36話 黒歴史には蓋を
「時間はどんどん加速した。朝起きて、四角い箱で働けば、魔法が掛かって星が輝く」
この人が感じてる時間は流れるのが早いんだろうな。
仕事に行くと、朝出勤してるのに帰ると真っ暗で、1日が終わってるんだよな。
もったいないなあ、って思ったっけ。
「人生は長いはずなのに、電光石火で削れていくよ。僕の心と体は骨粗鬆症……」
ずいぶんとマニアックな表現。
変わった人なんだろうなあ。
「黒い谷、どこまでも黒い医療の現場。医療ミスでも家族に感謝され、命の光は悲しそう」
何を見てきたんだろう。
人が亡くなっているのをたくさん見てきて、沈んでるのかな。
共感できるなあ。
「命の光はどこに行く、東の夜空、森の中、向こうの山を越え、街を抜けて……僕の所へ」
何か、聞いていて変な感じがする。
「……」
「輝く星よ、爽やかな風よ、この世界の暗闇よ。世の理を正して、癒しておくれ」
「……」
「僕の心と、命と、願いを載せて。街を抜け、向こうの山を越え、谷を越え、西の空へ、どこまでも」
「これってさ、作者って書いてあるの?」
「雲と空」
「あれ? そう? ……下手クソな詩だね」
これって、俺が書いた詩だったと思う。
パソコンは元の世界で処分されたと思うんだけどなあ。
おかしいな、ダレンさんを呼ぼう。
「私は疲れた感じが好きですけど」
「そうかな……、俺は好きじゃないかな~なんて……。この本ってどこにあったんですか?」
「透析室を出た待合室の隅にある本棚です」
そんなところに、本棚?
全然気付かなかった。
「ベルさん、ちょっとダレンさんに用があるんだけど……呼んでもらっていいですか?」
「え? 声を出せば気付くんじゃないですか?」
「ゴブリンが寝ているのと、ダレンさんが真剣そうだから気付かせるの大変そうだから……」
「あっ、ああ……。そうですねえ。気付きませんでした」
ゴブリンが寝ているのを見て、しまった……という表情を見せる。
さっきまで、大きな声で詩を読んでいたからね。
でも、そういうのって目が覚めないものだと俺は思っている。
却って心地いいものだと思う。
事実、目が覚めていないのだし。
呼びかける声とは、別物だと思うよ朗読は。
「ダレンさーん、小林さんが呼んでますよ」
何故か、小声でダレンさんに話しかけてる。
「はい? ああ、今行きます」
ダレンさんが俺の直ぐそばまで来た。
「あのさ、ベルさんが持ってきた詩集……俺のパソコンの中に入っていたものだと思うんだけど」
「何ですか?」
「だから……俺がこの世界に来る前に書いた詩が、何でこの病院にあるの?」
「ああ……、バアルさんがたまたま、手下を飛ばせていたら見つけたので持ってきたって……」
「え? それいつですか?」
「ワタクシが最後に戻った時に、病院に置いてねって渡されましたが……」
「昨日じゃん……」
「パソコン処分するみたいだから、使えそうなデータだけ抜き取ってきたって言ってましたよ」
「黒歴史が……」
「偶然ですね。小林さんのパソコンだったんですか。良いものが沢山入っていたらしいですよ」
うん……、きっとあれとか、アレとか……あれとか、あれだな。
俺も男だから、しょうがないじゃないか。
入院する前に、処分しておけばよかった。
「あの……待合室の本棚の中って……」
「ええ、小説やら詩やら日記やらが書籍化されてます」
「……」
燃やすしかないな。
一刻も早く燃やそう。
「小林さん、今度は小説見つけましたよ」
ベルさんが詩集だけに飽きたらず、小説まで持ってきた。
あれは、忙しくない時を狙って少しずつ書いていた小説……。
「ダレンさん、待合室の本棚は燃やしましょう」
「あの本棚と本なんですが……全ての魔法に耐性を持っています。2000年は無傷ですね」
「じゃあ、捨てましょう」
「バアルさんの目にとまったのですから、諦めてください。小林さんだと言わなければ?」
そうか、考え方だね。
あれは俺とは別人……別人……別人。
うん、別人だ。
俺とは関係ない。
ベルさんがどんなに、あの本棚の本を読もうが、関係ないと思うことにした。
俺はたまたま、本の内容を知っているだけだ。
そう思って、気持ちを落ち着かせた。
「そういえば、小林さん。試したいものがあるんですが……」
「え? 何ですか急に」
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