5話 ドラゴン退治
バアルさんの家に戻ってきてから、ワタクシは自分のアパートに帰れずにいます。
このまま、ずっと……ここにいたい。
ここにいてもバアルさんにあまり余裕はなく、構ってもらえそうにはないのですが、バアルさんの姿を見ているだけで、幸せに思えるのです。
「ダレン」
「なんですか? バアルさん」
「ダレンはしばらく、帰ってこれないんでしょ?」
「ええ、ドロシー様の試用期間が終わるまで」
「様? ああ、使いになったからか……。何だか、気に食わないな」
「え?」
「よし、ダレン。レベル上げてあげるよ」
「なんですか?」
「世界管理者より、ステータスを上にしとくの」
「何のために?」
「嫌がらせ」
「嫌がらせ?」
「まあ、世界管理者は試用期間でもね、ある程度の力が与えられるから、自分より使いの方が弱いと思ってるのよ」
「はあ」
「ドラゴンでも倒しに行こうか」
「ドラゴン?」
「ダレンは一緒にいてくれればいいから。経験値を分け与えられる魔法をかけておいてあげる」
「そんなのあるんですか?」
「あと、パーティ申請。パーティ組んでおくと、どこにいるかだけ分かるようになるのよ。迷子にならないように」
「へえ~」
「ダレンはモンスターと戦ったことがないから、レベル1か……弱いね」
「そんなストレートに言わなくても」
「まあ、これから先はね。ワタシといると敵が多くなるから、強くなっておかないと死ぬよ」
「……はい」
「神様協会は弱くても、ぼーっとしてても高い地位についている人はいるけど、悪魔協会のサタンって地位は下克上オーケーだから、狙われるのよ」
「……はい」
「強くなれないなら、ワタシから離れて暮らしたほうがいいと思う」
「それは、嫌です。バアルさんの傍にいたい」
「そう? 昔からワタシは悪魔だったけど、今は神様協会から見捨てられちゃったから、誤魔化しようのない正真正銘の悪魔だよ」
元から悪魔なら、正真正銘も何もないと思うんですけど、違います?
「上級神になったら、悪魔と一緒にいるのやめたほうがいいんじゃないの?」
「だったら、ワタクシも悪魔になってもいいです」
上級神とサタンだと、ダメなんですか?
下級神のままでも、いいかな……とも思ってしまいます。
バアルさんと一緒なら悪魔でも、やっていけると思います。
「気持ちは嬉しいけど、何か言われるまでは神のままでいいと思うよ」
言われたら、考える?
嬉しいけど、と言ってるわりには口元が笑っています。
「実は、意外と神様協会は寛容だから。前に〈病院の卵〉を作った時も創造神への反逆なのに、何にもお咎めなしだったし……悪魔協会に同時に登録しておいても、何にも言われなかったし」
バアルさんはワタクシを試しましたね。
質問の意図はワタクシの気持ちを確かめているみたいです。
「……そうですね、寛容というかなんというか」
こうなると、神も悪魔も変わらないのだと思いました。
バアルさんは神や悪魔に関係なく……傍に居たいかどうかを聞きたかったのだと思いました。
そして、神や悪魔という名前にこだわるかこだわらないかを聞きたかったのだと思います。
「ドラゴンを倒すのにどこ行くんですか?」
「どこがいいかな」
「ワタクシが使いをする世界もドラゴンがいるらしいですよ」
「どこ? そこ?」
「第26世界です」
「そこは管理部署があるから、下界制限があるんだよね」
「下界制限?」
「下界に下りると、ステータスが下がるんだよ。レベルが高いほど制限が大きくなるんだけど……」
な、何ですと……。
下界に降りると弱くなっちゃうなんて、恐ろしい。
「まあ、ドラゴンくらいなら別にいいかな。ダレンのステータスに下界制限がかかれば、それだけ強くなった証拠になるし……。どうせ使いの仕事なら、下界に降りないんでしょ?」
「使いの仕事って、書類仕事と世界管理者の様子を協会に報告することですよね」
「そうねえ。まあ、普通に行けばそんなもんだけど。世界管理者の試用期間中は代理を任せられたら断れない、という決まりもあったわよ」
変な決まり……。
「変な奴だったら、変な代理させられて危険があるかもよ」
「変な代理?」
「わからないけど……激辛カレーを食べるとか、蛇を首に巻くとか?」
「どちらも、命の危険はなさそうですけど」
「ハリセンボン飲まされたり、指を切られたり?」
「それ、約束を破った時の罰ですか?」
「裸で町内1周?」
「それは、心が死ぬかも」
「だからさ、なにかあってもレベルが高いにこしたことないよ」
「裸で町内1周はレベル関係あります?」
「それは……ないけどさ。世界管理者の使いは試用期間といっても、報酬が高いのはそれだけ大変だってことだからね。勘違いしないでよ」
「え?……大変なんですか」
「変な奴じゃなければ、楽勝。変な奴なら、超大変」
「じゃあ、大丈夫ですよ。すごく真面目で、内気なお嬢様育ちです」
「知り合い?」
「中学校の時は同じクラスだったんで」
「何それ? 初恋だったりする?」
「ち、違いますよ。初恋は……」
「へえ、他に相手がいるんだ。隅に置けないね~。この、この」
「……」
バアルさんなのに。
「そうそう、下界制限受けてステータスは下がっても、魔法と魔力だけはそのままだからね」
「じゃあ、安心ですね」
「身体はやばいから、即死対策はしていった方がいいよ」
「神でも、物理で死ねるんですね……」
「神は万能じゃないよ」
「よし、行こうか。第26世界の天空のドラゴン退治」
「なんですか? それ?」
「すんごい上空に、スカイドラゴンっていうモンスターがたくさんいるお城があるんだよ」
「天空の城?」
「ラから始まるやつは、言っちゃダメ。色々引っかかるから」
「違うんですね」
「倒しても倒しても、不思議なことにリポップするという不思議設定」
「ダンジョン設定?」
「第26世界の元々の管理者って、ファンタジーゲームが好きらしいよ」
「ファンタジー要素が一杯ですものね。創造神も好きらしいですから、気が合うかもしれないです」
「え? 第26世界のもともとの管理者って、創造神だけど」
「そうなんですか? でも、ドロシー様の試用期間が終わったら、創造神が管理するんですか?」
「しないんじゃない?」
「え、しないんですか」
「世界の管理なんて、創造神はとっくの昔に飽きちゃって、管理者がいない世界なんてそこらへんにあるよ」
「創造神っていい加減なんですね」
「でも、創造神のものという名目があるから、誰も正式な管理者にはなれないんだよ。だから、試用期間に使うんじゃない?」
「なるほど」
「じゃあ、行くよ。ワタシに捕まって……。こら、変なとこに捕まらないで」
テレポートって便利です。
あっという間に、雲の上の島に着きました。
ワタクシはバアルさんに抱きついたまま、島の上空です。
「一旦、島に降りようか」
「本当に雲の中にあるんですね」
「そうそう、あのお城の中にスカイドラゴンがわんさかいるのよ」
「こういうこと、昔からしてたんですか?」
「当たり前じゃない。嫌なことがあった時に、憂さ晴らしをするのよ」
「ドラゴンもいい迷惑ですね」
「ルシファーも同じようなことやってたわよ。ストレス解消に」
「悪魔みたい……」
「悪魔だもん」
島の上には何もいませんでした。
白くて大きなお城があるだけ。
そのお城の門は開いていて、2人で門の間を通り抜けました。
すると、ボワボワボワっとそこら辺から一斉に煙が吹き出てきました。
視界が全部真っ白になって、その煙が晴れる頃には、島の上には数百匹のスカイドラゴンが空を覆い隠すかのように大量に沸いて出てきました。
「バアルさん……これ、トラップ?」
「そうよ。侵入者がいると出てくるみたい。便利でしょ?」
「ワタクシはどうすれば?」
「バリアの中でジッとしてて」
言うが早いか、ワタクシは薄青いバリアに包まれました。
「よし、いっちょやってみますか」
バアルさんは魔法を展開し始めました。
「デビールウィンドカッター!」
「バアルさん、それウィンドとると色々引っかかるから、気をつけて」
「デビールファイアーアロー!」
「ファイアーも危ない。漫画の歌詞に出てるから」
「デビルサンダービーム!」
「それも、サンダー抜けば……出てきてたかも」
「ダレンって、アニメに詳しいのね」
「バアルさんが古いアニメばっかり、見せるから」
「デビルブレストファイアー」
「それ……アウト?」
「大丈夫よ。本物はヤーだから」
スカイドラゴンの死体はどんどん積み上がっていきました。
そして、全てのスカイドラゴンが居なくなりました。
「ダレン、バリア解くよ」
「バアルさん。あの死体の山どうするんですか?」
「放っておくと、次の時にはなくなってるんだよね」
「あ……、あれ。風で飛ばされて、どこ行くかわかりませんよ?」
「ああ、なるほど。どっか飛んでいってたんだ」
「多分、他のモンスターのエサになってるんじゃ?」
「それより、ダレン。レベルが300になったよ。下界補正で魔力と知力以外はカスだけど」
「カスって」
「人間と同じくらい?」
「1個聞きたいんだけど。ダレンって、いつからハゲにしたの?」
「高校卒業した時です」
「そうなんだ、なんで?」
「バアルさんが良く見せてくれたアニメで、神様はハゲてて、ヒゲが生えてて、杖を持ってるのがあったじゃないですか。あれを参考に神様っぽいのを目指してます」
「それって、なんだっけ?」
「メガネかけた女の子がロボットで、地球を割ったり口からエネルギー波を出したり、ウンチをつついたりする知的アニメです」
「あれ、ギャグアニメだよ」
「あのアニメを見て、神様の謎めいた雰囲気がすごいなあ、と思いまして」
「ダレンって、感性が変わってたんだね。ダレンがいいなら、それでいいけど」
「はい、頑張ります」
「……ハゲとヒゲかあ」
こうして、バアルさんにレベル上げをしてもらって、ドロシー様の使いとしての仕事に臨むことになりました。
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