表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マイナーズ:弱小探索者と下位互換召喚獣の楽しいダンジョン冒険譚  作者: ooi
一章 イレギュラー【英雄無きアルスター】
42/152

41話 ごきげん225度

前回のあらすじ

・ユウキが初めて友達を作った

 土日も終わり、今日は平日。先日はなかなか大きめの事件に巻き込まれたものの、日常は絶え間なくやってくる。


 いつも通りの時間に学校へたどり着いたユウキは、タブレットで現在の所得を計算する。ダンジョン【赤い靴】で手に入れた三品目の採取物は、全て残らず探索者協会に売り払い、売却手数料を抜いて合計で2万5千円の収入を得た。


 内訳は、薔薇のコサージュが一つ5千円、万年筆が9千円、小ぶりの宝石の付いた髪飾りが1万1千円である。入場料が7500円であるため、17500円が利益となる。電車での移動などの諸経費を削っても黒字を出すことができた。

 割のいいバイト程度の収入ではあるが、命を懸けるには安すぎる利益である。しかし、今回の探索でよい情報を手に入れた。


「……以後の探索で手に入れたクズ魔石を、よりよい方法で換金できる……あと、マネキンを使えば赤い靴の無力化は可能、か」


 そう、【赤い靴】の探索で、クズ魔石を対価に警告なしでダンジョン内の採取物を手に入れることができることが分かったのだ。また、即死ギミックにも近い赤い靴も、マネキンを使うことで無力化可能である。クズ魔石さえ十分に持っていけば、低リスクでそこそこの収入を得ることができると判明した。


 五級ならまだしも、四級以後のダンジョン探索では、ダンジョンの入場料も馬鹿にならない。もちろん、技量さえあればその入場料に見合うだけの収入も得られるのだが、結局、ダンジョンに入れなければ収入は得られない。

 その点、【赤い靴】で安定した黒字を出すことができると分かれば、相当この後の探索が楽になってくるはずだ。


 とはいえ、この手法は乱発できるわけではない。

 ダンジョン【赤い靴】の採取物の値段が高いのは、老婆による警告があるために安全を優先し採取物が少なくなる傾向があるためだ。需要と供給の関係で、現在は買取単価は高いままだが、ユウキの手法が広まり安全に採取できるようになってしまうと、買取単価が下がる。つまり、どれだけクズ魔石を交換しても、収入が得られなくなってしまう可能性もあるのだ。


 欲張らなければ死傷事故は起こらない。探索は何人もの人間が成功させているため、等級も五級。だからこそ、ユウキはダンジョン【赤い靴】の安全な攻略方法を広めるつもりはなかった。


 購入したいボウガンの通販サイトを見比べながら、ユウキはふと、思い出したようにタブレットの連絡アプリを確認する。そして、名前欄のカ行。そこに、『草薙翼』の文字が入っていることに、かすかな喜びを覚えた。

 かつての連絡アプリは、見事に家族とシンジの連絡先しか入っていなかった。そこに、初めて他人の名前が入ったのだ。


 今まで誰一人として友達のいなかったユウキの、初めての探索者友達。状況当初は、このために探索者になろうとまでしていたのだ。


__この調子で、もっとたくさんの友達が作れるかな……?


 うれしさでにやつきそうになる口元を正し、ユウキはきゅっと右拳を握り締める。

 今のところ、探索者としての活動は順調に行えている。今週の週末にまた二つのダンジョンを攻略し、特五級ダンジョンを完全攻略すれば、四級資格の昇級試験を受けることができるようになる。


 イレギュラーが発生し、実質的な難易度が変更されたダンジョンでない限り、現実的な確率で二級ポーションを手に入れられるのは、特三級ダンジョンからである。それでも相当低い確率だが、日本の特三級ダンジョン【パラケルススの工房】は錬金術系統の伝承を元にしたダンジョンであるため、ポーションの発見確率は高い。姉が死ぬよりも先に二級を目指すよりは、まだ現実的な方法であった。


 ユウキは、そっと奥歯を噛みしめ、今週末探索する予定の資料を確認する。

 今週の休みに挑戦する予定のダンジョンは、【藁の家ダンジョン】とシンジが攻略しイレギュラーの消失した【浦島太郎】である。


 【藁の家ダンジョン】は、以前記述した通り、三匹の子豚をモデルにした準五級ダンジョンであり、敵はボスがオオカミ、モブが風の精霊の現れるダンジョンだ。風の精霊からはクズ魔石でない魔石を採取できるため、頑張って風の精霊を討伐すれば、黒字でダンジョンを攻略することができる。

 問題はボスのオオカミだが、ドン・クアルンゲのように人間をひるませる効果を持つ咆哮などしないため、ちゃんとした武器とパニックにならない冷静ささせあれば、普通に討伐することができる。他のダンジョンのオオカミたちと比べても、格段に討伐しやすいボスである。


 余談ではあるが、ダンジョンは昔話や伝承をモデルにしている特質上、ボスがオオカミであるダンジョンはそこそこ多い。三匹の子豚をはじめ、赤ずきん、七ひきの子ヤギなど、『悪いオオカミ』が登場する物語が多いためである。

 しかし、ダンジョンによって出典や個体差があるため、知能指数や特筆すべき能力が異なる。特に、七ひきの子ヤギをモデルにしたダンジョンでは、オオカミが声色を変え、探索者たちの声を真似ることで奇襲を行うこともあるという。


 しかして、【藁の家ダンジョン】の等級は準五級。そう危険なギミックもなく、ボスのオオカミには何の能力もない。武器を持ったユウキ一人でも、ギリギリクリアできる。戦闘の得意なコンラがいれば、全く問題なく探索できることだろう。


__黒字にするには、入場料五千円に対してそれ以上の魔石の採取をしなければならない。風の精霊の落とす魔石は一つあたり500円。10個以上回収すれば、入場料は回収できる。


 ユウキは、タブレットで【藁の家ダンジョン】の資料を見ながら、思考を続ける。【藁の家ダンジョン】に出現する風の精霊は、【赤い靴】のダンジョンの風の妖精たちよりも多少強力で、こちらに害が出るような攻撃もしてくる。

 特に注意すべきなのは、うすい布なら切り裂く『カマイタチ』を発生させることだろう。過去には、装備なしで探索に入った探索者がカマイタチで頸動脈を損傷し、死亡したという事故もあった。


__『カマイタチ』はきちんと急所に装備を施すことで対策可能……厚手の布は切り裂けない……マフラーで代用可能……個人ブログは信用しないほうが良いな。


 調べた情報をスマホのメモ帳にまとめながら、ユウキは次に挑む予定のダンジョンについて調査を進める。そんな時だった。

 授業開始ギリギリに合わせて登校してきたらしいシンジが、不機嫌そうに教室の入り口の戸を蹴り開ける。先週に比べれば怪我は少ないが、それでも生傷は絶えない。蹴り開けられた哀れな教室の扉は小さくきしむ声を上げ、バタンと大きな音を立てて閉じられた。


 シンジはつかつかとユウキの席の前に移動すると、容赦なく椅子の足を蹴る。どうやら席を譲れと言っているらしい。ユウキは肩を小さくすくめおびえながらも、慌てて席を立った。

 席を譲られた……もとい、ユウキから強奪したシンジは、不機嫌さを隠そうともせずに彼の席に座る。そして、自分のタブレットで何か調べものをし始める。


 ユウキは、少しだけ声を震わせながらも、タブレットに指を滑らせるシンジに声をかける。


「えっと、おはよう……その、怪我、減った?」

「……まあな。目が慣れてきた」

「よくわからないけれども、慣れで何とかなるものなの?」


 首をかしげるユウキをよそに、シンジは小さく舌打ちをして、椅子の背もたれを倒さんばかりに寄りかかる。当然のように、後ろの席の新井田君の机に椅子の背もたれがぶつかり、がつんと大きな音が立つ。哀れにも新井田は小さく悲鳴を上げて右斜め前の席に助けを求めるが、右斜め前の彼はこちらに気が付かない。ユウキは少しだけ新井田に同情した。


 シンジがタブレットで調べているのは、どうやら五級ダンジョンの一覧らしい。新しくダンジョンを攻略するつもりなのだろうか?


 タブレットを覗き込まれたシンジは、何かを考え込むかのように顎に手を当て、そして、ユウキに問いかける。


「いくつ探索した」

「……へ?」

「ダンジョンをいくつ探索したか、聞いている」


 赤く塗られたシンジの爪が、タブレットをコツコツと叩く。その瞳には特に何の感情も込められてはいないが、語気はやや強く、何か意図があることは察せられた。


 ユウキは困ったように眉を下げながらも、特に隠し立てをすることなく答えた。


「今週末に【竹藪ダンジョン】と【赤い靴】をクリアしたから、研修の時のダンジョンと合わせて三つだよ。その、シンジは?」

「……クソババアのせいで研修以降はダンジョンに行けてねえ。そのうちバックレてダンジョンに行く」

「いやいや、学校はちゃんと行こうよ」


 腹立たし気に眉をしかめ、吐き捨てるように言うシンジ。そんな彼に、ユウキは肩をすくめた。シンジならユウキのように身体能力で攻略できるダンジョンが制限されることはないだろう。地頭のいい彼なら、迷宮型でもパズル型でも攻略することは容易なはずだ。ユウキは、シンジが五級帯のダンジョンを苦戦するところがまるで想像できなかった。


 ふと、シンジはユウキのタブレットを取り上げ、中身を見る。そして、眉を顰めた。


「お前、【浦島太郎】行く予定なのか……別のところにしろ。研修で行ったから昇級試験の攻略回数にカウントされねえ」

「そ、そんな横暴な……っていうか、一緒に行くつもり?!」


 あっさりと言われた言葉に、ユウキの声が裏返る。

 シンジは不愉快そうに表情を歪めると、口を開く。


「てめえに拒否権はねえ。__ああ、【藁の家ダンジョン】なら行ってねえな。【浦島太郎】だけ変えろ」

「いや、その、【浦島太郎】は、友達と一緒に行くから……」


「……は?」


 ユウキがそう言った瞬間、何かが、ぴしりときしむ音が響いた。同時に、新井田が小さく悲鳴を上げる。

 ひびが入ったのは、シンジが今右手に持つユウキのタブレットではない。何気なく置かれていた左手の下、再生資源プラスチックでできた、教室の机であった。


 ユウキは小さく息を飲む。先述した通り、シンジの左手は何気なく机の上に置かれていただけであり、彼自身もわざわざ手を振り上げて机を叩いたわけではない。ただ、力のこもった左手の五指が、机をえぐり突き刺さったために、机の天板全体にひびが入っただけなのだ。


 かすかな動揺を見せるシンジの瞳孔は完全に開ききっている。当然、机を破壊してしまったことに動揺しているわけではない。ユウキの言葉に、力の制御を誤るほどの動揺を見せたのだ。


 そして、ユウキは理解する。


__まずい、()()()()……!


 ユウキは、恐怖で滲みかける涙を奥歯を噛みしめてこらえる。シンジは、今確実に『キレた』。


 とてつもないプレッシャーを放つシンジ。

 ユウキは、経験のもと理解していた。今、言葉を間違えれば、間違いなく拳が飛んでくる。

 瞳孔が開き切り、真っ黒になったシンジの瞳。表情は皆無で、怒りの感情も、悲しみの感情も、それどころか表情筋の一筋も動かされてはいない。


__口に出すべきは謝罪の言葉ではない。でも、絶対にこれ、無言はそもそも選択肢に入ってない……! 何を言えばいい?!


 酷い頭痛がユウキを襲う。

 時々この手の理不尽はあった。経験もして来た。しかし、今日は特別理不尽さ(要求難易度)が酷い。まず、どこから間違えたのか、何一つとしてわからない。


 ふと、シンジが口角をかすかに上げる。口元だけ見れば、微笑んでいるようにも見えるだろう。しかし、目はまるで笑っていない。その様は、まるで最後の反論を許す裁判官か処刑人そのものである。

 うっかりタブレットを破壊してしまうのを防ぐためか、シンジはユウキのタブレットを新井田の席に置く。既に新井田はユウキの右隣の席に避難していたため、そこは空席となっていた。


 ユウキは最早逃げやがったと恨むよりも先に、生来の善性から彼が逃げてくれてよかったとすら思えた。冗談抜きに生死にかかわるレベルのご機嫌斜めである。


 いっそ美しいほどに口元だけ笑みを浮かべたシンジは、妙に落ち着いた声でユウキに問いかける。


「どうした? 続きを言って見せろよ、なあ」

「……!」


 最後通告だ。この言葉の後は、無言を貫くことも許されない。何かを返答しなければ、その時点でゲームオーバーである。


 時が、スローモーションのように、ゆっくりと流れているように見えた。

 ユウキはひたすら思考する。猶予はない。応えなければならない。答えなければならない。しかし、提示された選択肢に正解があるかどうかなどわかりはしなかった。


 五秒、無言の時間が過ぎる。

 シンジの左手が、机から離れる。右手は、何も持っていない。ただ、立ち上がろうとしているのか、椅子の背もたれに移動しようとしていた。


 六秒目で、ユウキは解を見つけることもできず、口を開く。

 当然、言うべき言葉など用意されていないため、間抜けにも口がポカンと開けられただけだ。かたんと音がして、シンジが椅子から立ち上がろうとかすかな体重移動を始める。


 七秒、ユウキの口から間の抜けた母音が漏れる。

 シンジの口元から笑みが消える。


 八秒、そこで、ようやくユウキは一つの仮定解にたどり着く。

 正常な時の流れに戻り、生理的な恐怖から開かなくなっていた喉をこじ開け、声を絞り出す。


「う、【浦島太郎】は初見で怖いから、一緒に来てほしいです!」


 その瞬間、虚を突かれたシンジは、きょとんとした表情を浮かべる。そして、数秒間考えた後、呆れたように眉を顰め、小さくため息をついて肩をすくめた。どうやら、及第点は取れたらしい。


「……興がそがれた。今日はもう帰る」

「えっ、出席日数、大丈夫なの?」

「今まで馬鹿真面目に出席してただろうが。一日や二日休んだって単位にさしあたりあるわけねえだろ」


 どうせ月曜の授業はつまんねえんだ、と吐き捨て、シンジはさっさと保健室へ向かう。どうやら早退するらしい。

 ユウキは、シンジがヒビを入れた机を前に、茫然と彼の背中を見送ることしかできなかった。

【225度】

 225度=5π/4[rad] グラフで表すなら第三象限の位置にある角。

 第三象限は縦軸も横軸もマイナスに位置する。そんな位置に、斜めに存在する角。


 まあ要するに、シンジの機嫌がマイナス極まって斜めということ。

 今回彼が踏んだ地雷は大きく分けて二つ。一つは、拒否権がないと宣言したにもかかわらず、否定の言葉を吐こうとしたこと。もう一つは、ユウキはシンジの【権限がありません】であるにもかかわらず、勝手に知人友人を作ったため。

 二つ目の理由は現在のユウキでは知りえない地雷であるため、踏んだのはマジで運が悪かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ