43話 お弁当の話
前回のあらすじ
・濃いメンツの住人達
ダンジョン探索を週末に控えた水曜日の昼休み。どうやら今日はシンジは朝から休みをとっていたらしく、学校に来ていなかった。
昼休みになればクラスの半数は食堂へ向かう。残りの半分の三分の一ほどは購買へ、後の人は持ってきた弁当を教室で食べるのだ。
ユウキは家計のために弁当を自前で用意している。と言っても、大半は市販の冷凍食品なのだが。
保冷バックの中にしまった冷えた弁当箱を取り出し、教室の後ろになぜか置いてある電子レンジへ向かう。
クラスのにぎやかな面々……あえてユウキは陽キャと表現したがらない……たちは、全員食堂組であるため、ユウキは悠々と弁当箱を電子レンジへ入れる。しきりには全てシリコンカップを使っているため、発火したり爆破したりする心配はない。……一昨日、新井田が茹で卵を電子レンジに突っ込んで爆破させていたが。
一分少し電子レンジを稼働させれば、保冷材で冷え切っていた弁当は温かくなる。今日の弁当は冷凍唐揚げを中心に、洗ったプチトマト、切っただけのキュウリ、冷凍食品の白身魚のフライ、そして、タケノコとわかめの酢の物だ。
竹藪ダンジョンで手に入れたタケノコは、少しずつ消費しているものの、まだまだ残っている。
__煮物とか作ってみようかな……?
コンラはさほどタケノコが好きではないらしく、嫌がりこそしないもののタケノコ中心のメニューだと露骨にがっかりした表情を浮かべる。だからこそ、酢の物などの小鉢としての消費が中心となってしまっているのが現状だった。
ユウキはいまだに肉は生焼けが怖く、うすいものや加工肉を中心にメニューを組み立てがちだった。コンラリクエストの羊肉はコンロの使い方を教えてコンラ本人に焼いてもらったため、特に問題はなかったが、やはりまだ料理は不安が残る。
__いい加減コンラもソーセージ飽きただろうし……カレーは三日前作ったし……どうしようかな……
タンパク質のほとんどをソーセージか卵かベーコンに頼るユウキは、たびたび料理のメニューに悩みがちだった。野菜は問題ない。ユウキが購入する野菜のおおよそ大半は電子レンジでチンすれば食べられるうえ、最悪生でも食べられないことはない。が、生肉は別だ。
コンラはまるで気にしてはいないし、何なら生肉でも構わないとでも言いそうだが、生肉は食中毒など、リスクが高い。もともと肉食文化で神代基準の胃袋を持つコンラならまだしも、ユウキが食中毒にかかれば、探索活動にも生活にも支障をきたす。
できれば、他人に料理を教えてもらいたい。が、教えてくれる他人が身近にいない。両親は県外だし、一人暮らしをしていた姉は入院中。友達は一人いるが、流石に忙しい彼に料理を教えてもらうのは気が引ける。そもそも、ツバサが料理できるかどうかをユウキは知らなかった。
周囲のクラスメイト達は友達と楽しそうに談笑しながら昼食をとるさなか、ユウキは黙々と温めた唐揚げを口に頬張る。マズくはないが、母の作る唐揚げの方がおいしい。
ふと、ユウキは前の席を見る。まだ席替えはしていないため、前と左隣の女子たちは、食堂に行っているのか空席になっている左前の席に座って二人で横並びに食事をとっているようだった。
多少……いや、まあまあ居心地が悪いが、誰にも話しかけられない分、探索の下準備に集中できる。
ユウキはそんなことを考えながら、一人静かに……もとい、一人さみしく昼食を終えた。
ユウキが学校に行っている間、コンラは基本的に家でトレーニングをしているか、由美叔母さんの手伝いをしているかのどちらかであることが多い。今日は、由美叔母さんの手伝いをしていた。
由美叔母さんの経営する喫茶店。料理が男らしすぎる……もとい、雑過ぎるという理由でキッチンを出禁にされたコンラは、喫茶店のウェイターをしている。金髪で目立つ容姿であるものの、顔は整っているため、喫茶店の制服を着れば、存外店にもなじむことができた。
ランチ時と言うこともあり、軽食の出る喫茶店の席はもうすでに9割ほど埋まっていた。にぎやかな店内を縫うように歩き、コンラは女性ばかりのテーブルにサンドウィッチのバスケットを配膳する。
「お待たせしました、サンドウィッチセットです。デザートはあとでお出しさせていただきますので、必要になりましたら呼び出しボタンを押してください」
事務的に言うコンラに、女性たちはほのかに顔を赤らめる。
何もないのなら用はないと言わんばかりに、席を離れようとするコンラ。そんな彼を、ナチュラルな茶髪の女性が引き留めた。
「す、すみません、店員さん! ちょっと待ってもらえますか?」
「ええ、まあ」
一応まだ仕事の残っているコンラは、少しだけ迷惑だと思いつつも、足を止めた。すると、女性の席の間で小さく、「はやくしなよ」とか、「ほらほら」とか、言う声が聞こえてくる。その言葉を聞いて、コンラは心の中でまたか、と吐き捨てた。
彼の予想通り、ボックス席の通路側、丁度茶髪の女性の前に座っていたポニーテールの女性が、バッと席を立つ。そして、コンラに向かって勢い良く頭を下げると、若干店内に聞こえるような大きめの声で言った。
「ひ、一目ぼれしました! つ、付き合ってください!」
あまりにもまっすぐな告白文句。その言葉に、コンラはいっそ潔いと思いつつも、小さく肩をすくめてその場で返事を返す。
「俺の名前も知らない女性はちょっとな……」
「せ、センシさん、ですよね? その、スタッフさん同士で話しているところを聞いていて……」
「センシは愛称みたいなものだ。本名ではない」
コンラはあっさりとそう言って踵を返そうとする。
しかし、ポニーテールの女性は、諦めきれなかったのか、一歩コンラの方へ歩み寄って、きゅっと左手を握り締めた。
「知らないから、と言う理由で振るなら、教えてください! 納得できないです!」
「……。」
まっすぐな好意に、コンラは少しだけ足を止める。
とはいえ、彼の脳裏には、どうしようもない反面教師……またの名を父クー・フーリンがよぎる。
好意を無下にするのはよくはない。実際、三女神のうち一人からの誘惑を拒んだ父は何だかんだその女神に付きまとわれていた。結局和解したらしいが、現代風に言うならストーカー化されるのは不本意である。
だからと言って雑に好意を持てば、母オイフェの二の舞になりかねない。
コンラは反面教師クー・フーリンから学び、好きになるのは一人だと決めている。それが一番最悪な状況になりにくいと判断したのだ。
コンラは小さくため息をつくと、ポケットからメモ帳を取り出す。そして、さらさらと文字を書くと、ポニーテールの女性に手渡した。
「ほら、俺の名前だ」
「……へ?」
女性は茫然としながらメモ帳を見る。そして、目を丸くした。
そこにかいてあるのは、古代ケルトの言葉で記されたコンラの名前。しかも、わざとわかりにくくするため、【コンラ、あるいはコンラッハ、もしくはカーソン】と別名まで表記していた。
当然、ポニーテールの女性が彼の名前を読み取ることなどできるわけもなく。
目を丸くした彼女に、コンラは言う。
「悪いが俺は召喚獣でな。訳あって名乗ることができない。だからこそ、俺の名前を知る人間でないと、そもそも心を許せない。よって、悪いが君は対象外だ」
「……え?」
ポカンと口を開け、茫然とする女性。今度こそ、コンラは彼女に背を向けて、さっさと仕事を続ける。
コンラがキッチンに戻ったところで、シフト長の男性が苦笑いを浮かべていた。
「センシ君、なんか、大丈夫だったかい?」
「あー……はい、大丈夫です」
「休憩行っておいで。賄い、できてるってさ」
ちらりと席を見ながら言うシフト長。コンラは彼の気遣いに感謝しながら、制服のエプロンの背中の紐を外した。
スタッフルームはそこそこ広い。社長の由美叔母さんは自分の部屋……もとい社長室で仕事をしているため、スタッフルームにはいなかった。
コンラはスタッフルームのパイプ椅子に座ると、中央のテーブルに置かれた今日の賄いをちらりと見る。既に自分がそこそこ(とコンラは認識している)大食いであることは伝えているため、賄いの量もそれなりだった。
バスケット一杯のサンドウィッチに、砂糖もミルクも入れていないコーヒー。そして、ボウル一杯のサラダ。
コンラは手を組んで小さく祈りをささげてから、食事に手をつけた。そして、思い出したようにユウキから支給されたタブレットに手を伸ばす。
「三匹の子豚……原典では末子豚以外オオカミに食われたらしいが、【藁の家】ではそもそも豚が出ないのか……イノシシは美味いのだがな……」
エビのたっぷり挟まれたサンドウィッチを大口で食べながら、コンラは資料を閲覧していく。【三匹の子豚】も【浦島太郎】も、果てには【赤い靴】も【かぐや姫】もコンラの生きていた時代にはない物語だった。
だからこそ、彼は前提としてダンジョンの元となっている物語を読むところから始めなければならなかった。
__油断した長男次男、末子豚だけが奇策を用いてオオカミを討伐……確かに豚は雑食だが、オオカミの肉を食うのはどうなのだ……?
民間伝承である三匹の子豚は、現代に即した修正版でないほうであると、長男豚次男豚はオオカミに食い殺されている。そのオオカミを喰らった末子豚は、間接的に共食いをしているとも言えなくはないだろう。
なお、コンラはそんな思考をしているのではなく、単純に「オオカミの肉などマズいだけだろ」と心の中でツッコミを入れているだけだった。
二人はそれぞれ準備をしながら、次のダンジョン探索に備えた。
【三女神のうち一人に言い寄られた】
「モリガン」「マッハ」「ネヴァン」の三人の女神。それぞれが戦や破壊、殺戮、死などを司っていることから、勝利をもたらす三女神として知られている。
ちなみに、クー・フーリンに言い寄ったのはモリガン。フラれて逆ギレしてやり返されて、ちょっと優しくされてころっと落ちた。チョロイン過ぎん?