17話 ゴブリンの俺への信用はとても低いようだ
「ダレンさーん」
ダレンさんを呼んでみる。
もし、水が出たら濡れてしまう恐れがあるし、容器が欲しい。
いつの間にかダレンさんは、入口のカウンターのところで読書をしていたようだ。
何かの論文らしく、難しそうな名前の本の表紙がチラリと見える。
「どうしました? 気持ち悪いですか?」
心配そうな顔をして、こちらに歩み寄ってくるダレンさん。
「何か入れ物ないですか? バケツみたいな」
「……吐きそうなんですか? すぐ持ってきます」
論文をその場に置くと、見えない速さでナースステーションの方向へ消えていった。
「はいどうぞ」
ダレンさんが持ってきたのは、ガーグルベースン。
「ありがとう」
嘔吐物を入れたり、うがいや歯磨きの時にすすいだ水を受け止める容器だ。
ダレンさんは俺の様子を観察している。
どうやって、魔法を出すんだろう。
「ウォーター」
うん、出ない。
集中が足りないのかな。
こういうのって、言葉じゃないんだろう?
言葉はただカッコイイから言うだけで、意味がないのだと思う。
「小林さん、水が飲みたいのですか?」
「違うよ、ちょっと試してるんだ」
手の平に水を意識する。
水出ろ。
プシュー。
ガーグルベースンに向かって、水が少し出た。
「やった、出た……」
あ、あれ?
意識が落ちていく。
「小林さん? 小林さん! ……こば……」
なんだ? ダレンさんってば、大きな声出して……どうしたのだろう。
それに、そんなに離れていくことないのに。
ダレンさんの声が、どんどん遠のいていく。
視界は周りから徐々に白いものが覆ってきて……。
すっかり、白いものに覆われるともう何も見えない。
白い世界だ。
だけど、しばらく見ていると目の前に人が現れた。
「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない」
ハゲのダレンさんだ。
この姿は久しぶり……、なんて懐かしいんだ。
こっちのほうが、ダレンさんはダレンさんらしい気がする。
「……小林さ~ん……」
遠くで小さな声でダレンさんの声が聞こえた。
ここにダレンさんいるのに、もっと遠くの方からだ。
「……ブイエフ~!!」
ダレンさんが叫んでる。
今度は大容量の声がこの世界を震わせる。
「除細動器270ジュール、ショックします」
ビビビビビビビ…………ビーーーーーーー。
除細動機の充電する時の音が聞こえた。
ダレンさん、何言ってるの?
次の瞬間……。
ドンッ。
身体に衝撃が走る。
「う~……。いってー。……あれ?」
ハゲのダレンさんがいない。
透析室の天井が見える。
「気付きましたね。小林さんは魔法を使ったのと同時にMPを使い切ったみたいです」
ダレンさんの声がすぐ傍で聞こえた。
「お兄ちゃん? 大丈夫?」
ゴブリンは心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでいる。
「変なことしないでください。透析中ですよ。心臓まだ、自分で動いてないんですよ……」
ダレンさんは困ったような顔だ。
「透析は?」
俺は透析中だったハズ……。
「一瞬だったから、そのまま回ってます」
こういう時に魔法を使うものではないらしい。
死ぬところだった。
[除細動器BELL-822はレベルがあがった]
[BELL-822は電磁砲を覚えた]
また、空耳が聞こえる。
[小林直樹はカウンターショックの治療によってサンダーを獲得した]
また、何か覚えた?
自分のステータスを見てみる。
今度、覚えたのはサンダーのようだ。
MPは10?
さっきと同じ……。
自動でマジックポイントが回復している?
俺にそういう能力があるのか分からないけど、マジックポイントは命に関わるようだ。
ブイエフって、心室細動だし……。
心臓の全身に送り出す方の部屋が震えて、血液を送り出すことができなくなる致死性の不整脈だ。
心房が震える分にはまだ機能が下がるだけでも、心室が震えるのは死につながる。
少し大人しくしていよう。
天井をボーっと眺めてみる。
少し眠くなってきた。
適当に目を瞑って微睡んでみた。
長い透析時間を透析患者の90%以上は眠って過ごすらしい。
気持ちがわかる……。
◇◇
どれだけ時間が過ぎたのだろう、少し眠った気がする。
腕時計を取り出そうとしたが、魔法バッグはサイドテーブルの上に置いてある。
「そろそろ、除細動器のぺーシング機能を切ってもいいですかね、ちょっと試してみます」
ダレンさんが設定してある脈拍数を下げていく。
「うん、自分の脈拍で打ててますね。電気を止めて……様子を診させてください」
「おお~。ピリピリが止まった。パッドも剥がしてよ」
除細動器のパッドは大人の手の平よりまだ大きくて、肌に当たる側はジェルみたいなものがついている。
パッドが貼り付いていると濡れたものが付いているみたいで気持ちが良くない。
「ダレンさん、ダメですよ。お兄ちゃんは絶対に馬鹿なことするから貼っておいたほうがいい」
ゴブリンはこの不快感からの解放を邪魔してきた。
「いいよ。剥がしてよ~。大丈夫だから」
「どうしましょうか……。小林さんを信用していいのですかね」
ダレンさんはどうしようか……考えあぐねている。
「頼むよ、ダレンさん。お願い」
潤んだ瞳で懇願する。
「……小林さん。わかりました……外しましょう」
「やった」
流石、ダレンさんちょろいぜ。
「お兄ちゃん。魔法をいつ使えるようになったか知らないけど……、危ないから使っちゃダメだよ」
ゴブリンがやや威圧感を含んだ目つきで、俺の方を見る。
「……わかってるよ、気を失うの嫌だから」
それでも、その言葉を信じられない……という様子で俺のことを注意深く見張っているゴブリン。
ゴブリンの俺への信用はとても低いようだ。
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