20話 威光を失った砦
前回のあらすじ
・敵側の戦力確認
探索者三名と合流したユウキたちは、ミーティングをしながら装備品の用意を始める。
予定される探索期間は最長一週間。オルレアン側に残された食料的にそれ以上3000人の兵を運用することはできないためだ。食料が尽きれば、前線崩壊など容易に発生する。それどころか、兵の忠誠心がなさ過ぎて食料が一週間で尽きることがばれた時点でおしまいともいえる状況だ。
兵站と各砦の場所を確認しつつ、ヘクトルは行儀悪く足を組み、こつこつ、と、長い指をテーブルの端に打ち付けた。
「とりあえず、兵の腹が満ちないと戦争なんてできないから、物資のメインは小麦粉になるかな?」
「食料持ってきてできるだけ文句が出ねえようにするのは賛成だが、そうすると俺たちが使う物資の量が減るのがな……9人一週間分の食糧だって分量的には馬鹿にならねえ。俺も息子も燃費が悪いから、もうちょい食料を厚めに用意しておきたいくらいだ」
「敵軍から兵站の略奪を狙おうにも、あちらはあちらで疲弊していますからね……現地での採取はあまり期待はできないでしょう」
「だからと言って、弾薬を持ち込めなくなるのは本末転倒だ。食料は最悪向こうで木の根をかじればなんとかなるが、【オルレアン】の時代に銃弾は存在しない。近代武器と手入れの道具だけは持ち込まなければマズいだろう」
テーブルに投影された図面を見ながら、ヘクトル、クー・フーリン、ヘクトル、スカサハという豪華すぎるメンバーが会議を続ける。
基本的に、探索者の装備は身軽が良いとされている。
そちらの方がどのようなダンジョンでも対応しやすいうえ、撤退も潜入もしやすいためだ。
しかし、今回のダンジョンに限っては、『軍の運用』という大前提があるため、探索者側の身軽な動きはさほど求められない。というのも、今回のダンジョンはオルレアンを拠点にすることができるのだ。多めに持ってきた食料をオルレアンで保管すれば、拠点に戻れば食料やその他補給を行うことができる。
もちろん、探索の過程で拠点からしばらくの間離れなければならなくなることも出るだろう。しかして、単純に荷物を置いておける場所があるというだけでも、持ち込める荷物の種類は変わる。
会議には参加できない、もとい、する気のないシンジは、小さくあくびをしながらタブレットでジャンヌダルクの伝記を確認している。ツバサは話し合いに混ざり、必要になる金額の算出を行っている。
戦略面の知識はヘクトルに任せているユウキは、少しだけ居心地悪そうに読み込んでいた資料から顔を上げる。そんなユウキの視界に、落ち着かないのか、ライフルを解体して整備している志乃の姿が映りこんだ。
ユウキは少しだけ迷ったものの、すぐに口を開いた。
「手伝ってくれて、ありがとう。今回の探索は、ライフルで行くの?」
「は、はい。キマリの38口径です。45口径の方が威力は高いのですが、どうしても弾がその分高くて……」
「そっか……僕は今回9ミリ弾の拳銃だから、銃弾混ざらない様にしないとね。ツバサさんも同じなのかな?」
ユウキの疑問に、ツバサはタブレットから顔をあげて答えた。
「ごめん、ぼくは50口径だから、銃弾の共有はできなそうだ。銃弾の混在が起きないように、整理するための箱とかも持って行った方がいいかな?」
「あ、いや、流石に三人とも口径が違うなら、箱のデザインもだいぶ違うし、混ざることはないと思うよ。それよりも、替えの銃をいくつ持っていくかかな? 弾があっても銃がだめになったらおしまいだし……」
ユウキの言葉に、ツバサはうなづきを返したが、志乃は小さく首を横に振った。
「ある程度慣れたライフルじゃないと、狙いを外しかねないので、私は2丁以上は持っていけないですね……。スコープのあわせも早めにしなければいけないですが、流石に室内ではできないですし……」
「そういえばそっか。ぼくは量産品の銃使うつもりだから予備を持ち込むけど、ユウキ君は?」
「あ、僕は……うーん……とりあえず、一つだけ予備を持っていくよ。申し訳ないけど、みんなの中で一番キルスコア低いのダントツで僕だし……」
眉を下げて言うユウキに、ツバサは仕方ないよね、といったような表情であいまいに微笑んだ。
いつの間にか眠り始めたらしいコハクの呼吸で、胸ポケットが小さく揺れる。制服のままのため、今日はパーカーの中に潜り込むことはできなかったのだ。
そんなコハクを見て、ユウキは、ふと目を見開く。
「……コンラ! 小型カメラの発注と、ドローンの発注、まだ間に合う?! あと、できれば監視カメラ的なものも!!」
「あ? 今からだと……いや、探索者協会の備品にあるかもしれねえ。探すが、写真機で何を……」
突然のユウキの言葉に、一瞬だけ眉をひそめたコンラだったが、すぐにタブレットを確認して口を開く。机を使って戦略会議をしていた4人も、突然大声をあげたユウキの方を見て首をかしげた。
一泊遅れて、ツバサがはっとしたように目を見開いた。
「そっか、ドローンとカメラでの偵察!」
「……あ、そういや、そんなのもあったねぇ。完全に考えてなかったよ」
眉間のしわをもみほぐしながら、深くため息をつくヘクトル。それに対し、まだ召喚されたばかりのケイローンと、現代技術に疎いスカサハは首をかしげる。ツバサと一緒に撮影現場に同行したこともあるクー・フーリンは、少しだけ考えてから、思い出したように手を打った。
「ああ、あのリアルタイムで現状が見える板みたいなやつか。つっても、向こうに電気設備だとか通信設備だとかなんてなくないか? 中世フランスだぞ?」
クー・フーリンのもっともな質問に答えたのは、撮影慣れしたツバサだった。
「電源は魔石から発電できる小型発電機がある。魔石は持ち込んだ分がなくなっても現地調達できるよ」
「通信はタブレット間の無線通信で十分だ。リアルタイムの映像転送は多少電力消費が大きいが、見れねえ程の画質にはならねえ」
ツバサの説明に補足するように、シンジが言葉を続ける。
通信技術の発展により、物語の強制力によって電子機器が使用不可能なダンジョン以外では、普通に通信を行うことは可能となっている。
ドローンとタブレットの運用が決まったため、持ち込むものはある程度固まった。
コンラが発注、貸出申請したリストと、各々の持ち物を確認し、ユウキは改めて口を開く。
「持ち物の第1優先は、魔石燃料の発電機2台と、ドローン5機。全員の胸元につけておく小型カメラ11台に、機械類の充電機器。食料は、僕たちが1週間食べていける程度、でいいんだよね?」
ユウキのその問いかけに、ツバサは大きく頷く。
「ああ。探索中の映像は、適当なSNSプラットフォームに鍵かけて垂れ流すようにしておけば、特別なツールもアプリもいらないし、戦況把握と生存確認ができる上に、風林火山の人達にも状況の共有もできる。戦略のプロ目線以外の、探索者目線の意見も取り入れられるはずだ」
戦略のプロ、という言葉を言うと同時にツバサに見られたヘクトルは、小さく肩を竦めた。他人の意見を聞く、という点に関して、ヘクトルは死因ゆえにさほど自信がなかった。
ほかの物品……食料品や重火器、その他生活用品のリストを作成し、装備品の申請を行えば、あっという間に、準備期間は過ぎ去っていった。
悪路のためにやや揺れる車内。護送車のようなその車の運転手は、篠原ではなく、現役の探索者協会の職員だ。
イレギュラーの発生したダンジョンへ向かうこの車には、ユウキが逃亡するのを防ぐため、乗車しているのは、運転手一人に、探索者協会側の召喚獣が2人、それに、服の中に潜り込んだコハクと、膝の上にある身代わり石だけだった。
ユウキは、ちらりと左隣に座っている召喚獣を見上げる。
上半身は狼。下半身は人間。いわゆる、狼男だ。スモークの貼られた車のガラスの奥から日差しが見えているあたり、まだ午前中だというのに獣人の状態であるところを見るに、原典の狼男ではないのだろう。
丈夫そうな革の手袋をつけているが、おそらくその手袋の下には鋭いかぎ爪があるはずだ。
もう一体は、運転席の隣、助手席に座っているハルピュイア。
ハルピュイアは、狼男とは反対に、上半身は美しい女性の姿だ。しかし、その両腕は巨大な翼であり、下半身……つまり、足は、鷹のような、細く、しかし、鍛え上げられた筋力のある、猛禽類のそれだ。
ハルピュイアはギリシア神話に登場する怪物で、罪を犯した人間をついばむ怪鳥である。つまるところ、翼も猛禽の足も決して見た目だけではなく、人間程度の捕縛なら簡単に行うことができるはずだ。
仮に狼男の拘束から逃げ、車から飛び出したところで、大きな翼と猛禽類の足を持つハルピュイアからの追跡から逃げきることは不可能だ。それ以前に……
右横の座席に置かれた、装備の詰まったリュックサック。防弾パーカーを身にまとったユウキは、ちらりと、自身の手首と手元のタブレットを確認する。
手足につけられた、金属製の手錠。冷たいこの金属をどうにかしなければ、そもそも自由に動くことすらできない。
動かしにくい両手でどうにかタブレットの電源を入れ、ロック画面を確認する。……そこには、家族からの連絡通知がひたすらに連なっていた。
篠原によって探索者協会の事務所に連れていかれたその日から、両親からの定期的な連絡が来ている。……それでも、ユウキは、それに返事を返すことができていなかった。
単純に、毎日が忙しかったから、という言い訳もある。しかしそれよりも、一番大きな理由は、気まずかったからだった。
【狂宴の女王】をクリアした後、あまりに無謀で命懸けな探索を行ったために、母と死ぬような探索はしないと約束した。それでも、現状はどうだ。一級探索者の死を回避するために、半ば生贄のような状態で、探索に挑まされているのだ。それ以前に、【迷宮のティーパーティー】でも、その後の長瀬龍治郎とのやり取りでも死にかねない場面が多々あった。
不安しかないはずの母に、何と言えばいい。
心配しかかけていない家族に、何と説明すればいい。
……己の死よりも、家族の方が心配なのに、少年は何を言えばいい。
正直なところ、ユウキはこの探索で死ぬ気はなかった。むしろクリアして、二級ポーションの足掛かりにしようとすら思っていた。それでも、両親を不安にさせているのは間違えようのない事実だ。
別の車で移動するコンラからの連絡の通知に指を乗せ、ロックを外す。
フードの奥で、子ネズミのコハクが小さく寝息を立てている。膝の上の身代わり石はいつもの口やかましさから打って変わり、沈黙を貫き通していた。
簡易的な生存確認と、これから使用する予定のプラットフォームへのURLだけがかかれた、簡素なスレッド。そんなスレッドに感謝を示すスタンプ一つを返し、青色に変化しているURLをタップする。
動画配信サイトのうち、ゴア描写に多少寛容なそのサイトは、よく探索者が探索風景を生配信するのに使用しているプラットフォームだ。見覚えのある再生ボタンのロゴマークのとなり、ログインボタンをタップして、ツバサが用意してくれたアカウントのIDとパスワードを入力する。
そして、指定されたハッシュタグ、『オルレアン防衛戦』のタグをつけた配信枠を作成する。もちろん、フォローした人間以外に配信しないため、鍵をかけるのも忘れずに。
配信を見ることができるフォローアカウントは、探索者一行のほかに、風林火山の公式アカウント、篠原とキラアキの個人アカウント、それに、ツバサのマネージャーのアカウントなど限られた人間となっている。
……この放送の存在を、家族に伝えることが、ユウキにはできていなかった。
敵は、モンスターとはいえ人型だ。そんな人型の怪物たちとの、血みどろの戦いを、ひいては、そんな戦いに嬉々として参戦している己の姿を、家族に見せたくはなかった。反対されることもそうだが、それよりも、探索活動のせいで、家族に嫌われることの方が、恐ろしかった。
そんなユウキの意図をくんでくれたためか、ツバサは、ユウキの家族にはこの配信の存在を伝えていない。
きしむ心臓をそのままに、ユウキは、顔を上げる。
軽いブレーキの振動ののち、護送車は停車した。
右隣の狼男がせかすより先に、ユウキは装備を担ぎ、足元の枷をそのままに、立ち上がった。
横開きの車のドアの外には、既に待機していた探索者や召喚獣の姿。ユウキの手かせを一瞥したコンラは、小さくため息をついて口を開く。
「邪魔だろ、とっとと外せよ、それ」
「外せって……これ、金属製だよ?」
「頑張ればちぎれるだろ」
コンラはあっさりとそう言い切ると、かがんで足につけられた手錠に近い形状の拘束具に手を伸ばす。そして、両手で軽く鎖をねじ切った。
軽く行われた蛮行に、護送車の運転手の顔が真っ青になる。どうやら拘束具の破壊は想定外だったらしい。
顔色の悪い運転手からそっと目をそらし、ユウキは笑顔で言う。
「ありがとう、コンラ。ついでに手の方も……」
「……わかってる。ほら、手ェ出せ」
面の皮の厚いユウキに、コンラはぐっと眉を寄せつつも、「仕方ないな」と言わんばかりに手錠の方も破壊した。手首と足首にそれぞれ金属の輪が残されてしまったが、それはまあ、仕方がないことにしておこう。
ユウキたちがたどり着いたのは、立ち位置の制限された東京某所の廃ビル。本来なら立ち入ることが困難なほどに荒れ果てていてもおかしくはないが、ダンジョンがあったおかげで補修工事や自販機の設置などが行われているため、建物そのものへのダメージは少なそうだ。
ダンジョンへつながっているのは、そんな廃ビルの、本来だったら応接室につながるはずの扉。今いるのが、廃ビルのエントランスのすぐ目の前であるため、このエントランスを通ってすぐ右の路地の二番目の扉に当たる。
気が付くと、既に撮影機材の準備を終えたらしいツバサが、機械の扱いに慣れていない志乃に変わり、撮影のセットを始めていた。
ヘクトルとケイローンは何やら談笑しており、スカサハとクー・フーリンは準備運動なのか柔軟をしている。ただ一人、大あくびをしているシンジだけがいつも通り……いや、彼も、本気で探索に望むつもりなのか、装備は白地に赤や黄色のもみじ模様が飾られた和装に、頑丈そうなスパイクブーツだった。
とてもではないが、これからイレギュラーの発生している特4級ダンジョンに挑むとは思えない探索者たちの姿に見えない。困ったようにきょろきょろと視線をさまよわせる探索者協会の職員たちを横目に、ユウキは苦笑いをして口を開く。
「お待たせ。このまま探索行っても大丈夫?」
「かまわない。とっとと行くぞ、主」
「ドローンのセットアップだけ忘れないで! __志乃さん、そこのボタン押すと、ドローンが上昇しちゃうから、まだタブレットの操作パネルはいじらないで。手持ちカメラみたいに扱って」
「だ、大丈夫です! えっと、れ、レンズがある方が映る方向ですよね? あ、クー・フーリンさん映せてます?」
「問題ない。……おい、今映っているのは俺だ。今お前がカメラだと思ってるレンズは、障害物を判断するためのセンサーだぞ」
「私も問題ないぞ!! ところで馬鹿弟子、体が硬くなっていないか?」
「問題ある問題ある!! 折れる折れる折れる!!」
「ははは、汝は問題ないですよ。スカサハ殿、少しだけ手加減をしてはいかがかな? 戦闘前に戦力が減ってしまいますよ」
「チュウ!」
『吾も問題ないな』
次々と返事を返す中、一人だけ沈黙を貫いていたヘクトルは、小さく肩を竦めて言った。
「万事問題なし、とは言い切れないけど、最善は尽くすよ。オジサン、これでもトロイアの王子様だからね」
「王子様だったらもっと花がある方がいいだろ、俺とか」
「茶々を入れるな、馬鹿弟子!」
スカサハのかなり強引だったストレッチから逃げ出せたクー・フーリンは、いい笑顔で自信を指さす。そんなクー・フーリンの頭を、スカサハがはたいた。
あまりにもいつも通りの光景に、思わず苦笑いを浮かべるユウキ。ヘクトルは、深々とため息をついてつぶやいた。
「……締まらないなぁ」
こうして、イレギュラーダンジョン、【オルレアン防衛戦】の探索が開始された。
【他人の意見を聞くことに自信がないヘクトル】
ヘクトルの死因は、親友であるパトロクスを殺され激怒したアキレウスとの戦闘ではあるが、その戦闘に至るまでに、若干神による茶々入れが入っている。
というのも、防衛側で若干有利まであったヘクトルが、アキレウス完全復活のそのタイミングでわざわざ砦の外に出て攻勢に出たためだ。狂乱の神にそそのかされて場外戦闘をした挙句に、ガチギレウスの姿を見て即時撤退を決め込んだヘクトルの後ろから女神アテナが弟のふりしてだましたがために、半神とタイマンという最悪な事態になったのだ。
そう言った事態を予期した妹のカサンドラの言葉も、狂乱の神にそそのかされたことは知らんが、「何でここで攻勢に出るん? 防衛してた方がよくない?」と進言してくれた忠君の言葉も聞き入れられなかったがために、アカイア勢最大戦力とのタイマンになってしまったため、ヘクトルは若干自信を失っているのだ。
……いや、ほぼほぼ神のせいだけどね?