6話 ドロシー様と過去の違い
ドロシー様は世界管理者の試用期間のために、神殿に住むことになります。
そして、使いとなったワタクシも一緒に神殿に住むことになりました。
今日は、遅刻しないように30分前に神殿に到着です。
まだ、誰も来ていません。
青と白を基調に建てられたこの美しい建物は、心を清めてくれるような感じさえします。
石造りの大きな扉に、他の石材とは異なるツルツルとした手の平大のパネルが付いていました。
ワタクシは自分の掌をパネルに当てます。
パネルから放射線状に光が走り、静かに扉が開きました。
ワタクシが中に入ると、音もなく扉は閉まります。
シーンと静まり返る空間は気持ちを落ち着かせてくれました。
そういえば、ドロシー様と二人きりで話をしたのは、中学生の頃以来です。
中学生の頃は、今から200年くらい前。
この広い神殿にワタクシは独り……。
目を閉じて、神殿の空気を全身で感じようとします。
涼やかでひんやりとした感じが全身に伝わり、そこから生まれる神聖な感覚……。
身が清められる気分。
ドロシー様はどんな感じになっているのか、ドキドキしてしまいます。
遠くから、足音が近づいてきました。
ワタクシの遥か後ろの方から、少しずつ少しずつ近づいてきています。
「アタシがドロシーだよ。よろしくね。使いの人」
振り返ると、美しい女神様がいらっしゃいました。
黒いワンピースなんでしょうか。デフォルメしたドクロが散りばめられています。
手には杖を持っています。ドクロ模様がなければ良かったのに。
女神様なんだから、そこは白にしましょう、とか言いたくなります。
「よろしくお願いしますね、ドロシー様。ダレンが使いをやると、お父様から聞いていませんか?」
「え? ……ああ、ダレンね。ダレン。うん、よろしく」
ワタクシがイカした感じに変わってしまったので気付かなかったようです。
「ワタクシも世界管理者の使いは初めてなもので、色々不慣れなところがあるかもしれませんが、その点は今からお詫び申し上げておきます」
「大丈夫だよ。アタシは気にしないから」
「ドロシー様、性格変わられました?」
「え? どうして」
「容姿は同じなのですけど、話し方が変わったのと、服の趣味が変わったので」
「そう? 女なんて、時間が経てば変わるものよ」
「何か、嫌なことでもあったのですか?」
「べ、別に? 何もないよ」
「お父様の話が長すぎて、人生が嫌になったとか?」
「人生が嫌になるほどじゃないよ」
「ハゲでヒゲの神を好きになって、自分を変えようとしたとか?」
「それ誰? ダレンのこと? ハゲでヒゲはちょっと……」
「え? なんで? ハゲでヒゲが今、最高にイカしている存在なんですよ」
「……ダレンってキモイんだね。変なことしないでよ?」
「それじゃあ……どうしてですか? どうして、世界管理なんてものに挑戦しようと思ったんですか?」
「そりゃあ、神なら誰でも上は目指すもんでしょ? お父様は普段はケチだけど、管理者になるためのポイントだけはいつでも出してやるって、言ってたわよ」
「だって、ドロシー様は世界管理になんて興味ないって、中学生の時は言ってたじゃないですか?」
「そんなこと言ったっけ?」
「神様に生まれたこと自体がめんどくさい。長くなんて生きたくない。学校なんてツマンナイ。神様のために生きるなんて、テンションが下がるって」
「誰か、他の子じゃない?」
「そんなことよりも、短い時間で一生懸命に楽しんで、目一杯悩んで、自分と大事なもののために生きたいって、言ってましたよ」
「……」
「それが、急に試用期間を受けるというから、ずいぶんと変わったな……と思いまして」
「……」
「女の人って、そんなに変わるんですね。怖いな」
「……うん、女の人って変わるんだよ。別人みたいに」
「そうですか……」
「あれ? なんか、他の世界から第26世界に転移してくる人がいるよ」
「え? もう来たんですか? まだ初日なのに」
「直ぐ行こうよ。転移者の間まで、ワープできるようになってるから。アタシに捕まって」
「え? ええ」
「ちょっと、変なところ触らないでよ」
「不可抗力ですよ……。この前も、同じことを言われたような」
転移者の間につきました。景色が全て星空で、不思議なところです。
「えっと……小林直樹という人が来るみたいだよ」
「はい。わかりました」
確かに、誰かが歩いてきます。
そっと、転移者が来た時の対策マニュアル本を取り出してカンニングします。
なになに……今年の条件は、6という数字を一定個数集めた高エネルギー生命体……。
転移者が来たら、歓迎の意を言葉で伝えましょう……か。
転移者ってワープで来ると思ったら、徒歩なんですね。
いらっしゃったようです。
歓迎の意を言葉で伝えるんですよね。
「アタシの担当の世界へようこそ」
「ようこそ、よくきましたね、小林直樹さん」
「アタシはこの世界を担当する女神ドロシーだよ」
「ワタクシは使いの者でダレンと申します」
「条件が満たされたから、異世界転移されたんだよ」
「異世界転移?」
「それで、小林さんはこの世界を選んで、いらっしゃった。今年の条件は、6という数字を一定個数集めた高エネルギー生命体でしたっけ」
「転移というか徒歩なんだけどね~」
「異世界選択の草原で、選んだ方向が転移する世界なんです。偶然選んだかもしれないですけど、偶然も運命ですから」
「でも、いいんですか? 自分は……長くないですよ。」
「なにがですか?」
「命です。多分、人工透析を受けないと……腎臓が悪いので。やらずに持って2週間くらいの命ではないでしょうか」
「ああ、確かに。アタシが見る限り、強いエネルギーが入ってる」
強いエネルギー?
「強すぎて腎臓がダメになってる。あと、強いエネルギーがあるせいで、血液の中のものが上手く身体に取り込めないみたいだよ」
この方は何か障害があるようです。
「なるほど、だからこそ異世界転移の対象になったのかもしれないですね」
見るところ、この方に強いエネルギーがあるように見えないんですけど。
「その世界の異質なものを他の次元の世界に転移させて安定を保つためにあるシステムですからね」
弱そうだし。
本当にヘケトさんが言うような人物なんでしょうか。
でも、エネルギーを持っているとドロシー様が言うからには持ってるんでしょう。
ステータスが見られるようですし……。
きっと、エネルギーが高い存在なのでしょう。
「主にエネルギーが高い存在は引っかかりやすいですから」
でも、高いエネルギーが悪い影響を与えて病気になってるんですね。
「だからせっかく歓迎して頂いても、するだけ無駄なんです」
とりあえず、治療できれば大丈夫なのでは?
「ドロシー様。異世界転移特典は病気の治療にしたらどうですか?」
「う……ん。アタシも考えていたところだよ。でもね、アタシの異世界転移特典の項目に病気の治療はないんだ」
項目にない?
「ドロシー様って、案外使えないんですね」
あ、本音が。
「は? 今なんて言った?」
ドロシー様の顔がみるみる威圧的な表情に変わっていく。
これは、怖い。
「いえ、何も言ってないですよ」
「今、言ったでしょ? ちゃんと聞こえてるのよ。この、ボケ、ヒゲ、ハゲ、頭がまぶしいんだよ」
ドロシー様の知らない一面。
こんな事も言えたのですね。
「ひどいこと言いますね、今度、ドロシー様を信仰している美容院に行って、スポーツ刈りにしてくださいって嫌がらせしてやりますからね」
一度やってみたかった嫌がらせ。
テレビのコントでみて、ホントにやったらどうだろうって思ってました。
「ほら、小林さんが引いちゃってますよ。趣味は変なのに美人な人とか思われていたのに……。変な噂を流されて、信仰を失ってしまえ」
「趣味が変は余計だよ! どうして? ドクロンちゃんかわいい~」
……本気?
「……」
小林さんも、引いています。
そんなことより、仕事をしなければ……。
「いっそのこと、すんごい秘薬を渡して治してもらうとか、どうです?」
「ああいうのは大体が腎臓で代謝されるから、小林のように腎臓が壊れているとダメなんだよ。副作用で命が危ないよ。神様ポイントも足りないし」
「秘薬って、腎臓で代謝されるものは危ないんですか、初めて知りました」
何故か、秘薬について詳しいドロシー様……不思議。
「ドロシー様、真面目に考えてますか?」
転移者を支援できる最善の策は何でしょうか。
ここで、良い案が出ればヘケトさんの予言通りにはならないはず。
なかなか、良い案が出ずイライラしてきます。
「そうだ、ダレン。アンタに任せる」
「はい?」
「アタシは、ダレンが関わったほうがうまくいくと思う」
ドロシー様は急に何を言ってるのか。
「言ってる意味が分かりませんが……。ワタクシにはドロシー様のような権限はありません」
「わかってる。アタシだって、それくらいのことはわかってるの」
世界管理者の代理依頼は……使いは断れない……。
けれど、このままでは予言通りになってしまう。
「それじゃあ、折角この世界にいらした小林さんを見殺しにするんですか?」
ワタクシの言葉が通じているのでしょうか?
ドロシー様は大真面目な顔をして、まるで冗談のようなことを言い続けます。
「アタシにはこの転移者にとって、一番いい方法がわかるの」
「ドロシー様?」
一体どうしてしまったのか。
「アタシはこれから、その転移者の病気を治すために病院を建てるから……ダレン……頼むよ」
「頼むよって言われても……」
ワタクシへの依頼は無責任極まりないこと。
「うん……あと、もう一つ……」
遥か彼方の遠くの方を見つめながら、何か呟く。
「そうね。ゴブリン……。ゴブリンが頑張ってくれるわ」
「……ゴブリンですか。あの弱いモンスターでどうなるんです?」
「う~ん、アタシは神様ポイントないから、他に選択肢ないみたいね」
ドロシーは何かを見定めたかのような表情をすると、背中を向けた。
「ドロシー様。転移者を見捨てるなんてあんまりです」
気付いて欲しい。
昔から、そんなことをする人じゃなかったのに。
「ダレンさん……」
ドロシー様が瞬間移動で消えると、今までの星空が一斉に引いて行きました。
景色はぐるぐると回って、変わっていきます。
森の中の開けた場所に出ました。
身体に下界制限が掛かったのを感じます。
神界から、一気に下界に下りるとその負担は相当なもの。
この前は、下界でレベルがあがったので上がった感じがわかりませんでした。
しかし、今は身体が鉛のようです。
下界制限……恐ろしい。
ヘケトさんの話……、本当になってしまったようです。
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