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マイナーズ:弱小探索者と下位互換召喚獣の楽しいダンジョン冒険譚  作者: ooi
一章 イレギュラー【英雄無きアルスター】
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15話 赤枝の戦士

前回のあらすじ

・ドン・クアルンゲとコンラが戦う

・気を逸らすためにユウキが女王メイヴの名前を叫ぶ

・コンラがユウキを主として認める

 場所は変わり、準5級ダンジョン【ジャックと豆の木】では、撮影開始30分足らずで俳優の草薙翼は豆の木を登り終え、少しだけ息をついていた。組成式は完全に水でありながら、床としての役割を果たす摩訶不思議な雲に座り、空からこちらを撮影するドローンにニコッと笑みを向けて手を振る。


「登りきりましたー! これから金の鶏を倒してきます!」

『はー……しく……ま……』

「すいません、電波悪いみたいであまりよく聞こえてないです」


 ワイヤレスイヤホンを付けたツバサは、下からの通信に対して笑顔を絶やさずに答える。どうせなら一人くらい同行してくれても良かったのに、と心の中で思いながらも、ツバサは休憩もそこそこに雲の上を歩く。


 冷たい風が吹く。

 下調べはしてきたため、金の鶏のいる小屋の場所はわかっていた。迷わず小屋の方向へ歩き出し、そして、ツバサは首を傾げた。


 木でできた冗談のように大きい巨人の小屋。その小屋を縛り付けるように、赤色の木が巻き付いていた。巨大な赤木は巨人の小屋を覆い隠し、真っ赤な若葉を広げ散らしていた。


「……何だこれ?」


 ツバサは思わず目を丸くする。小屋に赤木が巻き付いているなどと言う話は聞いたことがない。事前に攻略動画を見たときも、この小屋は大きいだけでこんな状態にはなっていなかった。


「……。」


 小さく息を飲み、ツバサは腰のナイフを引き抜く。飾りの方ではない、正規の店で購入した実用品の方である。そして、通信の悪いマイクに向かって声をかけた。


「……事前調査とはかけ離れた状態になっていますが、探索を続行したほうが良いですか? スタッフの皆さんは大丈夫ですか?」

『……つ……て……あ』

「……通信悪いみたいですね」


 ざあざあと砂嵐の交じるワイヤレスイヤホンに、嫌な予感を感じ取ったユウキは、後ろを振り返る。ボスエリアである巨大な小屋の中に入らなければ、危険ではあるものの引き返すことは可能である。


 そう思って雲の切れ目から豆の木に手を伸ばそうとしたその時。


「……!」


 ツバサは反射的に右手をひっこめ、左手でナイフを横なぎに振り抜いた。

 鋭いナイフの刃先は、黒色の物体を切り裂く。黒色のそれは、ギャアギャアと耳障りな悲鳴を上げ、地面に落ちる。赤黒い血が雲をジワリと汚し、同時にゾッとして周囲を警戒した。


「……カラス?」


 ナイフの先についた黒色の羽根。ハッとして周囲を見れば、いつの間にかツタの周囲に大量のカラスが飛んでいた。カラスはツバサを雲の下におろしたくはないのか、遠巻きにこちらを眺め、時折声を上げていた。


 所詮カラスと思えるかもしれないが、その大きさは羽根を伸ばせば優に人の身長ほどの大きさを誇る。そんなカラスに群れで襲われれば、無事では済むまい。


 ツバサは小さくため息をつき、マイクに手を伸ばす。


「すいません、モブが多すぎて降りれそうにないので、ボスエリアに移動します。そっちどうなってますか?」

『……は……にげ……ひ……あ……』


 とぎれとぎれに聞こえる言葉。最後に、何やら鳥の羽音とともにぶつりと通信は途切れた。




 木の下では、突然悪くなった通信に、安全確認をしようと木に登り始めたインストラクターの今田がカラスに襲われ、木から落ちて骨折の大けがを負ったところである。当然、巨大な小屋を覆う赤色の木が何なのかを判別する暇もなく、本来なら現れないカラスが大量に発生したことに手間取り、機材の修復ができていなかった。


「草薙君、草薙君?!」


 ツバサの女性マネージャーが声を裏返しながらマイクに向かって叫ぶ。しかして、帰ってくる返事は『聞こえにくいみたいです』の言葉のみ。アシスタントのスタッフが、頭をガシガシとかきながらディレクターに言う。


「だめです、こっちからの通信、向こうに届いていません!」

「インストラクターは?! 演者の身の安全確保しないといけないだろ?!」

「無理です! 完全に足の骨折れてます!」

「無理とかそう言う話じゃない! どうすんだこれ!」


 ディレクターの男は、いらいらとしながらタブレットをスタッフの男に見せる。タブレットには、楽鳥羽町の周辺で発生した、同時多発的なイレギュラーについての情報が表示されていた。

 【ジャックと豆の木】のダンジョンも、楽鳥羽町にほど近い場所にある。本来ならいるはずのないカラスを見ても、ツバサから送られてきた映像を見ても、現状このダンジョンでイレギュラーが発生していると考えた方が自然な状況であった。


 画面の奥のツバサは、現在小屋周辺の探索を行っている。不気味な赤色の木が絡まったその小屋には、一応扉らしい扉が付いているものの、すぐ入るのは気が引けたため、周囲をぐるっと探索しているらしい。


「ああ、早く降りてくれ、現状がおかしいのなんて見りゃわかるだろ?!」

「降りようとすると、カラスのモンスターに襲われるみたいです」

「知らねえよそんなの!」


 ディレクターはいらいらとしながらそう怒鳴る。しかし、幸いにも通信不良でディレクターのそんな無茶苦茶な言葉は届きはしない。

 カラスたちは、ツバサ以外の侵入者を拒むように、があがあと声を上げながら、豆の木にとまり、地面で右往左往する人間たちを眺めていた。




 地上の騒動を知らず、一通り探索を終え、巨大な小屋の裏手にあった宝箱から収集品の美しい金の器を拾ったツバサは、ついに小屋の扉の前に立つ。

 赤色の木は不自然に入り口前の扉だけ絡まっておらず、外からの人間を招き入れるかのように真紅の葉がひらりと降り注いでいた。


「……小屋入ります。イレギュラー発生している気がするのですが、スタッフの皆さんは大丈夫ですか? 危険だったらぼくを置いて逃げてください」


 もはや返答のないマイクに言いながら、ツバサはついに巨大な小屋の扉を開けた。


 小屋は本来ボスが囚われているはずの金でできた檻と、その奥の部屋に帰還用の魔法陣がある部屋が存在するはずだ。しかし、金の鶏がいるはずのその巨大な檻の中には、一人の男が一振りの赤枝を握り締めて眠っていた。


 男は、長く美しい金髪に琥珀のビーズで創った飾り紐をまき、閉じられた瞳の周りには七つずつの宝石が埋め込まれていた。指には金でできた指輪が複数嵌められており、右手の中指の指輪だけ、何故か嵌められていなかった。

 美しい男の体のそばには、一本の朱色の槍が転がっていた。見事な装飾で、一目で業物だと分かる槍だが、ツバサはどうにもその槍に触れたいとは思えなかった。


 鳥籠の中で眠る男。ツバサはしばらく考え込んだ後、そっとその金の鳥籠に絡みつく赤色の木に手を伸ばす。


 おそらく……いや、確実に、鳥籠の隙間からナイフを差し込めば、中の男を殺傷することはできるだろう。だがしかし、ツバサはそうしないことを選んだ。死んだように眠り続ける男を放置することができなかったのだ。


 複雑に絡みついた赤色の木をナイフで切り払い、鳥籠の入り口をこじ開ける。枝は異常なまでに頑強だったものの、何とかナイフで切ることができた。


 金の鳥籠の扉が開かれる。


「……生きてますか?」

「……?」


 突然かけられた言葉に、眠っていた男が半ば覚醒する。しかし、まだ完全に目が覚めていないのか、目をつむったまま手だけを伸ばし、禍々しい朱槍をつかむ。


 そんな様子を見ながらも、ツバサは言葉を続けた。


「起きれますか?」

「……」


 返事はない。握られた朱槍は、するりと男の体に引き寄せられ、その穂先がツバサの方を向く。

 すさまじい恐怖が心の奥底から沸き立つ。あの槍が振られれば、その瞬間己は死ぬだろうという直感があった。


 しかし、ツバサは額ににじむ汗をそのままに、言葉を続けた。


「起きたほうが、いいと思います。鳥籠の外、出ませんか?」

「……」


 返事はない。

 しかし、槍の穂先が、カランと音を立てて地面に落ちる。それと同時に、男が左手に握っていた赤色の枝が、突然茶色に朽ち果てた。


 驚くツバサをよそに、朽ち果てた枝はさらさらと灰に変わり、風に流され消えていく。最後の灰の一粒が部屋の外へと流れ出た直後、瞳の周りに7つの宝石の装飾が施された男は、大きなあくびをして目を覚ました。

 そして、男は首をかしげて目の前に立つツバサに問いかける。


「何だお前。つーか、ここどこだよ」

「……おはよう。ぼくは草薙翼。ここはダンジョンの中です」

「へー……いや、どこだよ」


 男はそう言いながら、軽く体をのばし、朱槍をつかむ。そして、さっさと立ち上がった。ブロンドの髪が揺れ、琥珀の美しい飾り紐がしゃらりと涼し気な音を立てる。整った目鼻立ちで、一般的には装飾過剰とも取れるような格好も、何故だか彼を飾り立てるのに役立っているように見えた。


 首をかしげる男に、ツバサはさらに詳しく説明する。


「準5級ダンジョン【ジャックと豆の木】のボスエリア。本来なら金の鶏がいるはずのところに、君が寝ていたから声をかけました。ぼくも、何故君がいるかはわからない」

「あー……そうか。なるほどな。よくわからんが、お前は俺を起こしただけなのか」

「もしかしなくとも、よくわかっていないように見えますね」


 男は眠そうに再度あくびをしてから、思い出したように名乗りを上げる。


「ああ、そういや名乗ってなかったな。俺は影の国で修業し師匠スカサハよりゲイ・ボルグを授かった者、クー・フーリンだ」

「えっ、あのケルトの英雄?」

「? ああ、まあ、そうだな」


 一瞬首を傾げた男……いや、クー・フーリン。しかし、彼は小さく頷く。その時だった。


 クー・フーリンの腹が、ぐー、と空腹を訴える。

 その音に、ツバサは苦笑いをして、彼に提案した。


「その、軽食を持ってきているのだけれども、よかったらどう?」

「あー……ものにもよるんだが……犬肉じゃねえよな?」

「もちろん。ゼリー飲料とカロリーメイトで、どっちも現代の保存食と言うか、何というか、そんな感じの食べ物」

「じゃあ、ありがたくもらおう」


 数分後、ツバサとクー・フーリンは豆の木を降りて撮影スタッフたちと合流した。


__推定等級不明【戦士の揺り籠】から、彼等は脱出した。

【クー・フーリン】

 クー・フーリン、あるいは、クー・フラン、クー・フリン、キュクレインなど。半神半人のケルト神話の英雄で、日本では『自害しろ』のイメージしかないが、北欧では相当メジャーな大英雄。幼名はセタンタ。

 己に貸したゲッシュは「犬肉を食べてはいけない」、「格下からの食事の誘いを断ってはいけない」、「詩人の言葉に逆らってはいけない」など。物語によってあったりなかったり、別のものだったりすることもあるが、ツバサと行動を共にするクー・フーリンのゲッシュはこの3つであるらしい。


 ちなみに、嫁とりで割と……いや結構……現代基準で言うなら相当ヤバいことをしている。親族従者皆殺しにして嫁を攫って行くのは、普通にクズなんだよなぁ。

 なお、コンラはクー・フーリンの嫁との子ではなく、修行中に嫁にした『オイフェ』との間の子供である。身ごもったオイフェ置いて嫁さんもらいに行くというのは普通にクズに見えるが、実際クズである。

 武芸百般であり、剣、戦車、弓、斧、何でも扱えるが、特に師匠であるスカサハから授かった朱槍ゲイ・ボルグは必殺の槍である。


__その槍が、親友や実の息子の命を穿ち殺したのだが。

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