39話 断罪の刻
前回のあらすじ
・クー・フーリンがコンラの右手をつかむ
・ユウキとツバサらは無事にダンジョンを脱出する
中央の噴水広場に居座る四人組。
彼らはなかなか現れないユウキらにしびれを切らしていた。
四人のうち一人である北島浩介は、面倒くさそうに舌打ちをすると、腰かけていた噴水から立ち上がる。そして、一人で歩き出す。
インナーカラーの少女は少しだけ動揺したように浩介へたずねる。
「ど、どこに行くの?」
「小腹すいたから食い物とってくるだけだ」
浩介はそう言って広場に面した喫茶店を指さす。噴水からは少し離れているものの、離れすぎて異変に気が付かなくなるほどではない。最悪、即死さえしなければ大声を出して助けを呼べる距離である。
しかし、依然としてインナーカラーの彼女は不安そうな表情を浮かべたまま、浩介に言う。
「早く帰ってきてね?」
「へいへい」
生返事をする浩介。本来探索者としてやってはいけない行為だが、そもそもそんな知識を持っているかどうかすらも怪しい彼らは、一人行動をしだす浩介を止めることも無く、見送ってしまった。
__それが、彼等の分かれ道であった。
『close』の看板の掲げられたガラス戸を蹴り開け、浩介は落ち着いた雰囲気の喫茶店に踏み入る。あまりに強引に蹴り開けられたため、ガラス戸にはぴしりとひびが入った。
三人から己の顔が見えなくなるとすぐに、金色の髪を撫でながら浩介は不機嫌そうに舌打ちをする。
__あのゴミがいねえ。
そう、浩介は確実に己が生贄にした少女を殺すつもりであった。しかし、少女は意外にも彼女らしからぬ根性を……つまり、ガラスで自らの足を傷つけ、脱出を試みた。そのせいで、本来ならこの噴水のある広場で踊り続けていたはずだったのにもかかわらず、失血で意識を失ったがために、ここから消えてしまっている。
「血は残っていた……流石に死んだか?」
小さくそう呟く浩介。
男女四人組は、全員が全員、一定以上の倫理観を持ち合わせていない人種である。しかして、浩介はその中でも飛びぬけて良心と言うものを持ち合わせていなかった。
何せ、彼こそが少女を生贄にすることを提案した張本人なのだから。
何のためらいもなく喫茶店のキッチンに土足で踏み入った浩介は、恥じらいも罪悪感も感じずに、堂々と店の巨大な冷蔵庫を開ける。
業務用の冷蔵庫の中には、カフェで提供するための食材や飲み物、すぐに提供できるちょっとした料理などが冷やされていた。中で作業をしている人間などいないにもかかわらず、冷蔵庫の中身は一つも腐っておらず、料理もまるで作りたてのような鮮度を保ったまま、冷蔵庫の中で冷えていた。
浩介は冷蔵庫を開け放してしばらく中身を見聞する。そして、気に入った物がなかったのか、冷蔵庫の扉を開け放したまま喫茶店ショーケースの方へと移動した。
彼のあまりの暴挙に、そっと喫茶店の隅に隠れていた風の妖精たちも眉を顰めて小さく高い声で互いに目を見合わせ合い、風を吹かせて冷蔵庫の扉をしめる。音もなく閉じられる冷蔵庫の扉。開けっ放しだと、中の食材が劣化してしまうのだ。
強盗を働いているという自覚もなく、罪悪感もなく、レジ横のショーケースの前に立った浩介。ショーケースの中に並ぶのは、カスタードクリームのたっぷり詰まったパイや、真っ赤なイチゴの輝くショートケーキ、かわいらしい型抜きクッキーなど、コーヒーや紅茶に合いそうな菓子の数々。
それらの菓子を見て、浩介は不満そうに眉を顰める。
「クリーム系ばかりだな……」
生クリームやカスタードクリームがあまり好きではない浩介は、ラインナップを見て不満そうに舌打ちをしてから、ショーケースの端の方にあったジンジャークッキーをかごごとケースから引きずり出す。荒々しい動きに、笑顔のジンジャーマンが一人、その顔面をガラスにぶつけ、哀れにも笑顔のアイシングが割れて砕けた。
つまめるものが見つかれば、それでもうこの喫茶店に用はない。そう判断した彼は、ショーケースから顔を上げる。
その時だった。
「きゃぁぁぁあああ?!」
「うわ、は? は? 何、何、何?!」
「い、いや!!」
別れていた三人の悲鳴が、聞こえてきた。同時に、今まで全く聞こえてこなかった、地面が小さく揺れるほどの足音も。
風の精霊たちが、キャラキャラと楽しそうに笑い声をあげる。まるで、獲物が罠にかかったところを見た猫のような、嗜虐的な笑い声だった。
ダンジョン【赤い靴】において、モブのモンスターとして出現する風の精霊は、他のダンジョンと比べても矮小な存在である。侵入者に危害を加えることはできず、殺傷能力もない。しかし、彼等にも、できることがある。
それは、風を操ることで、騒音を小さくすることである。
存在を気取られないようにするため、店員としての仕事を全うするため、風の妖精たちは作業の音を消すことができる。街に徘徊する赤い靴以外の音がほぼないのも、この精霊たちの仕業であった。
さて、赤い靴一足だけでは罪を裁くものが足りないと判断されたのか、もしくは、靴の中には必ず混ざっていたであろう『元生贄』たちの怨念なのか。どちらなのかはわからないものの、街を小さく揺らすほどの足音の正体は、あの靴屋の犠牲者たちの靴である。
突然足音もなく現れた靴。それに無防備な状態で触れてしまった彼らは、意味も解らぬうちに踊ることしかできない。
そんな彼らの悲痛な叫びを聞き、浩介はいら立ちを隠せず舌打ちをした。
「クソ、何があった……?」
手に取ったジンジャークッキーのかごを投げ捨て、浩介はガラス戸のそばへ駆け寄り、外の様子をうかがう。そして、広場でひたすらステップを踏み続ける靴の群れを見て、歯ぎしりをした。
「あの位置だと、帰還用の魔法陣に行けないだろうが!」
彼の発言からわかるように、ハナから浩介は三人の男女を助ける気などなかった。浩介が彼ら三人と行動を共にしていたのは、何らかの過失が起きたときに責任を押し付けるためなのだ。だからこそ、三人がどうなろうが知ったことではなかったのである。
そんなことをしているうちに、インナーカラーの少女が、助けを求めるように喫茶店に向かって手を伸ばす。涙を流しながら助けを求める少女を一瞥した浩介は、すぐに喫茶店の表扉であるガラス扉の鍵をかけた。
その行動に、少女の瞳は絶望に染まる。生贄の彼女を切り捨てた彼女もまた、切り捨てられる側に変わっただけなのだ。
ひたすら踊り続ける三人組。少女の伸ばした腕に気が付いたらしい靴が、軍行さながらの足音を立て、喫茶店の方へと向かう。
「畜生、あの女、俺を巻き込みやがって……!」
浩介は盛大に舌打ちをして、こちらへ駆け寄ってくる靴の群れに戦慄した。
鍵をかけた以上、扉を開けられることはないだろう。しかし、ガラス戸には己が作ったヒビがある。そこを蹴られるなり押されるなりされてしまえば、簡単に扉を突破されてしまうことだろう。
歯ぎしりの音が響く。浩介はいら立ち紛れにタルトやケーキの入ったショーケースを拳で殴った。
砕け散るショーケースのガラス片が、タルトやケーキに刺さる。混ざる。崩れる。
そして、はた、ときがつく。
目の前にはキッチン。キッチンの作業台の上には、まな板。その上に、食材を切るための包丁があった。
__畜生、畜生が……!
ぎり、と、歯茎が痛むほど、歯を食いしばる浩介。
【赤い靴】から逃れる方法は、実は存在する。
その方法とは、最初から『足がないこと』である。無い足に靴は履けないのだ。足が動かない、ではない。足がない、である。
浩介の視線の先にあるのは、大ぶりな包丁。おそらく、小さめの牛刀の一種にも見えた。手斧を持っていない今、確実に足を切り落とすにはアレを使うしかないだろう。
しかし、浩介はためらっていた。他者の痛みなどどうでもいいとしても、己が痛いとなると、話は違う。そんなものは当然嫌なのだ。
されども、足音は喫茶店に近づいてくる。逃げ道は、無い。
「クソが……畜生が!!」
足音で細かく震えるガラス。それを見て、浩介は叫ぶ。
そして、キッチンに駆け寄ると、刃渡り18センチほどの牛刀を手に取った。
表のガラス戸が、砕け散る高い音が響く。
浩介は、側にあった布巾を口に挟み、舌を噛み切るのを防止する。そして、包丁を振りかぶった。
ぐしゃっ
「_____!!!」
布巾を噛みしめてなお、彼の絶叫が響く。とてつもない痛みを覚えながら、かろうじて残った意識で浩介は何とかもう片方の足も切り落とした。
すると、足音はぴたりと止まる。靴を履けないのなら、断罪もまたできないのだ。
喫茶店に広がる血だまり。とてつもない痛みの中、浩介は意識を失った。
そして、彼が意識を失うころには、靴を履かされた三人組や靴の群れは街をめぐりだすために軍行をはじめ、やがて、噴水のある中央広場には、静寂が戻った。
__追記
__リザルト
攻略ダンジョン:【赤い靴】
討伐したモンスター:なし
総討伐数:0
採取物:真っ赤なコサージュ(2)、万年筆(2)、真っ赤な宝石の付いた髪飾り(2)
死者数:0人
負傷者:4人(北島浩介 真部林太郎 篠崎志保 尾崎ゆかり)
補足事項:赤い靴に捕まっていた少女を救出。その後、入場人数と退出人数が合わなかったため、探索者協会職員が確認探索を行ったところ、三人の男女が未確認の【赤い靴】に補足され、一人が両足を自力で切断して重傷を負っていた。
前後関係から、同時期に入場した二人の探索者に疑いがかかったが、その件に関しては上層部の命令で調査されることなく無罪とされた。
__因果はめぐる。
めぐりめぐり、生贄の少女に行われたことは、全て彼らの元に戻ったのである。
自分の意志とは関わらず動く足の恐怖を、助けを求めた手を振り払われる絶望を、引きずり回される恐怖を、己の手で己の足を切断する恐怖を、彼等は存分に味わったことだろう。
それで反省するかは、彼ら次第なのである。
しないのならば__次に切り落とすことになるのが、己の首になるだけだ。
【牛刀】
西洋由来の刃渡りが長く、先端がとがっている包丁。細長く切れ味が良いため、大きな食材を切るために用いられることが多い。誠氏ねのときに使われた包丁も多分これじゃないかな? 殺傷能力高そうだし。
牛刀は小さいものだと15センチ、大きいものだと30センチと大きさに結構幅がある。プロから一般家庭まで幅広く使うことのできる包丁である。
__食材と贖罪をかけている、と若干言い出しにくい。




