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マイナーズ:弱小探索者と下位互換召喚獣の楽しいダンジョン冒険譚  作者: ooi
一章 イレギュラー【英雄無きアルスター】
43/152

42話 メゾン・ラローズの住人

前回のあらすじ

・シンジがキレた

・即死フラグはギリギリ回避する

 午後三コマ目の教授が体調不良で講義がなかったため、幾分早く訪れた月曜の放課後。シンジは朝からバックレたため、今日一日ユウキはパシリにも使われずに平穏に一日を終えることができた。

 とはいえ、そうなると誰とも話さず、独りぼっちとなるのだが、ユウキは心の中で『次の探索の下調べをしていたから……』と誰に言うでもなく言い訳をした。


 想定外に時間が余ったために、ユウキは、早めに自宅へ戻る。

 『メゾン ラローズ』の二階の角部屋。日当たり良好ながらも今まで三組の男女が破局したという曰く付きのファミリー物件201号室が、ユウキの下宿先である。最後の一組の爪痕がまだ若干残る部屋では現在、ユウキのほかにコンラと子ネズミが同居している。


「ただいま」

「チュウ」


 子ネズミはレーズンをかじりながらユウキの帰りを迎える。どうやらおやつの時間だったらしい。

 ちらりと部屋を見てもコンラはいない。どうやら彼はどこかで鍛錬をしているか由美叔母さんの手伝いをしているかのどちらかだろう。ユウキは小さく肩をすくめて、彼のタブレットに今回探索予定のダンジョンの資料を送っておく。


 赤茶けた毛の子ネズミは、トテトテとリビングの方へと移動すると、日の当たる場所に置いた寝床に移動し、毛づくろいを始めた。初めてであったころと比べて食事状況が大分改善されてきたため、毛ツヤがだいぶ良くなってきた。

 ユウキは荷物を自室に置いてから、そっと子ネズミの頭を撫で、制服をぬぐ。いくらここが多少の曰く付きとはいえ、家賃はいわくつきにしたって安すぎる。そのため、ユウキはその恩を『メゾン ラローズ』の清掃を担うことでなんとなく返していた。


 『メゾン ラローズ』は、経営のプロ、由美叔母さんが直営するアパートと言うこともあり、かなり人気な物件である。現在の空室はいわくつきになりかけていた201号室をユウキが借りたため、たった二つだけとなっている。


 掃除用の多少汚れても構わないジャージに着替えたユウキは、タブレットをポケットの中にしまい、下の階の掃除用具入れへ向かう。掃除と言っても、業者が行うような本格的なものではない。箒でサッと蜘蛛の巣をはらったり、ポイ捨てされたごみを拾うくらいなものだ。


 ゴミが不必要なほどに嫌われるこのご時世、空き缶やプラボトルが捨てられていることはそこまでない。しかし、それでも捨てるものはいるため、定期的に掃除をする必要はあった。


 アパートは定期的に清掃員が本格的に掃除をしているためそこまでひどく汚れているわけではない。

 ゴミ袋を片手に階段の手すりに巣を作ろうとしていた蜘蛛を追い払う。ユウキは虫は苦手だが触れないほどではなかった。まあ、そこまで苦手だったらそもそも、最初の探索に【害虫ダンジョン】を選べなかったというのもあるのだが。


 アパートの一階部分はちょっとした店舗としても利用が可能だ。塾や小物やなどがちらほらと店を開いている。一つは後々由美叔母さんがブティックを開くためにとってあるため、空室となっているが、それ以外の一階部分はほとんどが店を開いており、そこそこの賑わいとなっていた。

 表はお店の営業の邪魔にもなるため、掃除をしなくてもいいだろう。


 裏手に移動し、黙々と高い位置にある蜘蛛の巣を追い払いながら、ユウキは淡々とアパートの共通廊下の掃除を続けていく。春は既に過ぎ去り、夏の陽気が垣間見える今日この頃だが、まだセミの鳴き声は聞こえてこない。


「こんにちはー」


 小さな女の子の元気な挨拶の声に、ユウキは少しだけビックリして、ちらりと後ろを見る。そこにいたのは、赤紫にリボンの刺繍の入ったランドセルを背負ったツインテールの女の子。どうやら小学生であるらしい。


「あ、こんにちは」


 元気な様子の女の子に、ユウキは少しだけどもりながらも挨拶を返した。ツインテールの女の子は、ニコニコと元気よさそうに笑顔を浮かべながら、ユウキに質問する。


「お兄さん、なにやってるの?」

「えっと、お掃除をしているんだ」

「お兄さん、上の階の人だよね? いつものカッコいいお兄さんは?」

「うーん、コンラのことかな。彼は今はいないけど……」

「そっかー、残念」


 女の子はそう言って、残念そうに肩をすくめる。どうやら、顔のいいコンラは小さな子供の間でも人気らしい。ユウキは苦笑いをした。

 そして、何かを思い出したように女の子はユウキに言う。


「かっこいいお兄さんの名前、教えて! 前聞いたけど、教えてもらえなかったの……」

「えっと、コンラって名前だね。彼は召喚獣だから、文化とかが少し違うから、その都合で名前を名乗ったりとかができないんだ。あまりビックリしないであげると嬉しいな」


 古代ケルト人のコンラを気遣い、ユウキは彼をそう紹介した。名乗らなかったのは、単純にゲッシュに抵触するからだろう。

 日本ではあまり聞かない名前に、ツインテールの女の子は小さく首をかしげながら、コンラの名前を覚えるように繰り返す。


「こん……こんらさん? 珍しい名前だねー。あのね、私は莉子(りこ)! お兄さんの名前は?」

「僕は長嶋裕樹だよ。よろしくね、リコちゃん」


 ユウキはそう言ってぺこりと頭を下げる。ツインテールの女の子、リコは、少しだけ不満そうに唇を尖らせた。


「こんらさん、会えないのかー……」

「はは、なんかごめんね」

「こんらさん、すごく人気者なんだよ! あっちゃんもみーみーもカッコいいって言ってた! お母さんはねー、お父さんの方がカッコいいって言ってたけど」


 お父さんよりもこんらさんの方がカッコいいけどなー、とこぼすリコ。どうやら近所ではコンラは有名人になっているらしい。まあ、コンラは自分でも認めているように、テレビや雑誌に出てもおかしくないレベルの美形だ。外を歩くだけで有名になってもおかしくはない。


 リコは「そろそろ帰るね」と、ユウキに手を振ってすぐ手前の一室……101号室に入って行った。掲げられた表札には、『佐々木』の文字が刻まれていた。ユウキはそんな彼女を軽く手を振って見送る。


 リコを見送ってからも、ユウキは掃除を続ける。すると、間の抜けた悲鳴とともにリコの家のすぐ隣の部屋の扉が開け放たれた。


「寝坊ぅうううう!!」

「うわぁ?!」


 奇声とともに出てきたのは、わかめのようなヘアスタイルの男性。彼はバタバタと部屋から出ると、茫然とあたりを見回し、そして不思議そうに首を傾げた。


 そして、手をポンと叩いて、「今日、月曜日か」とつぶやくなり、落ち着いたのか、深くため息をついて玄関口にへたり込んだ。

 ユウキは慌ててへたりこんだ男性に声をかける。


「だ、大丈夫ですか?!」

「ん?! あ、ああ。すまない、人がいたのか。何でもない。曜日を間違えただけだ」


 男はそう言って少しだけ恥ずかしそうに頬をかく。どうやら遅刻をしたと勘違いをしたらしい。わかめのような重たそうな髪の毛をワシワシとかいてから、男は眉間をおさえた。


 男は憔悴した様子で、寝坊したと言っていた通り、先ほどまで眠っていたのか、顔には無精ひげが生えている。かなり鍛えているのか、腕にも足にもかなりの筋肉があり、ちらっと見えたドアの先には、鍵の付いたロッカーのようなものが見えていた。


__銃の所持には、銃をしまうための鍵付きの倉庫が必須……


 ユウキの脳裏に、探索者試験の項目がよぎる。銃刀法を超越する武器の保管のための決まり事も学習必須範囲だったのだ。

 ユウキがそんなことを考えている間に、男はうわごとのようにぶつぶつと何かを言いながら扉をしめた。


「また、またダメだった……明日、どうすれば良いんだ……」


 かなり疲れている様子の男に、ユウキは少しだけ同情しながらも、ちらりと表札を見る。表札には、102号室の番号と、その下に『篠崎』の文字が刻まれていた。




 適当なところで一階の共通廊下の掃除を終えたユウキは、階段を上って二階の掃除を始める。階段すぐ近くの部屋は201号室でユウキの部屋である。その隣は202号室。コンラ曰く、毎朝早くに死にそうな顔したサラリーマンが出社して行っていると聞くが、ユウキは一度も出会ったことがなかった。ファミリー向けの物件に住んでいるということは、きっと家族がいるのだろう。


 その隣203号室は何故か時折ヤバめの爆発音が聞こえる。一応音がこもって聞こえるあたり、防音処理はしてあるのだろう。由美叔母さんが追い出さない判断をしているのなら、ユウキがわざわざ口を挟むことではない。


 204号室、205号室と順番に掃除を続けていき、二階の一番奥209号室は空室。こちらは普通に借主が転勤のため家族で引っ越していったからの空室だ。決して、201号室のように不倫からの破局騒ぎが起きたわけではない。


 さらに一階階段を上って三階。『メゾン ラローズ』は三階建てのアパートであるため、ここが最上階だ。


 301号室はユウキの一階上の階であるため、挨拶には行ったことがある。普通の四人家族が普通に暮らしていた。

 表札の名前は『小原』。確か、現在受験中のお嬢さんがいるらしいとかで、ユウキは静かに過ごすようにお願いされていた。なんでも、去年は現在受験中のお嬢さんの弟が受験期だったらしいが、下の階の喧嘩が酷く、勉強に全く集中できなかったらしい。……その事情を聴いたユウキは、とてつもなく同情する以外の選択肢がなかった。


 302号室も普通のご家庭。自室の扉の脇に、かなりカッコいいマウンテンバイクが止めてあった。303号室は何故か扉の前に派手な格好をした女性が座っていた。

 ぶつぶつとうわごとをつぶやく女性に若干の恐怖を感じながら、ユウキは恐る恐る女性に挨拶をする。


「え、えっと、こんにちは……」

「ねえ、ねえ、カイ、私とは遊びだったの? 私は都合のいい女だったの? 彼女とは別れるって、ずっと言っていたわよね……? 何でここにいないの? なんでなんで何で何で何で?」

「ひえっ」


 ユウキの挨拶に返事もせず、女はひたすらうわごとをつぶやいては繰り返す。

 とんでもない怨念じみた執着と修羅場の気配を感じ取り、ユウキは慌てて303号室の前を通り過ぎる。なお、303号室はユウキがこのアパートに引っ越してきたときには既に誰も住んでいない様子だった。


 304号室の扉には、『うちにはカイさんはいません』という達筆な張り紙と一緒にお(ふだ)が張り付けてある。ユウキはこの部屋に住んでるであろう『木下』さんに同情することしかできなかった。


 305号室、306号室と掃除を続けていき、一番端の309号室を清掃してから、303号室の前を通りたくないために非常階段から下へ降りる。


「303号室、こわいなぁ……3階には行かないようにしよう……」


 恨みのこもった女性の表情を思い出し、ユウキは小さく背筋を震わせながら、掃除道具を片付ける。そして、ふと、あることを思い出す。


「……あれ? ここのアパート、人気だから、空室は二つだけって言っていたよな……?」


 一つは、由美叔母さんがブティックを経営するために抑えた一階の一室。一つは、転勤したために空室になった209号室。一つは、女性が居座っていた303号室。


……?


 ユウキは、小さく首をかしげる。

 そして、なんとなく、考えてしまった。__303号室は、本当に、空室だったのか?


 ユウキの背筋に、冷たい汗が伝う。

 『メゾン ラローズ』は、人気のファミリー向けアパートである。東京にあり、交通の便もそこそこいいため、家賃はそこそこいいお値段だ。住まずに借り続けるのは、相当な出費となるだろう。


 怨霊じみた女性の表情が脳裏によぎる。

 ……ユウキは、小さく体を震わせて、何も知らなかったと己に言い聞かせた。


「……都会って、いろんな人がいるなぁ……」


 ユウキはそう呟いて、掃除道具入れの扉をしめた。

【言い訳】

 本編にはまあまあ関わりのあるホラー回。

 303号室は、人が借りています。が、住んではいません。理由は、女性と遊ぶためだけに住所を用意したからです。地雷っぽい女性には、『メゾン ラローズ』の303号室の住所を案内していました。ですので、『メゾン ラローズ』に案内された女性は、ユウキが遭遇した女性のように相当恨みを抱くこととなるのです。

 ちなみに、201号室で不倫→破局騒動が多発したのは、303号室の住人のせいです。……いえ、住人、といっても、303号室に一日でも寝泊まりしたことはないのですが……。


 結局、人が一番怖いよね……

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