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0話 それぞれの日常が崩れる日

よろしくお願いいたします

 どこかからか、桜の花びらが飛んできた。

 ひらひらと舞い散る桜の花びらは、ゆっくり、ゆっくりと重力に従って落ちていく。落ちて落ちて落ちて、そして、赤色の血だまりに浮かび、桜色の花弁はどす黒く染まった。


「姉さん!!」

「馬鹿野郎、死にてえのかヨワキ!!」


 交差点の端。

 アスファルトに倒れ込んでいるのは、頭から血を流した真新しいスーツに身を包んだ女性。赤色の水溜りは少しずつ広がっていき、浮かんでた桜の花びらがゆっくりと沈んでいった。


 思わず駆け出そうとした少年、ユウキの鼻先3センチ手前を黒色の高級車がすさまじい速さで走り去っていく。ギリギリのところでシンジがユウキの襟首を後ろから引っ張ったことで、何とか少年は車に轢かれずに済んだ。


 砂埃を巻き上げながら走り去っていく黒色の車を睨み、シンジは盛大に舌打ちをすると、ただ茫然としていた己の取りまき立ちに怒鳴る。


「福沢、サツに通報しろ! 後は救急車だ!」

「は、はい!」


 金髪の取り巻きが慌ててポケットの中からスマホを取り出し、ようやく事態を把握しきる。彼は震えた手で何度か自分のスマホのパスワードを間違えながら、救急に通報を入れた。不良少年の彼らは、警察に通報されることはあれど、通報したことなどなかったのだ。


 空気を読まず、ハラハラと舞い散る淡い色の花弁が、ユウキの姉、サツキのつややかな黒髪を(あで)やかに彩る。地面に零れ落ちる赤に反比例して、姉の顔いろはどんどん悪くなっていく。


「ねえ、さん」


 ユウキの声が、裏返る。周囲の車が止まり、ユウキはシンジの手を振り払って道路に駆け出す。むせ返るような異臭をこらえ、ユウキはサツキの肩に触れる。反応は、ない。


「ねえさん」


 肩を叩く。返事は、ない。

 どろりとこぼれた血が、ユウキの手にこびりつく。


「姉さん」


 呼吸を確認する。呼吸が、ない。

 痛みに泣く暇すらなく、ただ目を閉じたサツキ。髪の毛に止まっていた花弁(はなびら)が一枚、コンクリートの上に堕ちた。


「姉さん?」

「……っいい加減にしろ、ヨワキ!! さっさと救命措置しろよ!! 近藤、近くのコンビニからAED持ってこい!!」

「は、はい!!」


 茫然と目を見開き、ただただ姉を呼び続けるユウキに、シンジは怒鳴る。取り巻きの一人に怒鳴りながら、道路に飛び出る。あたりからはすさまじいクラクションの音と、人々の困惑の声、悲鳴などが遅れて聞こえてきた。


 どくどくと、鼓動が速くなっていくのがわかる。息が、しにくい。呼吸が速くなり、酸素が肺から逃げていく。かひゅ、と、喉から嫌な音が響く。

 次の瞬間、ユウキは額に青筋を浮かべたシンジにその横っ面を殴られた。


「……っぁ」

「泣いている暇があったら、手を動かせ。ぶっ殺すぞ」


 瞳に殺意を滲ませ、シンジはユウキの襟首をつかみ上げる。すさまじい気迫に、ユウキはただ涙目になりながら首を縦に振ることしかできなかった。


__かくして、少年の平凡な日常は、失われた。





 とある戦地。戦士と戦士の勝負の決着がついた。


「ごふっ……!」


 少年の胸を刺し貫く、天授の朱槍ゲイ・ボルグ。

 彼はわかっていた。これが、己の心臓を差し穿っていると。


 左右の目に七つの宝石飾りをつけた男は、吐血する彼を見下し、一瞬だけ首をかしげるも、すぐにゲイ・ボルグを彼の胸から引き抜く。

 少年の胸を穿った男は、冷たい視線を少年に向け、言う。


「名乗りもしねえ男にしては、いい太刀筋だった。__まあ、俺には及ばないが」

「……!」


 少年は口を開こうとする。しかし、かひゅ、と喉から息が抜けるだけで、声は出ない。出せない。


__悔しい。


 少年の胸に、熱い血が滲み広がる。滑り落ちた剣が、地面に落ちる。瞳から、血の涙がこぼれる。


__悔しい。悔しい。


 己に課した縛り(ゲッシュ)が、返り血を浴びてなお美しい目の前の男を『×』と呼ぶことを許さない。既に動かぬこの体が、彼と戦うことを認めない。

 手を伸ばす。気が付いてほしくて。


「……ぁ」


 だが、伸ばそうとした手が、目の前の男に切り払われる。なくなった左手の痛みを覚える暇すらなく、彼の意識は闇に沈んだ。

 七つの宝石飾りを目の周りにつけた男、××・××××は、心臓を刺し貫かれ死んだ彼を一瞥し、槍を振り払い血を弾き飛ばした後、そのまま去っていく。……彼が、己の息子だとは気が付かないままに。


__認めてくれよ、オレを……!


 叫んだ声も、猛る悲鳴も、もはや届きはしない。幼いころからのあこがれも、憧憬も、もはや表すことができない。


__くやしい……!


 超えたい。超えたい!!

 オレは、××を、××・××××を、超えたい!!


 燃え上がるように熱せられる血。こぼれる涙。だがしかし、もうすでに体は動かない。穿たれた心臓は、もう二度と動くことはないのだ。


__こうして、アルスターの大英雄とオイフェの息子は、死に至った。

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