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マイナーズ:弱小探索者と下位互換召喚獣の楽しいダンジョン冒険譚  作者: ooi
一章 イレギュラー【英雄無きアルスター】
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1話 満員電車と高校生デビュー(目標)

前回のあらすじ

・一章すたーと

 かたんかたんと揺れる電車。通勤時間や通学時間と重なっているため、車内は息がしにくいほどに過密である。

 始発駅から乗っていた少年、長嶋ユウキは、すし詰め状態の電車の中で悠々と……と言っても、かなり前からも横からも詰められているのだが……座席に座り、手元のタブレットを横にスクロールする。電子書籍を読んでいるのだ。


 昨今、紙媒体の書籍は最早マニアックなファングッズとなっている。高級志向の、場合によっては完全受注生産にまでなるお宝(コレクション)をわざわざ汚れるかもしれない公共交通機関で広げる人間などいるわけもなく。車内はタブレットを手に持つものか、スマホをいじってゲームをしている者しかいない。


 満員電車でぐずる幼い子供をよそに、ユウキは小さくため息をついた。


__今日から、私立杉浦学園の新入生か……


 電車の外で咲き誇る、満開の桜。今年は遅咲きだったこともあってか、丁度入学式直前に満開を迎えた。早くも散りゆく花びらが車窓を通り過ぎて行った。


 ぐずっていた保育園生くらいの幼い子供は、あやす母親の努力も無に還り、ついに泣き出す。過密状態で既に苛ついていた車内に、小さなため息と舌打ちが聞こえ始める。母親は申し訳なさそうにうつむきながらも、必死に幼い子供をあやし続ける。


 そんなとき。


「わんわんだー!」

「わんわんではない、私はオオカミだ」

「わんわんー」


 泣いていた男の子が、思わず泣き止んで歓声を上げる。革ジャンをまとった二足歩行のオオカミ男は、犬と呼ばれて不服だったのだろう。低い声で唸るように言うと目を逸らす。しかし、男の子はまるで意にかえしていない。

 母親の手から離れ、大人の間をぬってオオカミ男に近づいた男の子は、目をきらきらさせて言う。


「すごいねえ、モフモフで、つやつやで、かっこいいねえ!」

「……わかる少年じゃないか。最近、いいシャンプーを見つけてな」

「わんわんさん、触っていい?!」

「だから、私はわんわん(いぬ)ではない!」


 いつの間にか涙の引っ込んだ男の子は、にこにこと笑ってオオカミ男の膝に座る。ほほえましい光景である。

 男の子の母親は、驚いて頭を下げるが、オオカミ男もその隣に座っていた女性も笑顔で言った。


「大丈夫ですよ、ポチは人は嚙みませんから」

「しまいにゃ噛み殺すぞ我が主(マイマスター)。私の名前はイルフォンだ!」


 ポチ……いや、オオカミ男はその耳をぴくぴくと怒りに動かしながら、隣の女性に言う。どうやら、オオカミ男は召喚獣であるらしい。




 1999年、どこぞの預言者の予言が的中したのか、地球は変貌した。

 最初に異変が起こったのは、インドのとある田舎。小さな田舎の村が一つ、一晩のうちに壊滅したという。


 下手人は、ドラゴン。当時は判明していなかったが、現在ではファフニールと個体判定されている。毒を吐き散らし、黄金や貴金属類、宝石を好むそのドラゴンは、たった一人の生き残りを残してその村を壊滅させた。


 地上に顕出したファフニールはその後、生き残りの青年と契約した英雄、シグルドによって討伐された。

 何故突然ファフニールが現れたか。それは、壊滅した村の端、どこぞの企業が不法廃棄場にしていた山の洞穴にあった。


 ファフニールの寝床となっていた山の洞穴の奥は、異界に通じていたのである。


 この事件の後、異界につながる穴は世界中に増えていった。穴からつながる異界は、学会風に言うなら異界の箱庭のような物であり、地球上の物語や伝記、叙事詩、伝承などをモデルにしていると言われている。

 インドに現れたファフニールの寝床の異界の穴は、のちに『ニーベルンゲンの歌』の竜殺しの場面をモデルにしていると断定されている。実際、ファフニールの寝床には呪われた黄金財宝があり、財宝を盗んだ地元の警察官や村人、研究者は不可解な死を遂げた。


 異世界につながる穴は、やがて『ダンジョン』と呼ばれるようになり、資源回収や新たな土地の確保などに活用されるようになっていく。そして、ユウキ少年が生まれる数十年前には、ダンジョンのある生活が一般化していった。


 さて、ダンジョンでは不可思議な現象が起きる。それが、インドの事件……インドニーベルンゲンの悲劇でも発生した、伝承の生物の発生である。

 インドのダンジョン、『ニーベルンゲンの歌』では、ファフニールのほかに財宝に呪われた亡霊が現れるという。他のダンジョンでも同様の現象は確認されており、物語の核になるモンスター以外は増殖を続ける。『ニーベルゲンの歌』におけるボスモンスターは、ファフニール一体のみであった。


 そして、増殖したモンスターはやがて、ダンジョンの外へとあふれ出る。異界の穴の入り口をふさいだとしても共食いは発生しないうえ、一度すべてモンスターを討伐したとしても、一定期間おきにボスモンスターを含むすべてのモンスターは復活してしまうため、モンスターの定期討伐が必要である。


人類の危機とも言えるようなその状況に、自衛隊のみでは管理しきれないと判断した日本国政府は、ある決定を下す。

それが、民間人及び企業による探索者制度である。


探索者は国からの認可と相応の資格試験に合格することでなることが出来るその制度は、できた当初こそ様々な反対意見が飛び交ったが、現在では全世界で採用されている。

 探索者はダンジョンの探索を行い、モンスターの討伐を行う代わりに、ダンジョン内部に自然発生する採取物を取得する権利を得る。要するに、モンスターを殺してくれれば、ダンジョン内のものを家に持ち帰っても目をつぶるよ、という制度だ。


 とはいえ、先の『ニーベルンゲンの歌』ダンジョンしかり、ダンジョンの元になった伝承によっては、ダンジョンの中のものを持ち帰ると危険な事態に陥ることもある。日本でものちに『ヨミノクニ』だと判定されたダンジョンの中の水を飲んだ自衛隊員が死亡するという事故が起きていた。


 だからこそ、ダンジョンに現れる採取物や、モンスター、その他条件によって、ダンジョンには等級が付けられている。

 下は準五級、五級、特五級、準四級と続き、最上限は危険度の判定不能を意味する特級という化け物じみたダンジョンが存在する。噂では、あまりにも危険すぎてダンジョン内部の掃討作戦を死刑囚が担っているというものまであるのだ。


 ダンジョンで採取できるのは、水、肥えた土壌、新鮮な空気に始まり、金銀財宝、未知の薬剤、石油、石炭など、その幅が広い。地下に存在するというにも拘らず、何故か日光が二十四時間差し込むダンジョンに至っては、電力会社が購入し、太陽光発電で大規模な電力を生み出すのに一役買っているほどだ。


 そして、ダンジョンではおかしな現象が起きる。

 それが、召喚システムである。


 特定のダンジョンに存在するシステムであり、ダンジョン内で採取した特殊な素材を使うことで召喚獣を呼び出すことができるのだ。

 呼び出せる召喚獣は、基本的に何らかの物語や伝承に即しているものが多いが、個体差が大きい。さらに言えば、召喚獣とは呼称されているものの、召喚獣の中には人間も存在する。



 

「いりゅ……? いるお……? いりゅおん?」


 電車内で、男の子は舌っ足らずの声でオオカミ男の名前を呼ぼうとする。


「イルフォン」

「いりゅおん!」

「……もう、それでいい」


 オオカミ男は諦めたのか、そう言うと小さくため息をついて目を伏せた。ぺこぺこと謝る母親をよそに、男の子は優しい手つきでオオカミ男の毛むくじゃらな腕を触る。オオカミ男はされるがままだ。


 なるほど、イルフォンと名乗るこの狼男自身が言うように、彼の毛艶は相当いい。ふわふわの毛を、男の子は楽しそうに撫でている。


__狼男は、ヨーロッパに伝わる人狼伝承……だったっけ? 弱点は出典によって異なり、総じて銀の武器が弱点であることが多い。また、昼間は完全に人のような見た目になることが多いため、ダンジョンで一人で歩く人間と出会った場合、人狼を疑うべき……


 脳裏で『探索者のための基礎情報』という妙に堅苦しい名前の教本を思い返しつつ、ユウキはそっと窓の外を見る。少年が泣き止んだこともあり、元々無反応でしかない観衆は、手元のスマホに視線を戻す。


 とはいえ、イルフォンの出典はおそらく、人狼伝説そのものではなく、そこから派生した作品に登場する『獣人』に当たるはずである。昼間であるにも拘らず、完全に二足歩行の獣の姿なのだ。人狼なら昼間には人間の姿をとるはずである。


 イルフォンは目を伏せたまま、ふわふわの毛が覆う腕を撫でる少年をそのままにする。

 召喚獣は、力量出典ともにモンスターとほとんど変わらない場合が多い。しかし、召喚獣は、召喚される際に一定以上の規則が適応されるのである。

 一つは、契約者の命令に反逆しないこと。そして、もう一つが、契約者の死=召喚獣の死であるということ。


 一応、一度死んだ召喚獣が再召喚されたこともあるらしいが、記憶は持ち合わされていなかったという。出典違いの可能性も否めないため、一度死んだ召喚獣には二度と会えないものと思ったほうが良い。


 そんなことを脳内で反芻しながら、ユウキはそっとタブレットに目を落す。そこには、探索者試験の過去問題が表示されていた。

 今日から彼は高校生。中学卒業と同時に、探索者資格試験を受ける権利を得る。彼は、どうしても探索者になりたかった。


__探索者になれば、友達ができるかもしれない……!


 ユウキは、ぐっと拳を握り締め、過去問を睨みつける。

 実は、ユウキは理由があって小学校から中学校の間に、友達らしい友達がいなかったのである。そのため、思い切って進学を期に東京へ引っ越し、高校デビューを目指したのである。


 身分証に便利という理由で、探索者資格試験を受ける人は多い。最近では探索者の有名人も増えており、資格を持っているだけで、会話の幅を広げることができるだろう。いや、ぜひとも広げたい。


 試験で良好な点数をとれば、のちの昇級試験にも有利に働くという。五級探索者資格なら勉強さえしていれば誰でも習得可能と言う噂もあるが。油断はしたくなかった。


 タブレットの上画面にうつる通知を無視して、ユウキは新しい日常に夢をはせた。

【ダンジョンについて】

 ダンジョンは、異世界につながる穴である。現在日本には約350か所のダンジョンが発見されており、年々増えている。

 それらのダンジョンには等級が割り振られている。以下が等級の大体の割り振りである。


準五級<五級<特五級=<準四級<四級<特四級=<準三級<三級<特三級=<準二級<二級<特二級=<準一級<一級<特一級<<(超えられない壁)<<特級


 探索できる資格は、以下のとおりである


五級資格 準五級~特五級まで

四級資格 準五級~特四級まで

三級資格 準五級~特三級まで

二級資格 準五級~特二級まで

一級資格 特級を含むすべてのダンジョンが探索可能(一言も特級を探索しろとは言っていない)

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