14話 透析は8時間以上で
そこに、ゴブリンが頼まれていたシリンジを3本もってやってきた。
シリンジをダレンさんの傍に片手で置くと、付け加えて言った。
「ダレンさん、はい。消毒するポピドンヨードスワブとガーゼも持ってきました」
ゴブリンは消毒液付きの綿棒がパッケージされているもの数本と、ガーゼが数枚包装されたものをいくつか差し出した。
「ありがとうございます」
それらを受け取った後に、透析の回路をチラッと見て思い出したように言葉を発した。
「そうだ、抗凝固剤を忘れてる」
ダレンさんは見えない速さで抗凝固剤を奥のナースステーションから持ってきて、血液回路に装着した。
そして、俺の首のカテーテルの管の固定をほどき始める。
透析装置の傍にあった手袋を装着すると、赤い色の管の先のキャップを外し、ポピドンヨードスワブで消毒した。
シリンジで10ccほど、管の中の生理食塩水とヘパリンと血液が混ざったものを引く。
ペアンで噛まれた血液回路のキャップを外し、透析装置のスタンドにかける。
首の管のシリンジを外して、もう1本のシリンジを首の管に繋げると、更に引いて血液を吸い出した。
わずか2~3ccほどの少ない血液は、採血管に入れるわけでもなくシリンジでそのまま、避けてある。
採血用の血液かなって、思う。
ペアンで噛んで掛けてある血液回路を片手でスタンドから外した。
さっき、キャップをあらかじめ外しておいたので片手で操作可能になっている。
血液回路の脱血側の管を首の赤い方の管に繋げる。
「もう1本の管も首に繋げられます? 朝に首の処置をしたのなら出来ますよね?」
ダレンさんは傍に居たゴブリンに唐突に仕事を振った。
「はい……。できます」
ゴブリンは急に振られて、少し驚いた様子を見せるが了承する。
とは言っても、シリンジを外して回路を首の管につなげるだけ。
ゴブリンはダレンさんと場所を入れ替わると、ダレンさんと同じ大きさの手袋をした。
ダレンさんは避けてあった血液が2~3㏄入ったシリンジを持って、その場から離れた。
きっと、血液ガスを測りに行ったのだろう。
ゴブリンはダレンさんの手技と同様にして血液回路と首の管を繋げた。
首の管を繋げて数十秒待っていたら、血液ガスの結果を見ながらダレンさんが戻ってきた。
「ありがとうございます、それでは透析を始めましょうか」
血液回路を噛んであるペアンが脱血側と返血側の両方から外された。
ダレンさんは透析装置を操作し、血液ポンプを回し始める。
血液回路が透明な色から血液の色に変わっていくと、ダレンさんは人工透析開始のボタンを操作した。
「血圧を測って……と。除水は1.5kg位。血流は無理なく120㎖/分くらいで」
ダレンさんは独りごとっぽく、呟く。
「ダレンさん……お兄ちゃんはどうして、こんなことになっているんですか?」
ゴブリンはダレンさんの手が空くのを待って、話し掛けた。
「高カリウム血症です」
「え?」
俺はずっと黙っていたけれど、驚いて声を上げてしまう。
何故なら、〈病院の卵〉で出されたもの以外は食べていないからだ。
「すいません。小林さん。ワタクシが戻ってくるのが遅いばかりに」
「ダレンさん、何も高カリウム血症を起こすようなものは食べてないです」
何か俺が悪いことをしてしまったと、疑われているようで咄嗟に言った。
「実は、この建物を拡張するときにタブレットで確認したのですが……」
ダレンさんの微妙な間の貯めに、俺はドキドキしてしまう。
「……何かありました?」
「透析中に食べる食事が選択されてました」
つまり、長時間透析でカリウムが下がり過ぎるのを防ぐためのカリウムたっぷりの食事なのか?
「お兄ちゃん……ひょっとして、朝のあの時お兄ちゃんの時だけ、2回質問が出たから……」
「間違って……、というか分からなくて押しちゃったんだな」
どうりで、たった1食で高カリウム血症になったわけだ。
「ワタクシが遅刻したせいです」
ダレンさんが申し訳なさそうに頭を下げる。
前みたいに眩しくはない。
「いや、俺がよく見ないでやらせちゃったから。それに、今助けてもらってるし」
ダレンさんは悪くないと思った。
「ところで、小林さん……。透析は1日4時間とは言わず、8時間やるのがいいと思います」
「8時間か……透析不足だもんな」
日本の世の中の透析はほぼ4時間透析だ。
だけど、今の俺の状態はそれで透析不足。
日本透析医学会は4時間以上の透析を推奨しているが、8時間透析を行っている施設もある。
ヨーロッパでは4時間という透析時間では短すぎるという見解らしい。
8時間透析は健常人と同じ生活レベルのことを行っても、ほぼ身体能力は変わらないという話を聞いたことがあった。
それに、透析患者が妊娠して出産を行う場合にも毎日8時間透析を行ったという事例もある。
長時間透析をしばらく行うと、生理が始まってくると言っていた。
俺が普通の人間の体力を取り戻すのには8時間以上の透析は必要なのかな。
「食事も透析中に食べるようにして、足や手の運動は適度に行ってください」
ダレンさんがまるで医師のように説明している。
「筋肉が落ちやすいからか」
「寝たきりは良くないです。ベッドの上では最低限……身体は起こしておいてください」
動かないことが良くないのは良く分かっている。
けれど……何だか疲れた。
「今日は、少し休みたいな」
「そうですね……今日は寝ていていいですよ」
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