19話 頭が良くないとお金がかかる職業
前回のあらすじ
・結構小食な方(ケルト基準)
・ドン・クアルンゲの毛皮と角を売却
想定外の臨時報酬に、ユウキは少しだけ嬉しい反面、少々……いや、結構困ることになったぞ、と頭を抱えた。
120万円を超える報酬を受け取った今、所得税がかかることが確定した。一応、探索者資格を得たその日に探索者の特別税率に関する書類は提出したため、新たな届け出は不必要だ。しかし、帳簿はしっかりとつけなければならない。
売却証明は受け取った。問題は、ここからである。
「コンラの服は経費にならないけど、防具と探索活動に必要な物品は経費になるんだよなぁ……」
そう、探索者家業は、事務所に所属していない限り、自営業と変わらない。経費計上と収入を計算し、所得を届け出て税金を支払う必要があるのである。社会保険に関しては探索者協会の会費で支払っていることになるため考えなくてもいいが、それ以外は全て自分で行わなければならない。
召喚獣はコンラのような人型なら、探索に関わっていなくとも月に最低でも五万円の税金がかかる。この税金に減額制度はなく、支払えない場合には国有の召喚獣となる。
戦力的にも、ユウキはコンラを手放したくはない。金銭面では多少のきつさはあるものの、現状、金銭よりも二等級探索者になるほうが優先である。破産しない程度なら、正直必要経費と割り切れる。
「今日はとりあえず、食料品と日用品だけ買って帰ろうか」
経費計算や届け出の忘れを防ぐためにも、今日はコンラの装備品の購入は見送ることにした。
ユウキのその言葉を聞いたコンラは、小さく頷くと、タブレットで地図アプリを開く彼に問いかける。
「わかった。が、どこで買い物をするつもりだ?」
「君の体のサイズを測る必要があるから、今日は実店舗。食料品は最近運送料上がってるから、買い物かなぁ」
「……報酬手に入ったよな?」
「税金でほとんど持っていかれちゃうから。あとは、ダンジョンの入場料にも入用だからね。あまり使いすぎないようにしておきたいんだ」
首をかしげるコンラに、ユウキは苦笑いをして答える。結局のところ、探索者に必要なのは、本人の力量ではなく、事前準備と資金力なのだ。力量は後からでもついてくるし、どうしても手に入らないならば資金力を使って集めるなり、ユウキのように召喚獣を手に入れればいいのだから。
小さく肩をすくめ、ユウキはコンラに言う。
「とはいえ、君の買い物に関してはある程度援助する。お酒は流石に無理だけど」
「……む……俺だけでも購入できないのか?」
「うーん……コンラって、割と童顔だし、多分身分証明書求められるから、無理だと思うな……」
召喚獣であるコンラも、ユウキが届け出を出したために身分証明書がある。紀元前の人間であるため、歳の数えがあまりに雑であり、彼自身も成人の定義を父クー・フーリンからもらった指輪がぴったりとはまった年としていたために、『自称』成人年齢と判断され、見た目や体格、髪の毛のDNAから現在17歳の男性として登録されている。
故郷では普通に飲酒も喫煙もしていたため、少しだけ残念そうに肩をすくめるも、一瞬だけ考えてから、口を開いた。
「なら、髪染めを。色を抜くやつだけでいい」
「えっ、それ、髪染めてたの?」
「……まあな」
驚くユウキに、コンラは少しだけ目をふせて言う。
ケルト人は往々にして派手好きで、髪も金に染めていたという話を聞くが、彼もそうだったのか。
「地毛って何色?」
「黒だ。……母さんと同じなんだ」
「へえー。ちょっと親近感沸くなー」
そんなことを話しながら、二人は楽鳥羽町のショッピングモールに移動した。
ショッピングモールで適当な買い物を終えた二人は、広いフードコートで昼食をとることにした。
日曜日と言うこともあり、たくさんの人がショッピングの休憩としてフードコートを利用している。楽しそうな子供の声や、大人たちの談笑でにぎわうフードコートを見て、コンラは居心地悪そうに肩をすくめた。
「人が多いな……」
「休日だからね。ところで、服は大丈夫?」
飲み物を片手に、ユウキはコンラに問いかける。シャツとジャケット姿のコンラは、文句ありげに眉をしかめつつも、黙って水の入った紙コップを受け取った。
「もっと目立つのが良かった」
つぶやくように言うコンラ。ありきたりな格好だがしかし、このフードコートでは金髪で相当なイケメンと言うだけで十分目立っている。これ以上目立つならそれこそ大量の装飾品を飾るなり、鎧でも身に着けるしかない。
おそらくそれを望んでいるのであろうコンラに、ユウキは苦笑いをして言う。
「店員さんもそれが良いって言っていたじゃないか。僕もそれ、似合っていると思うよ」
「歌手の女の服……キバヤシサチコだったか? アレみたいなやつが良い」
「紅白でも出たいの? ってか、あれだと動けないでしょ。総重量何キロなのあれ」
紅白でも有数の派手な衣装で毎年歌う某歌手の名前を出すコンラ。移動するのに台車を使っていると聞くが、日常生活はどうするつもりなのだろうか?
二人掛け用の小さなテーブルを挟み、どっかりと椅子に座ったコンラ。しかし、たくさんの人の気配に落ち着かないらしく、仕切りに目を細めていた。
「人数が多い」
「うん、そうだね」
ぽつりと、コンラが口を開く。
ユウキは小さく同意の言葉を吐いた。
「戦いの音が聞こえない」
「まあ、ショッピングモールだからね」
「……子供が、親のそばを離れている」
「迷子にはなっていないから、大丈夫だと思うよ」
「…………誰も、武器を持っていない」
「……うん、そうだね」
戦いの中で生まれたコンラにとって、ユウキからしてみれば日常にも変わらないこの空間が、特別なものに見えたのだろう。
そっと目を伏せ、コンラは小さく息を吐いた。
召喚されたと思えば、すぐに赤牡牛との戦いが始まり、死体を運び、その翌日には、世界はぬるま湯になっていた。
期待はずれかと言われれば、そうかもしれないと答えるほかない。戦いは赴かなければ存在せず、決闘は禁止されている。こちらが武器を持っていけない代わりに、周りも持ってはいない。
契約者であるユウキは、必要に迫られて探索者になったという。とりあえず彼とともにいれば、戦うことはできるだろう。だが、それだけだ。
戦う機会が少ない。それはつまり、強くなる機会も少ない。
__強くなりたい
召喚された直後に覚えた初めての感情は、それだった。そのあとすぐにドン・クアルンゲとの戦闘になり、実力不足に腹が立った。
あれくらい瞬殺できないといけなかった。咆哮で動けなくなるなど、鍛錬不足でしかない。
自分よりも弱い主に仕えるのに抵抗があるかと問われれば、無いと言い切れる。何せ、コンラは生前は間違いなく強者に分類されていた。それでも、『上』を見てしまった。知ってしまった。
コンラは口をつぐみ、ちらりとユウキを確認する。
フードコートの食事を何にするか悩んでいるらしい彼にはまるでコンラに対する警戒心が見て取れない。戦士であるコンラは、武器などなくとも容易に他者の命を奪えるというのに。
召喚獣は、契約者が死亡すると、自動的に召喚獣自身も死亡する。そのため、死にたくはない召喚獣は、契約者は殺さない。また、契約者も召喚獣が暴れた場合には真っ先に契約者の命が狙われるため、召喚獣をきっちりと制御しようとする。ある意味で、召喚獣と契約者は命を共にする関係なのだ。
とはいえ、くだらない主人に仕えるくらいなら、死ぬくらいなら問題ないと思っているコンラにしてみれば、そんな共同関係など知ったことはない。輪廻転生を信ずるケルトの人々にとって、死はさほど重い事項ではない。
__強くなれないのなら、今殺すか?
ふと、コンラの脳裏に、そんな考えがよぎる。しかし、すぐに首を横に振った。
せっかくこの世に舞い戻れたのだ。できるところまで鍛錬すればいい。物語を元にしたダンジョンと言うものが存在するならば、彼と再戦する機会だってあるはずなのだから。
彼と再戦できるダンジョンに行けるだけの実力が付かないのならば、その時に殺してしまえばいい。別に急ぐ必要などないのだ。
心の中でそう結論付けたコンラは、そっと目を伏せる。
そんなコンラに、ユウキはメニュー表を片手に声をかける。
「ねえ、コンラ。君は何食べたい? 僕はパスタとラーメンで迷っているのだけれども……」
「……勝手にしろ。俺は肉なら何でもいい」
「じゃあ君は鉄板ステーキが良いかな……? 米とパンならどっちがいい?」
「パン」
「わかった、じゃあ、注文してくるから、席取っておいて!」
血なまぐさい思考をしていたコンラとは真逆に、ユウキはさっさと席を立つと、食事を注文しに行った。そんな彼に、コンラはあきれるほかない。
食事をとりに行くなどと言う細事は、主がやるべきではない。従者や下僕に頼むことだ。なのにもかかわらず、ユウキは楽しそうに大もりの鉄板ステーキを注文している。
__「あのさ、僕、できるだけ君に見合うような主になるよ。今はこんなだけど、やれるだけ頑張る」
彼は確かにそう言った。だからこそ、コンラはユウキに従うと決めた。だがしかし、こんな調子では、先はまだまだ長そうだ。
コンラは小さくため息をついてちょっと笑えてくるくらいに焼けた牛肉が大量に盛られた鉄板をえっちらおっちら持ってくるユウキを眺める。いや確かに、コンラはあれくらいの量なら食べられるが、流石に多すぎるとは思わなかったのだろうか?
「チャレンジメニューの方が値段が安かったから、買ってきた! お金ははらったから、時間は気にしなくても大丈夫だって!」
ユウキはニコニコと笑いながらそう言う。その言葉に、コンラは眉をしかめる。
「俺がその程度の挑戦を受け付けないとでも?」
「あっ、やべっ、ゲッシュに抵触した」
うっかりと口を滑らせたユウキは、少しだけ顔を青ざめさせる。どうやら、チャレンジメニューと言う名前を『挑戦』と受け取ったらしく、「どんな挑戦にも応えなければいけない」というゲッシュに抵触したようだ。
ゲッシュは諸刃の剣である。そのため、こんなくだらないことで死んでほしくないと思ったユウキは、慌てて食い下がる。
「く、クリア条件は食べきることだけど……」
「時間の話もしていただろうが。何分だ?」
「……消化に悪いから、ちゃんと噛んで食べてほしいのだけれども」
「答えろ」
「いやその、三十分だけど、ほんと無理しないでほしい」
だんだん強くなっていく圧に負け、ユウキはチャレンジメニューの概要を話してしまった。ルールを聞いたコンラは、大きく頷くと、ユウキに言う。
「時間を計れ。お前が不正をすれば、それは俺に対する裏切りだと思えよ?」
「……いや、うん、そんなことしないけど、あの、お金払ったから、別に挑戦しなくても……」
「口答えをするな」
「……はい。」
短い、しかし、確かな命令の言葉。ユウキは少しだけ肩を落として、タブレットのタイマー機能を起動させた。
じゅうじゅうと音を立てて焼けていく肉。そして、合図とともにタイマー機能が動き出す。
__俺が殺す前にいい主になってくれればいいが……
鉄板の上の肉を次々に口に放り込みながら、コンラは心の中でそう思った。
【そんな昔から髪染めなんてあったの?】
実はめっちゃ昔からある。
染料としてはヘンナ、インディゴ、ウコン、アムラ、黒クルミの殻などが有名。古代アッシリアではハーブを使って髪を染めるレシピがあったのだとか。
ちなみに、コンラは色を付けているのではなく、脱色しているだけ。他のケルトの戦士たちも大体脱色しているだけ。髪への負担ヤバそう。ちょっとだけハゲが心配になる。




