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燃えない焼却炉

作者: ウォーカー

 これは、ある小学校の古い焼却炉と、男子小学生の話。


 放課後の小学校。

その男子小学生は、ゴミ当番の仕事をしていた。

この小学校には、古くて大きな焼却炉があって、

毎日、そこでゴミを燃やすことになっていた。

焼却炉の扉を開けて、持ってきたゴミ箱の中身を注ぎ入れる。

ところがそこで、その男子小学生の手が止まった。

「・・・まただ。

 またゴミが、燃えずに残ってる。」

その男子小学生は、焼却炉の中を見て言葉をこぼした。

焼却炉の中には、子供用の破れた上履きが、燃えずにそのまま入っていた。

この小学校の焼却炉は、古いせいか、

時折こうして燃え残りが見つかることがあった。

「今日の午前中に燃やした分の、ゴミの燃え残りかな。

 仕方がない。先生に報告しておこう。」

その男子小学生は、焼却炉の中にあった上履きを取り出し、

代わりにゴミ箱の中身を捨てて、職員室に向かった。


 「失礼しまーす。」

その男子小学生が、燃え残ったゴミを持って職員室に入ると、

担任の先生が、またかという表情で出迎えた。

「おや。もしかして、また燃え残りが見つかったのかい。」

「はい。今日は、上履きが入ってました。」

「あの焼却炉は古いからなぁ。

 しかし、困ったものだ。

 そもそもあの焼却炉は、残った灰を肥料にするから、

 葉っぱとか枝しか燃やさない決まりになっているんだけどねぇ。」

担任の先生は、困ったものだと腕組みした。

それから、表情を崩してその男子小学生に話しかけた。

「ともかく、ゴミ当番ご苦労さま。

 燃え残りは、そこのゴミ袋に入れておいてくれ。

 まとめて外部のゴミ収集に出しておくから。」

職員室にあるゴミ袋には、

子供用の古い衣類などのゴミが入っていた。

「えっと、先生。

 ここにあるゴミ袋の中身って、焼却炉の燃え残りなんですか。」

「そうなんだよ。

 今月だけで、もう何個も見つかってるんだ。

 市役所から、ゴミを減らすようにと厳しく言われているから、

 燃え残りのゴミがでるのは、学校として困ったことなんだよ。

 でも、焼却炉を修理するお金なんて無いし、使い続けるしかないんだ。」

そこで言葉を区切って、担任の先生は首をひねった。

「しかし、あの焼却炉で見つかる燃え残りは、

 何故か子供の持ち物ばかりなんだよなぁ。

 それに、仮に誤って燃えにくい物を入れてしまっても、

 大抵はそのまま燃えてしまうものなのに、

 ほとんど焦げていない状態の物が何度も見つかるなんて。

 やっぱり、誰かがこっそりゴミを捨てているのかなぁ。」

担任の先生が考え込んでしまったので、

その男子小学生はお辞儀をして、職員室を後にした。


 その男子小学生が、ゴミ当番の仕事を終えて教室に戻ると、

そこには、放課後にも関わらず、何人かの生徒たちが居残って集まっていた。

その男子小学生が教室に戻ってきたのを見て、そこにいた生徒が声をかけてきた。

「やっと戻ってきたか。

 みんなで、かくれんぼしようぜ。

 放課後の学校でやったら、面白いと思うだ。」

かくれんぼと聞いて、その男子小学生はランドセルを背負う手を止めた。

「かくれんぼ?いいね。

 もちろん、僕もやるよ。

 まずは、言い出しっぺのお前が鬼だぞ!」

「よーし、じゃあ5分経ったら探しに行くからな!」

生徒たちが、わっと散り散りになって駆けていく。

そうしてその男子小学生は、

放課後の学校で、クラスメイトたちとかくれんぼを始めた。


 放課後の学校で、かくれんぼ。

隠れる場所はたくさんあるようで、

鬼に見つかりにくい場所を探すのは、意外に難しい。

なぜなら、学校は基本的に見通しが良いように作られているから。

廊下に遮蔽物は少なく、窓は大きく、中が見えない部屋は少ない。

その男子小学生と生徒たちは、

かくれんぼで隠れる場所を探して悪戦苦闘している。

「教室の机の下なんてどうだ?」

「廊下から窓を見たら、教室の中が全部見えちゃうよ。」

「じゃあ、屋上に隠れようか?」

「屋上に行く扉は、いつも鍵が掛かってるよ。」

「う~ん、仕方がない。

 じゃあ俺は、掃除用具入れの中に隠れよう。」

「俺は、教卓の下に隠れておくよ。」

生徒たちは、思い思いの場所に身を潜めていく。

しかしそのどれも、あまり良い隠れ場所には見えない。

鬼が移動を始めたら、すぐに見つかってしまいそうだ。

教室の中には、良い隠れ場所はないだろう。

そう考えたその男子小学生には、隠れ場所に心当たりがあった。

教室を通り過ぎて、ある場所に向かう。

その男子小学生が、一直線に向かう先。

それは、あの焼却炉だった。

学校の焼却炉は、古く大きく、

外見はちょっとした小屋くらいの大きさがある。

それが良い隠れ場所になると考えたのだった。

「あの焼却炉の中に入れば、そう簡単には見つからないだろう。

 今日の分のゴミを燃やすのは、明日の朝になってからのはずだから、

 今なら焼却炉の中に入っても大丈夫なはずだ。」

そう考えているうちに、焼却炉までたどり着いた。

思った通り、焼却炉に火はついていない。

焼却炉の扉を開けて中を覗く。

中には、さっき入れたゴミがそのままになっていた。

「火がついてなくても、焼却炉の中は暗くて息苦しそうだ。

 やっぱり、こんなところに入るのは気が進まないな。

 でも僕、かくれんぼでも鬼ごっこでも、ずっと負けっぱなしなんだよな。

 そろそろ活躍しておかないと、みんなに遊んで貰えなくなりそうだ。

 折角見つけた隠れ場所なんだから、我慢して入ろう。」

その男子小学生は、決意を固めると、

焼却炉の中の落ち葉や木の枝をかき分けて、

ゴソゴソと潜るように中に入っていった。


 その男子小学生は、身体を屈めて焼却炉の中に入り込んだ。

焼却炉の中は意外に大きく、

奥は小さな部屋くらいの広さがあるようだった。

後ろの開けっ放しの扉から、陽の光が射し込んでいる。

「焼却炉の中に隠れるとして、

 広さは問題ないけど、中は煤で真っ黒だ。

 それに、燃えカスのすごい匂い。」

その男子小学生は、手近なところにあった紙を広げて、その上に腰を下ろした。

遠くからは時折、生徒たちの悲鳴のような声が聞こえてくる。

何人かがもう、鬼に見つかってしまったようだ。

焼却炉のすぐ近くを、子供が走り抜ける音が聞こえる。

しかし今の所は、焼却炉の中にその男子小学生がいることに、

誰も気がついていないようだ。

「よし、上手く隠れられたみたいだ。

 このまま焼却炉の中で、終わりまで隠れていよう。」

煤で真っ黒になった腕で額の汗を拭うと、

その男子小学生は、蒸し暑い焼却炉の中で息を潜めた。


 その男子小学生が、焼却炉の中に隠れてしばらく。

遠くで上がる声が、だんだんと少なくなってきた。

「・・・静かになってきたな。

 僕以外はみんな、鬼に見つかったのかもしれない。

 そろそろ焼却炉の中から出てみようか。」

立ち上がろうと腰を上げる。

その時。

焼却炉の前に、人が近付いてくる気配がした。

「まずい、鬼が焼却炉の前に来たか。」

しかし、近付いてくる足音は重く、どうやら大人の足音のようだ。

足音が焼却炉の前で止まると、

開けっ放しの扉から、バサバサと物が無造作に注ぎ込まれた。

焼却炉の前にいる何者かが、独り言を言っている。

「今日は、いつもよりゴミ出しが遅れてしまったな。

 ゴミがいっぱいで、焼却炉に収まりきらないぞ。

 仕方がない。

 中に入ってる分を、先に処理してしまおう。」

どうやら、焼却炉の前にいるのは、学校の用務員のようだ。

用務員は、焼却炉の中に人が入っているなどとは夢にも思わず、

中にその男子小学生を入れたまま、焼却炉に火をつけようとしている。

その男子小学生は、それに気がついて、

背中に冷たいものが流れ落ちた感じがした。

慌てて立ち上がろうとするが、足がうまく動かない。

代わりに、ゴミで埋もれた焼却炉の入り口に向かって、声を上げる。

「ま、待って!中に人がいます!

 今、外に出ますから・・」

しかし、その声は用務員に届かなかったのか、

焼却炉の扉がガシャンと閉じられてしまった。

途端に、焼却炉の中が真っ暗になる。

「扉を閉められた。出口はどっちだ?」

その男子小学生が、真っ暗になった焼却炉の中を、四つん這いの手探りで進む。

すると、真っ暗な焼却炉の中に、ぼんやりと明かりが灯った。

明かりは、だんだんと強く熱くなっていく。

「熱い!・・・これって、まさか!た、助けて!」

目の前が、真っ赤に燃え上がっていく。

巻き起こる煙で、意識が遠くなっていく。

それが、その男子小学生が見た、最後の光景だった。


 それから数十分後。

ゴミを燃やし終わった焼却炉の前で、用務員が大騒ぎをしていた。

「た、大変だ!焼却炉の中に・・・!」

すぐに先生たちが集まってきて、焼却炉の中の物を引っ張り出した。

「よいしょ!・・・これは、何だ?」

焼却炉の中から出てきたのは、煤だらけの大きな卵だった。

その卵は、人間の子供の大きさくらいはあろうかという巨大なものだった。

先生たちが顔を見合わせる。

「どうします?これ。」

「どうするって、中を確認するしかないだろう。

 生徒が一人、いなくなったんだ。

 早く探さなければ。」

先生たちが、おっかなびっくり卵の殻を割っていく。

そうして、大きな卵の中から出てきたのは、その男子小学生だった。

その男子小学生は、眠るように穏やかな表情で、

膝を抱えるように身体を丸めて、卵の殻の中に収まっていた。

先生たちが、血相を変えて騒ぎ始めた。

「子供だ!子供が、卵の中に入っていた!

 焼却炉で、生きた子供を燃やしてしまった!」

卵の中から出てきたその男子小学生に意識はなく、

先生たちが持ってきた担架に乗せても、ぐったりと横たわっていた。


 それからすぐに救急車が呼ばれ、救急隊員が学校に到着した。

手際よく、意識がないその男子小学生の身体を確認する。

そして、救急隊員は首を横に振った。

「信じられない。

 簡単に確認をしましたが、

 かすり傷程度で、大きな怪我や火傷は見当たりません。

 詳しくは病院で検査しなければわかりませんが、

 火がついた焼却炉の中にいたとは、とても思えない。」

その男子小学生は、念の為に病院に運ばれたが、

病院に行く途中で意識を取り戻すくらいに、ピンピンしていた。

病院での検査の結果、

その男子小学生に、大きな怪我や火傷などはなく、せいぜい軽傷といったところ。

焼却炉の調子が悪いのに助けられたのか、

あるいは卵の殻に守られていたおかげか、

その後すぐに良くなって、また元気に遊び始めたのだった。


 その男子小学生の事故からしばらくして。

あの学校の焼却炉は、危険だということで、取り壊されることになった。

子供たちがいない休日にあわせて、学校に重機が入れられ、

あの焼却炉は簡単に壊されてしまった。

しかしそこで、ちょっとした騒ぎがあった。

焼却炉のどこに紛れ込んでいたのか、

壊された焼却炉の瓦礫の中から、

煤にまみれた人骨のようなものが発見されたのだ。

見つかったその骨は、すぐに調査されることになった。

調査の結果。

焼却炉の瓦礫から見つかったその骨は、

どうやら人間の子供の骨らしいということ。

とても古いもので、最近亡くなったものではないらしいということ。

そして、削って粉にでもしたかのように、大きくすり減っていたということ。

そういったことが、明らかになった。

しかし、その人骨の身元が明らかになることはなかった。


 そんなことがあって、現在。

学校の焼却炉の跡地には、慰霊碑が建てられていた。

その慰霊碑の前で、子供たちが手を合わせている。

「御守りさま、みんなをお守りください。」

「今日も怪我しませんように。」

そうして今日も、その慰霊碑の周りで、

子供たちが元気に駆け回っているのだった。



終わり。


 焼却炉から人骨が見つかるという、よくある話を基に、

人が土地神になるというような話を作ろうと思って、この話を書きました。


お読み頂きありがとうございました。


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