21話 ぱっと見全治2か月くらいの無双系男子
前回のあらすじ
・買い物から帰る
・次回探索するダンジョンを決める
・【竹藪ダンジョン】と【赤い靴】を探索予定
買い物も終わり翌朝。日課のアパート前の清掃を終えたユウキは、コンラに留守を頼んで学校へ向かう。まだ綺麗な登校用の指定靴を履きながら、ユウキはコンラに言う。
「鍛錬はしてもいいけど、周りの人の迷惑にならないようにね?」
「わかっている」
「もしものことがあったら、授業中でもちゃんと連絡して」
「わかっている」
「警察に職質されてもいいように、ちゃんと身分証明書持ってね?」
「……わかっている。いいからさっさと行け」
あきれたように言うコンラ。ユウキは少しだけ心配そうにしながらも、いい加減このままだと遅刻すると判断し、学校へ急いだ。
桜はもうすでに散りきり、葉の色も幾分濃くなっていた。生暖かい風を頬に感じながら、ユウキは通学路を歩く。日は既に、夏のあのじりじりと肌を焼くような厳しいものに変わっていた。
誰とも話さず、自分の席にたどり着いたユウキは、黙ってタブレットの電源を入れた。新しい防具の発注と備品の注文をしなければならない。
ダンジョン【赤い靴】の件で由美叔母さんに連絡を取ったところ、タケノコを一つ融通することで廃棄予定だったソレを譲ってもらえることになった。どうやら、由美叔母さんは今年に入ってから飲食店以外にもアパレル関連のオーナーも始めたらしく、そのサンプルのためにソレを持っていたようだ。……流石に過労死が心配になってくる。叔母は一体いつ休んでいるのだろうか?
__へえ、タケノコって、取ってからすぐに劣化が始まるのか……
プロの探索者の中には、竹藪ダンジョンで採ったタケノコをその場で下処理し料亭に渡すというツワモノもいるらしい。難易度が高くない準5級ダンジョンだからできることだろう。
一人だったら流石にやめていたが、今回は戦闘ならプロフェッショナルのコンラがいる。鍋とガスコンロでも買ってその場でタケノコを処理してしまおうか?
幸いにも、タケノコを集めるのに適した場所には小川が流れており、水は飲めるほどに綺麗だという報告もあるため、道具さえ持ち込めば何とかなるかもしれない。
ユウキが自分の席でそんなことを考えていると、1限目の始まりを知らせるチャイムが鳴る直前、教室のドアが壊れんばかりの勢いで開けれれた。
教室に入ってきたのは、案の定と言うべきか、それ以外にいないだろうと思うべきか、不機嫌そのものなシンジである。しかし、いつもと明らかに違う点があった。
シンジは相当な怪我をしたのか、腕や頭、足などにガーゼや包帯がまかれていた。無事そうに見える場所にも、切創痕、それに痛々しい打撲の痕も見えた。
クラスメイト達は、当然そんなシンジの姿に小さく悲鳴を上げ、慌ててドアの前を開ける。
ズタボロなシンジに、ユウキはポカンと口を開ける。そして、あることを思い出した。
__もしかして、シンジも土曜日に新人研修を……?!
生きて帰ってきたとはいえ、シンジに対してこれだけの大けがを負わせられるモンスターが出現したのだとしたら、一緒に研修を受けた人は大丈夫だったのだろうか?
不機嫌そうなシンジは、そのままつかつかとユウキの席にまで移動すると、突然、ユウキの座っていた椅子を蹴る。
「うわぁっ?!」
「どけ」
「えっ、えっ?」
「邪魔だ」
あまりに不機嫌なシンジに、ユウキは理不尽さと命の危機を感じて、慌てて席を立つ。すると、シンジはユウキの席に座り、ついでと言わんばかりにユウキのタブレットをひったくると、何かを検索し始める。
突然の行動に、ユウキは困惑しながらもシンジに問いかける。
「そ、その、凄い怪我だね……?」
「無傷に見えるなら眼科にいけ」
「う、うん。そのさ、相手、生きてる……? 君がそれだけやられているってことは、相手の方が重症なんじゃ……」
相手の心配をするユウキに、シンジはあきれたような表情を浮かべてタブレットを机の上に置いた。そして、眉をしかめて言う。
「馬鹿か。あのクソババアはぴんぴんしてるっての」
「くそばばあ?」
「スカサハのババアだ」
「……もしかして、影の国の女王スカサハ?」
表情を引きつらせて問いかけるユウキ。そんな彼に、シンジはきょとんとした表情をした。
「あ? 知ってんのか?」
「知ってるとかそう言う話じゃないでしょ。今回の試験でも出たよね?」
「……わかんねえところは勘で答えた」
「……そっかぁ」
シンジのその言葉に、ユウキはがっくりと肩を落とした。
ユウキは少しだけ眉を下げてシンジに言う。
「その、大変だったと思うけど、生きて帰れてよかったね。君のところは、スカサハがボスだったんだ……」
「あ? 違えよ。なんとかっていう王が召喚しやがったんだよ」
「何とか……えっと、イレギュラーがアルスター物語群をモデルにしているなら、コナハトの王のアリルだったりする?」
「あー……確かそんな名前だった気がするな。あのクソババア、一発ぶん殴ったらいきなり弟子になれとか言い出しやがって……そっから丸1日殴り合っていたらこの様だ」
「わぁ……」
思わず間の抜けた声を上げるユウキ。ちなみにこの話で一番おかしいのは、神話の登場人物であるスカサハの特訓について行けるシンジの耐久力の方である。
女武者スカサハと訓練をしたなら、シンジがそれだけの怪我をしたとしても多少は納得できる。若干王アリルがどうなったか気になるところだが、ユウキはあえて問いかけはしなかった。シンジがそこまで興味を持っていないということが回答な気がしたのだ。
「えっと、その、死ななくてよかったね?」
「何で疑問符がついている」
「あ、いや、その、本当にどうやって生き残ったのかわからなかったから……」
負傷したせいで動きが制限され、相当苛立っているのだろう。殺意のこもった目で睨まれたユウキは、上がりそうになった悲鳴を飲み込んでそう言う。シンジは小さく舌打ちをしてから、そっと目を逸らし、問いかける。
「お前は」
「ん?」
低い声で聞き取れなかったユウキは、思わず首をかしげる。そんなユウキを睨み、シンジは質問を続けた。
「お前はどうだった」
「……!」
その質問に、ユウキは表情を青ざめさせる。答えようがない……いや、答えたくなかった。
シンジはユウキの反応で何かを察したのか、それとも面白くなかったのか、再度舌打ちをすると、ポケットの中から小銭入れを取り出し、ユウキに投げつける。そして、いつもの台詞を言う。
「水買ってこい」
「……へ? いや、もう、1限目始まる……」
「四の五の言うな、買ってこい」
「ひえっ」
ぎろりと睨むシンジに、ユウキは小さく悲鳴を上げて小銭入れを握り締めた。これ以上口答えをすれば、拳が飛んでくると理解したユウキは、早足で教室を出て飲み物を買いに行く。
シンジは頬杖をついて走って教室を出て行くユウキの背中を一瞥してから、そのまま浅く目を閉じ、眠り始めた。
数秒後、ユウキとは入れ違いに先生が教室に入室し、大怪我をしたシンジを見てびくりと体を硬直させた。
3コマ目の授業は科学である。が、しかし、シンジはユウキに座席を返すことはなかったため、ユウキは先生に許可をとったうえで窓際の一番後ろの席……つまるところ、シンジの席に座っていた。
淡々と授業を続ける禿げ頭の先生の後頭部を見ながら、ユウキはタブレットにノートをとっていく。シンジは退屈そうに後ろの新井田くんの席に肘を乗せるような形で授業を受けている。青ざめている新井田君にユウキはほんの少しだけ同情した。
__今は多分相当不機嫌だからな……
そんなことを考えながら真面目に授業を受けるユウキ。
だからこそ、反応が遅れた。開かれた校庭の中央に、一人の女性が槍を片手に立っていることに。
「ヨワキ!」
授業中であるにもかかわらず、突然大声を出すシンジ。ユウキは反射的に体をすくませ、シンジの方を見る。
すると、いつの間にか教室の机の上を踏みしめ、ユウキのそばまで駆け寄っていたシンジが、すぐ目の前にいた。
シンジは開いた右手でユウキの顔面をつかむと、容赦なくそのまま地面に引きずり倒す。
「?!?!!」
突然の出来事に、声を上げることもできず、床に後頭部を打ち付けるユウキ。当然、すさまじい悲鳴がクラス内に響き渡る。
そして、一拍遅れてユウキの左隣の窓が、砕け散る音が響いた。
__黒い槍?!
窓ガラスを砕いたのは、複雑な意匠の施された、真っ黒な槍。その槍は、天井に突き刺さって小さく振動していた。
訳も分からず茫然とするユウキ。そんなユウキの顔から手を放し、手の甲の包帯に零れ落ちたガラスを払うシンジ。もしあの時、シンジがユウキをしゃがませる……と言うにはやや強引過ぎたが……そうさせていなければ、あの槍はユウキの頭を貫通していたことだろう。ユウキは背筋に冷水が流し込まれたような恐怖に襲われた。
シンジは盛大に舌打ちをすると、天井に突き刺さった黒槍を引き抜き、つかつかと割れた窓の窓枠を革靴で踏みつけ、三階下の校庭に向かって怒鳴る。
「くたばれクソババア!!」
そして、天井から引き抜いた黒槍を投げ返した。
シンジの剛腕から投げ出された黒槍は、まっすぐに校庭の中心に立っていた女性に向かってすっ飛んでいく。しかし、青みがかった黒髪の女性はニッと凶悪な笑みを浮かべると、投げ返された槍を両手で受け止めた。
その間も、ユウキは後頭部の痛みで起き上がることはできない。床の上で後頭部を抑えてうずくまるユウキを放置して、シンジは盛大に舌打ちをする。
「な、なに? シンジの、召喚獣?」
「俺のじゃねえ。誰があんなクソババアに金支払わなきゃいけねえんだ。国が管理しているはずだっての」
「ああ、うん、そっか……脱走したんだね」
ぐわんぐわんと視界の揺れる頭を押さえながら、状況を分析するユウキ。シンジが契約者でない以上、ユウキにできることはない。それこそ、スカサハの気分次第な話である。
動けないらしいユウキに、シンジは面倒くさそうにため息をつく。そして、ユウキのジャケットの襟をつかむと、後ろの席……今は二つ席が離れた新井田君に押し付け、彼は先生に向かって言う。
「探索者協会と警察に電話しろ」
「は、はい」
禿げ頭の科学の先生は、声を震わせながらそう返事をすると、授業に使っていたタブレットで緊急通報を行う。その間に、シンジは割れ砕けた窓に足をかけ、そのまま校庭に飛び降りる。
「口が悪いぞ、愚弟子!」
「俺はてめえの弟子じゃねえ!!」
はるか遠くから聞こえてくる罵声の応報。
__ここ、三階だけど飛び降りて大丈夫だったのかな……?
遠のく意識の向こうでそんなことを考えながら、ユウキはそっと目を閉じた。少し笑えて来るぐらい、100%のとばっちりであった。
【投げ槍】
もちろん、慣用句の『投げ槍になる』の方ではない。文字通り槍を投げるほうである。
実のところ、スカサハがクー・フーリンに与えたというゲイ・ボルグには二つの解釈がある。一つは、槍の名前がゲイ・ボルグであるというもの。もう一つは、槍の投げ方がゲイ・ボルグである、というものだ。
そもそもクー・フーリンの持つ槍自体相当いろいろな伝承があるため、ひとくくりにしにくいのだが、今回の事案の場合、スカサハは【ゲイ・ボルグ】の投法を、クー・フーリンは【朱槍ゲイ・ボルグ】を所持しているようだ。
__余談ではあるが、槍の方であるゲイ・ボルグの伝承で『クー・フーリンにしか持てない』と言うものがあるが、考えてみればクー・フーリンにしか持てないようなクソ重い槍を女性のスカサハが持てるあたり、やっぱりスカサハは人外枠であるとしか思えない。




