56話 知らないうちに神様になっていた。
床に座り込んでから、5分くらい経ったかな。
直に床に座っているから、ちょっと下が固いし冷たい……。
それに、おしりの脂肪が糖尿病の激ヤセで落ちてしまったから、仙骨やら何やらの骨が当たって痛い。
ダレンさんの言う通り、身体はどんどん楽になってきている。
透析不足が解消されているのだから、この世界に来た時よりは随分マシなはず。
ステータスを見るために、じっと手のひらを見つめる。
名前 :小林直樹
種族 :人間
ジョブ:なし
レベル:1
HP :100
MP :30
力 :4
敏捷 :4
体力 :4
知力 :30
魔力 :30(腎臓内に10万)
運 :20
透析不足ではなくなったので、ステータスが上がっている。
これが本来のステータスなんだろうか。
透析患者の身体能力は健常者に比べて半分くらいしかない、と何かで読んだことがある。
ましてや、糖尿病もあるし……透析不足が解消してもこれが精一杯なのかもしれない。
ゴブリンやダレンさんのステータスに比べると、ゴミのようなステータスだ。
唯一の救いはマジックポイントが上がっていることかな。
蛇料理や命を懸けて使った魔法のお蔭でだいぶ上がっている。
もう白い世界に行かずに、魔法を使うことができるかもしれない。
でも……みんなに心配かけちゃうからなあ。
目の前にいる二人へ目をやる。
二人共俺のことを心配して、待ってくれている。
俺のことを気遣ってくれる人がいるのに、気軽に魔法を試すのは気が引けてしまう。
何でかわからないけど、どうやら俺と同じように二人とも床に直座りらしい……。
床に転がる光の球体から、顔がポンと出ていて足首がちょこっと見える。
足首と頭の位置から体育座りっぽい。
椅子に座ればいいのに……。
これって、光の球はホログラムだから全裸なんだよな。
想像すると、何だか変な感じだ。
ダレンさんは元々が布一枚みたいなものだけど、普段から服を着ている俺は落ち着かない。
見えてないのだろうけど、ゴブリンは俺の方をぼーっと眺めているから恥ずかしくなる。
俺の身体にそんなに興味があるのだろうか。
でも、弱っちい俺に興味があるなんて考えにくい。
そっか……、ずっと寝てたから寝癖が立っているんだな……。
俺の鼻毛が気になるくらいだから、寝癖も気になっているに違いない。
ゴブリンってそういうのが気になるなんて、女の子だなあ。
変な勘違いをするところだった。
そんな事を考えている内に身体はずいぶん楽になった。
「うん、もう大丈夫みたい」
俺は立ち上がろうとする。
すると、ゴブリンが目の前に来て、手を差し伸べてきた。
何だか、優しい……。
優しいけど、怖い……。
また、強く抱きしめられると痛みに耐えられないかもしれない。
加減が違えば、ヤバイ結果に。
本人は悪気がないのかもしれない……。
でもきっと、親切心からの行為だ。
優しく扱おうとするあまり、必要以上に近づいてしまうのかもしれない。
何もかも、俺のステータスの低さを思いやるあまりの不可抗力だと思う。
俺は怖いので、一瞬躊躇ってしまった。
けれど……悪いなと思って両手でゴブリンの手をゆっくりと握る。
ゴブリンは俺の左手を握り、俺はその手に右手を添える感じだ。
俺よりめちゃくちゃ強い彼女の指先は、人間の女性と全く変わらない指先。
手の甲はみずみずしく滑らかで、手の平は柔らかく……そして熱い体温を宿している。
更には、汗ばんでいて、いくらか湿り気を帯びていた。
俺のカサカサで、抹消循環不全の冷たい手とは対照的……。
俺の絶望的にエネルギー不足な手の平は、ゴブリンの熱くて潤いに満ちた状態をより刺激的に伝える。
ゴブリンの手の感触は女性的な何かを帯びているようだ。
ゴブリンは強い腕力で、すっと上に引き上げてくれた。
「ありがとう……」
一人でも大丈夫だったけど、ご厚意に頑張って甘えて、立ち上がった。
何かあったら怖いので、ゴブリンの手から両手を離そうとする。
けれど、ゴブリンに握られている手の方は自分で抜こうと思っても全く動かない。
「大丈夫? お兄ちゃん」
大丈夫じゃない……手が抜けないよ。
でも、この言葉の意味はそういうことじゃないと思う。
「もう、慣れたから大丈夫だよ。これからは、装備を脱いだら10分間は休むことにする」
休めば大丈夫なのだから、このことに関しては別に心配させることはない。
「じゃあ、行こう」
早くお風呂に入らないと、夜中のお昼を超えてしまう。
「うん」
返事はされたけど、手の力は一向に緩まない。
ゴブリンは俺の顔をジッと見つめている。
今度は何だろう?
「ゴブリン……。手が抜けない」
痺れを切らして、伝えた。
「あ、ごめん……つい、うっかりしちゃった」
そっか、疲れてボーッとしちゃったのか。
ゴブリンは頬を赤らめて恥ずかしそうに手を離してくれた。
ボケてしまったのが恥ずかしかったらしい。
ダレンさんは俺らのやり取りを眺めていた。
「あの……ちょっと、アピールがあからさま過ぎません?」
何が?
ダレンさんが意味のわからないことを言っている。
「アピール? 何のアピール?」
聞いてみる。
「……え? 何がって……小林さん……」
ダレンさんは何か言おうとした。
けれど、ゴブリンが恥ずかしそうにしたのを見て止めてしまった。
何故かゴブリンは何も言わずに湯煙の中へ、猛ダッシュで消えていった。
「小林さんって、アホの神様だったんですね」
俺は知らないうちに神様になっていた。
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