42話 返血しよう
ベルさんがシャワーに行っちゃったから、ゴブリンとダレンさんと俺が透析室に残ってる。
ダレンさんは、いつもなにか読んでるから、やることがあって羨ましい。
俺なんか、ただ寝ているだけだし……。
ゴブリンも暇だから、ベッドのふちに座って足をブラブラしながら、ボーッとしてる。
もう、返血して貰おうかな。
透析回路の中の血液を身体に戻すのだって、時間がかかるし……。
処置だって時間がかかる。
ゴブリンがシャワーに入った後にダレンさんが俺のために待つなんて、なんか悪い……。
「ダレンさ~ん」
「……」
聞こえてない?
「ダレンさん、ダレンさん」
更に呼んでみる。
「え? あ……、何ですか?」
論文を読むのに真剣だったみたいだ。
そんなに医学論文なんて楽しい?
頭が痛くなるだけだと思うよ。
まあ、頭使うから入り込んでいってしまうのかもしれないけど。
「ごめん、ダレンさん。真剣なところ。そろそろ透析を終わりにしてくれない?」
「もう、終わります? お昼前から始めて、今が午後9時ですから……問題ないですね」
あれ? もう9時?
ご飯食べる前は7時くらいだったのに……。
ほら~、みんながのんびりしてるから~。
あ、俺も食休みしすぎちゃったかな。
今日はこの分だと寝る時間が遅くなっちゃうな。
12時までに寝ないと、肌の新陳代謝の効率が落ちて美容に悪いよ。
「ダレンさん、お願いします」
「はい」
ダレンさんは返血を始める。
じっと観察。
やり方は厚生労働省がネットで公開しているマニュアルに準じてるね。
まあ、血液透析の返血は安全性を確保できていれば俺は文句ない。
エア返血はしないでね。
生理食塩水で洗いながら返す……のではなくて空気で押し戻していくのがエア返血。
ちょっと、行き過ぎると身体の中に空気が入っちゃうの。
昔は結構、やってる施設多かった。
自分が初めに働いていた施設でも、昔はやっていた。
今でもやっている施設あるんだってね。
怖い怖い……。
自分が透析患者になって、実感するエア返血のリアルな怖さ。
医療施設はエア返血を1回すると、生理食塩水1本分のお金を節約できる。
大体、ジュースが1本買えるかな~くらいの金額だけどね。
そのエア返血中の不注意で亡くなった人もモチロンいて……。
返血方法について、患者は口を出すべきだよ。
日常だけど、命懸けの治療なのだから。
ダレンさん……、俺は普通に血を身体に返してくれればゼイタク言わないからね。
あと、言わせて貰えるならローラーポンプもできるだけ、ゆっくり回してくれればなお嬉しい。
返すのが、ゆっくりであればゆっくりな程……身体が楽。
普通の施設で、普通に返血している80ml/minの速度だって、点滴の速度にすると4800ml/hだよ。
胸が苦しくなっちゃうよ。
「ダレンさん、返血のローラーポンプの速さいくつ?」
「1分間に30mlくらいにしてます」
「ダレンさん、流石です……」
ダレンさんから、愛を感じるなあ。
外来の透析室では、なかなか難しいのかもしれないけど……。
理想は、できるだけ身体に負担が掛からないようにするべき。
それにしても、いざ自分がされると気になっちゃうものだなあ。
患者さんもこんな気持ちだったんだね、きっと。
すっかり血液回路の中の血液が俺の身体に戻って、返血が終わった。
長い時間透析をやって、慣れたつもりだったけど、やっぱ終わるとスッキリする。
自由になった感じがする。
「小林さん、お疲れ様です。首の保護剤も一緒に替えてしまいますね」
「ありがとう……ダレンさん」
首のカテーテルの刺さっている所はいわば傷。
その傷を覆っているフィルムを張り替えてくれる、ダレンさん。
傷の周りを清潔にして、観察してフィルムで保護してくれている。
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