんだよ。一人前の主人になりてえっていうなら、最低限のことは従者に頼め」
コンラはそう言って小銭を自販機に入れると、ミネラルウォーターのボタンを押す。ユウキは小さく息を飲んで、そっとシンジの方を見る。一連の流れを見ていたシンジは、冷ややかな目でユウキのことを見ていた。
ユウキは慌ててコンラに言う。
「まって、シンジは多分、ミネラルウォーターじゃなくて、こっちのスポーツドリンクの方が……」
「? 水つったのはアイツだろ? 間違いねえじゃねえか」
「その、そうじゃないんだ」
シンジがユウキに飲み物を買うように言うとき、「水」としか言わないことを、彼はうまく説明できず、ただあわあわと困ったように目を泳がせることしかできない。
しばらく黙っていたシンジは、小さく舌打ちをすると、口を開いた。
「……ヨワキ、てめえは許す」
「……へ?」
茫然と声を上げるユウキ。シンジは、ゆらりと二人の方へ近づく。
そして、表情一つ変えず、シンジはコンラの顔面目掛けて拳を振り抜いた。
「何しやがる」
「あ? 勝手に他人の金使って余計なもの買ったやつが何言ってんだ?」
ギリギリのところでシンジの拳を受け止めたコンラは、己の額に脂汗が滲むのを察した。拳を受け止めた右手が、しびれている。とてつもない威力だったのだ。
不機嫌さを隠そうともしないシンジ。
そして、そんな彼らを楽しそうに見るスカサハ。
場外乱闘が、始まろうとしていた。