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第一章 6 異世界である証明(前編)~魔法、使ってみた。

 〇


 見渡す限り、のどかな風景が広がっていた。

 空はどこまでも青く澄み渡り、大地は腰の高さほどまで伸びた、いかにも草原といった感じのに覆われていた。

 ついさっきまで聞こえていた駅前の賑わいは一切なく、代わって聴こえてくるのは、風にあおられた葉っぱ同士の擦れる和やかな音と、遥か遠くから鳶――にしては妙に狂暴そうな感じの鳴き声(恐竜物の映画とかで良く聞くSEっぽい)ならぬ叫び声……。

 人の手の行き届いたものはといえば、ちょうど背後にそびえていた、蔦と苔に覆われた時空の塔と、俺らの足元から地平線遥か向こうにまで延びた一本の道――と言っても、草を刈っただけの土がむき出しになった――があるくらいだった。

「ねえ、翔介……、私たちって、ついさっきまで、駅前にいなかったっけ?」

 ぽかーんと目の前に広がる光景を見つめたまま、カナンが呟いた。

「いた……」

 なんとか首を縦に振って答える。

「ここ、どこ?」

「さあ……。峰守じゃなさそうだけど……」

「見たことないよ? こんな草原」

 ようやくといった感じで俺の方を振り向いたカナンは、笑みを浮かべていたものの、その頬を引きつらせていた。

「いやー、どうやら無事に現地に着く事ができたみたいですね」

 俺らの様子を、傍らでにこやかに眺めていた魔裏さんが、そう言ってきた。

「あ、あの……魔裏さん? いきなり景色が変わっちゃったんだけど、これはいったい……?」

「現地って言ってたけど、ここ、どこなの?」

「まあまあ、お二人とも落ち着いて。そのことも含めて、これから色々と説明させていただきますので」

 矢継ぎ早に質問を投げつける俺とカナンに、魔裏さんは落ち着くよう、両手を上下に振って答えた。

「えー。まずはその前に、このような無理やりな形で、現地にお連れしてしまったこと謝らせてください。いきなり目の前の景色が変わって、さぞや驚かれているかとは思います。

 これは、現地へ移動するにあたり、『時空転移魔法』を使わせていただいたためでございますので、その辺はご安心くださいませ」

「じ、じくうてんいまほう?」

 唐突な謎ワードに理解が追いつかず、そのまま聞き返してしまった。

「その名の通り、時間と空間を飛び越える事ができる魔法のことです」

「は……? ま、魔法……?」

「それって、あの、呪文を唱えると願いが叶ったりしちゃうアレ?」

「はい。そうです!」

 当然であるかのように頷く魔裏さんだった……。

「……えっと? つまり? その、『じくうてんいまほう』で、このどこだか判らないところに、連れてこられたって事?」

「いやー、理解が早くて助かります! まさに、その通りなんですよ!」

「「……は?」」

 不安にかられて、横のカナンを伺ってみるとせわしなく瞬きを繰り返していた。

 カナンは情報処理が追いつかなくなると、目をパチパチさせる癖があるのだ。

 つまり、今のカナンは、全然話について来れてないということである。いや、まあ、それは俺もなんだけど……。

 そんな感じで唖然とする俺らを尻目に、魔裏さんは裏返した手で目の前に広がる草原を差すと(よくバスガイドさんがやるあの構え)、もう片方の手をマイクに見立てて口元に持っていき、

「えー、それでは、目の前の壮大な景色をご覧ください。

 こちらが今回の旅の舞台、『今、日本人が一番行きたい旅先人気ランキング一位』の『異世界』でございまーす!」


「「………………………………………?」」


 ビューっと風が、俺らと魔裏さんの間を吹きぬけていった。

「ちょ、ちょっと待った? 今、異世界って言った?」

「はい! 言いました! ここは一般宇宙教養で『ガウロン』と呼ばれている世界でございまーす」

 すがすがしい笑顔で魔裏さんが言った。

「ガ、ガウロン……?」

 なにそれ? 初めて聞いたんですけど? しかも、一般宇宙教養って何?……。

「一般宇宙教養というのは、ほとんどの世界で通用する共通知識の事ですね」

 俺の戸惑いを察して説明を挟んでくれる魔裏さんだったが、残念な事にその内容は、少なくとも俺には全然通用しないものだった。

「ちなみに、お二人の世界は『地球界』と呼ばれてるんですよ」

「へ、へー……そうなんだ……」

 カナンが微妙なニュアンスの相槌を打った。

「いやいや、そんなわけないだろ……魔法だとか異世界だとか、そんな、ファンタジーじゃないんだから……ははは」

「うんうん。魔裏さんは、これから旅に出るわたしたちを盛り上げようとして、そういう演出をじてくれてるんだよね?」

 俺とカナンは、魔裏さんがぶっちゃけてくれる事を期待して、いま一度彼女の方へと視線を向けた。

「何を言ってるんですか。わたしはこれっぽっちも嘘なんかついてませんし、演技ができるほど器用じゃありませんよ。

 あ、信じられないって顔してますね。

 でも、そういう反応になるのも致し方ないかと思います。

 如何せん地球界は、魔力が著しく希薄な土地柄のせいで魔法が発見されず、代わりに手に入れた科学なる特殊な技術を発展させたという、非常に珍しい歴史を重ねた世界ですからね。

 ただ……、それ自体は凄いことなんですが、残念ながら科学技術は未だ時空を飛び越えるレベルに達する事ができていません。

 そのため、今回わたしがしたように個人的に時空間を移動できる力を持った何者かが外部からアクセスするとか、自然発生的に起こる時空災害のようなアクシデントが起こるとか、そういった事がない限り異世界と繋がる事ができないのです。

 そういった、言わば宇宙からは孤立している世界に生まれてしまえば、異世界の存在を単なるファンタジーとしか認識できないのも無理はない事でしょう。

 しかし、それは間違いなのです!

 異世界は存在するのです!

 そして今、お二人がいるこここそ、正真正銘、翔介さんとカナンさんにとっては別の世界――異世界に他ならないのです!」

 これこそが絶対の真理なのだと言わんばかりに、両手を広げて言う魔裏さん。

 対して、俺とカナンは沈黙を余儀なくされた。

「む。どうやらピンときてないようですね。判りました。それでは今からお二人に、わたしの話が決して嘘じゃない事を証明してご覧にいれますね」

「しょ、証明だって? そんな事できるわけ……」


「魔法を使って見せます」


 きっぱりとした口調で言い返された。

「わたしの調査データでは、日本人の方が異世界と聞いてイメージする物として、上位に『魔法』がランクされていましたので。

 ちなみに、既にお気づきかとは思いますが、実はわたし、魔法使いなんですよ!」

「「ま、まほうつかい!?」」

「はい。しかも、恥ずかしながら『大魔導師』という最高クラスの称号も持ってましてですね。自分で言うのもアレなんですけど、結構凄いんですよ? いやー、ガイドになるためには、ある程度魔法が使える必要があるので、子供の頃から修行に励んでたら、いつの間にか、かなり上達してまして、えへへ~」

 と、一人はにかむ魔裏さん。

「へー、それは凄い……」

「こ、子供のころから一生懸命頑張ってたのは凄いよ……」

 いまいちその凄さが理解できなかったが、取敢えず感心してみせる俺とカナンだった。

「そういうわけですので、実際に魔法を使うところを見て頂きます。ただ、ついさっき時空転移魔法を使った後ということもあり、あまり魔力が残ってないので簡単な物しかお見せできない点はご容赦ください。

 それじゃ行きますよー。気軽にマジックでも楽しむ感覚で見ていてくださいね!」

 そう言うと、魔裏さんはさっき駅前でしたように指を宙に向けて、クルっと回転させた。

 すると――ボワッと音を立てて、彼女の細い人差し指の先から、ガスバーナーみたいに火が吹き出した。


「なっ!?」「ええっ!?」


 思わず凝視してしまう俺とカナンに微笑むと、魔裏さんは続けて指をくるくる回転させる。

「ほい、ほい」

 バチバチッ、カッチーン。

 彼女の手の動きに合わせて、リズム良く生み出されていく放電の光と拳程度の氷の塊。

 目の前で繰り広げられる非現実的な光景に、俺はもちろん、カナンも唖然と眺めるばかりだった。

「と、まあ? ざっとこんな感じで、火炎、電撃、氷結の魔法を順に使わせていただきました! どうです? 凄いでしょ!

 って、あれれ? 二人ともまだ疑ってる顔してますね……」

 ちょっぴり残念そうに微笑みながら、指を下ろす魔裏さん。

 その仕草と同時に、彼女の指先に浮いていた氷の塊はパッと姿を消してしまった……。

 俺は一体何を見せられているんだ?

「い、いや……。凄いなとは思った。でも、今のが魔法だって言われても……」

「それこそ物凄いマジック……なんだよね?」

 俺らの反応に、魔裏さんはガクリと肩を落とした。

「……うーん。信じて貰うのは難しいとは思っていましたが……、実演してダメだったなんて……。これはさすがにちょっと想定外です……。

 実際に旅に出て街を巡れば、いやがおうでも理解せざるを得ないとは思うのですが、余計なトラブルを避けるためにも、こちらの住民と接触する前に、地球界との違いは理解しておいて欲しいんですよね……いったいどうすれば……あ! そうだ!」

 何か閃いたらしく、パシンと手を打つ魔裏さん。

「良い方法を思いつきました!

 実際に、お二人にも魔法を使って貰えばいいんです!」


「「……は?」」


 思わず耳を疑った。

「……お、俺らに魔法を使え、と?」

「はい!」

 力強く頷かれた……。

「いやいやいやいや。そんなのできるわけないだろ……」

「ご安心ください。お二人は既に魔法が使えるようになってるんですよ」


「「?」」


「実は、この旅行に参加された方へのスペシャルシークレット特典として、もれなく魔力を操る器官である『魔力識』を開放させて貰ってたんですよ。

 なにしろ、ここガウロンは魔法文明の発展した世界。

 だったら、魔法を使えた方がいっそう旅も楽しくなるに決まってる! と、考えて、誠に勝手ながら、さきほど時空転移魔法を使った際、ついでに解放させていただきました」

 そう言って、満面の笑みを向けてくる魔裏さんだった。

「えっと? ……話の内容が、まるで判らないんだけど……?」

「説明しましょう!」

 待ってましたと言わんばかりに、目を輝かせる魔裏さん。

「魔力識とは、魔法の源である魔力を操る事ができる器官でして、生きとし生ける物全てが生まれながらにして持っている物なのです!」

「全てって……、わたしたちも持ってるってこと? まりょくしき? 今、初めて聞いたけど?」

 一応、魔裏さんの話を真面目に聞こうとしているらしいカナンが、首を傾げた。

「お二人がご存知ないのは無理もありません。

 といいますのも、魔力識は肉体ではなく魂に存在する器官なので目には見えないのです。

「「た、たましい……!?」」

「はい。わたし達の生命そのものと言って過言ではない、エネルギーの事ですね」

 さも、それくらいは知ってますよね? 的な感じで言う魔裏さんだった。

 あまりにも意気揚々と話ものだから、突っ込む気が削がれてしまった。……取敢えず、判らない事を聞くのは、一通り聞いてからにしよう。

「他に気づきにくい理由としては、ある一定の魔力を浴びなければ、機能を始めないという特殊な性質のためでしょう。

 お二人の故郷のように魔力が希薄だと、かなり難しいかと思います。

 そうなると当然、魔法は存在しないことになってしまうので、そのメカニズム――魔法と魔力の関係性を追求する事もありませんので、魔力識の存在を認知するには至らないのです」

「へ、へー。そうなんだ……」

 判ったのか判らなかったのか、どっちつかずな返事をするカナン。

 ちなみに、俺はさっぱりだった。

「話を戻しましょう。

 お二人も、もともと魔力識を持っていますので、わたしが解放させなくても、いずれは自然に開放され魔法が使えるようになったというわけです。

 ただ、それを待っていては、どんなに早くても数年はかかってしまうので、旅行期間中魔法を楽しんでもらうためにも、今回、必要な魔力の量をお二人の魂に直接注入し、開放を早めさせていただきました。

 ちなみに、誰でも簡単に開放させる事ができるわけじゃないんですよ? 物質を超えた領域に魔力を流しこむには、かなり難易度の高い技術が必要でして、わたしみたいに『大魔導師』クラスの力がなければ、できない事なんです」

 そう言って、エッヘンと胸を張る魔裏さんだった。

 魔裏さんの話を信じるとすれば、勝手に魂をいじられた(?)という、とんでもない話なのだが……、真面目に考える事でもないよな……。

 だいたい魔法だなんて、そんなのあるわけないあるわけない。絶対マジックかなんかだって。きっと、これも俺らを盛り上げようという余興だろうよ。そのうちネタバレしてくれに決まってる。

「まあ、その辺の詳しい話は、後々するとして、取敢えず今はそういうもんなんだと思っておいてください。

 えー、というわけで……ここからは実際に魔法を使ってもらいましょう!

 それではこちらをどうぞ」

 ニコッと魔裏さんは、脇に挟んでいたファイルから小冊子を二冊取り出し、俺とカナンの手に無理やり渡してきた。

「『旅のしおり』?」

 表紙に描かれた、かわいらしい二頭身のドラゴンっぽいイラストが、吹き出しを模した枠の中でそう叫んでいた。

「よく修学旅行なんかで、配られるやつです。

 お二人に少しでもこの世界を楽しんでいただきたくて作らせていただきました!

 一応、この世界に関する基本的な情報を可能な限りたくさん載せておきましたので、色々と参考にしてくださいね」

「へ、へえ……。それはどうもありがとう……」

 中身をパラパラ捲ってみると、思いのほ、丁寧な文章とイラストで、ガウロンとかいうこの世界に関するアレコレが事細やかに書かれていた。

 ……ざっと見た感じだけど、結構な手間がかかってるのは一目瞭然だった。

「これ、魔裏さんが作ったの?」

 開いたページをじっくり眺めながら、カナンが感心したふうに聞いた。

「はいそうです。えへへ……ちょっと作りは雑になっちゃってるところは、ご容赦ください。実はわたし、手が不器用でして」

 と言って、ちょっと恥ずかしそうにほっぺたをかく魔裏さん。

 確かに言われてみれば、全体を止めている太めのホチキスは斜めっていたし、表紙の厚紙はズレている。

 だけど、そんなところも含めて、このしおりからは一生懸命さが溢れていた。

「ううん。そんな事ないよ。中身は正直、意味不明だけど、わたしたちのために作ってくれたってのが凄く伝わってきた。ありがとう、魔裏さん。ありがたく貰っておくね」

 カナンが、もじもじする魔裏さんの肩に手を置いてウインクをしてみせた。

「そう言っていただけて嬉しいです。頑張って作った甲斐がありました」

 目元を拭う魔裏さん。

 さっきからおかしなことばかり口にしているけど、きっとそれも、俺たちに旅行を楽しんで欲しいという純粋な気持ちからのものなんだろう。

 それを考えると、もう少しこの茶番に付き合ってやっても良いかもって気にならんでもないかな。

「それでは、20ページ『魔法について』のところを開いて貰えますか?」

「あ、はい」

 言われたページを開いてみた。

「……なんだ、これ?」

 奇妙な幾何学模様が書かれていた。

 さっき、時空の塔の前で見たやつに似てるな……。

「そこに書いてある模様こそが、いわゆる世間で言うところの魔法陣というやつです。さっき、わたしが時空転移魔法を使う際にも描いて見せたものも、そうです。ちなみに、今ご覧になられているのは、初歩中の初歩、一番レベルの低い炎を出現させる物です」

「ま、魔法陣……?」

「魔法を使用する際に必要な儀式の事です。

 魔法は、『こうであってほしい』『ああだったらいいのに』といった願いや希望、意志や念を実際に現象とするものなのですが、それをそのまま魔力で形にしようとすると、どうしても使用する人の練度が低い場合、感情の強度に左右されてしまうため、コントロールしきれない――言ってしまえば暴走してしまう事もあるのです。

 それを防ぐために、感情を排して意図のみを魔力に伝えるための手段として生み出されたものが魔法陣なのです」

「ふ、ふーん……」

 何を言ってるのか判らん。

「要はその模様を指で模写すると、魔法が使えるって話です……取敢えず理屈の方は、今はさておいて、実践といきましょう。

 それでは翔介さん。開いたページにある模様を、そっくりそのまま空中に描いてみてください」

「あ、ああ……」

 生返事を返し、魔裏さんに従って人差し指を動かしてみた。

 すると目に見えない、重い何か――触れてみると磁石の同極を反発させた時に感じるような柔らかさがあった――が、体の周りで渦を巻き始めたような感覚が。

「――へ? な、なんだ? 何かが俺の体にまとわりついてくるんだけど……?」

「安心して下さい。それが魔力です。どうやら翔介さんの魔力識は、正常に動いているとようですね」

 俺以上に興奮してるっぽい魔裏さんが、鼻息を荒くして言った。

「お、俺が魔力? を動かしてるってこと?」

「そのとおりです。それでは、火が燃えるイメージを頭の中に思い浮かべてみてください。さきほどわたしが実演してみせたような感じで結構ですので」

「わ、わかった……えーっと」

 取敢えず、ライターの火を思い描いてみた。

 と、その瞬間。

 全身を覆っていた見えない力が、いっきに指先へと集中していき――点火した。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお! 指から火が出たあああああああああ……!」


 慌ててブンブン手を振って消火をこころみるが、どういうわけか炎は揺らぎこそすれど、まるで消える素振りがない!

「た、大変!」

 カナンが、素早くブラウスを脱ぎ、バッサバッサと煽ってくれるが、これまた何の影響もなかった。

「まあまあ、二人とも落ち着いてください。その炎はまだ、使用者である翔介さんと魔力を介して繋がっているので、燃え移る事はないんですよ」

 悠長にも、ニコニコしながら説明する魔裏さん。

「そ、それじゃ、翔介は大丈夫ってこと?」

「その通りです。どうです? 翔介さん? 熱くありませんよね?」

「……え? あ、あれ? 本当だ……」

 慌てふためいていたせいもあって気づいてなかったけど、この火、全然熱くない。

 しかもよく見ると、指と炎の間には、ちょっぴり隙間がある。

 いったいどういう仕組みで燃えてるんだ……?

「それ、本物なのかな?」

 俺の指先を興味深そうに見ていたカナンが聞いてきた。

 試しに足元に落ちている枯葉を拾い、近づけてみると、

「あ、燃えた…………って、熱っ!」

 枯葉に燃え移った火が、持っていた指に触れて、思わず振り捨てた。

「点いてる方の指は全然熱くなかいのに、何で?」

「魔力から独立したからですね。使用者の意思とは無関係になってしまったので、純粋に本来の現象として顕現したんです」

「……つまり、この指から出てる時は、俺の意図が形になっているものだから安全だけど、離れてしまった物は純粋に火として存在するようになるから危ないってわけか」

「そういう事です。

 いやー、それにしても素晴らしい! 何の練習もせずに一発で魔法を成功させるなんて! それではこの勢いに乗って、もう少しレベルの高い魔法にも挑戦してもらいましょうか。二十ページ先の魔法陣を描いてみてください」

「え? まだやるの? しかも、火を消す方法じゃなく?」

「一応、ガイドを務める身としては、今のお二人がどの程度のところまで魔法を使えるのかを見極めておきたいんですよね」

「ふーん……まあ、そう言うなら」

 というわけで、火が点きっぱなしの人差し指に気をつけながら、言われたページを開き、さっき描いた物よりもかなり複雑な魔法陣を描いてみた。

 すると、体にまとわりついていた魔力が急に重くなったような感覚が走り、思わず前につんのめってしまった。

「あ、あのー魔裏さん!? さっきよりも、少し体がしんどくなったんですけど?」

「より高いレベルの魔法を使えば、それに応じた分の魔力を引き寄せるので、体にも負担がかかってしまうんです。

 でも、あっさり魔法を成功させた翔介さんなら、全然問題ないかと思われます。そもそもスペックオーバーなら、立っている事が出来ずに潰れちゃってますからね」

「つ、潰れる!?」

「はい。引き寄せた魔力に肉体が耐え切れなければ、最悪ペシャっといってしまう場合もあります」

「ペ、ペシャッ……?」

 イヤ過ぎるイメージが頭を過ぎった。

 不運まみれの人生だからこそ、せめて死に方くらいはマシでありたいと常々思っている俺としては、そんなくだらない最期は絶対に回避したい。

「なんだかよくわからないけど、そうならない翔介は凄いってこと?」

 と、カナンが不思議そうに聞いた。

「そのとおりです。おそらくカナンさんも同様でしょうね」

「へー、そうなんだ……」

 いまいち、ピンときてない顔で、俺と俺の指に灯る炎を交互に見るカナンだった。

「では、翔介さん。さっきみたいに指先に魔力を集中させ、草原の方に力を放つイメージで指を振ってみてください」

「あ、ああ……」

 言われたとおりに、だだっ広い長閑な景色目掛けて、ヒョイっと指先を向けてみると、火は急激に勢いを増し――放射状に放たれた。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 一瞬で草原が火の海と化した。


「え……?」

「ちょっと、翔介! なにやってんの!?」

 立ち尽くしてしまった俺の肩をカナンが激しく揺さぶってきた。

「何って俺は、ただ、魔裏さんに言われたとおりに、この魔法陣を描いてみただけで……。

 いや、ガ、ガスバーナーくらいの威力になるかなとは思ってたけど、まさかこんな事態になるほどだなんて……」

「全然そんなレベルじゃないよ? ナパームとかそのくらいだって!」

「そう言われても……!」

「凄いです! いきなり広範囲魔法を成功させてしまえるなんて! これなら、そんじょそこらの騎士団なんて一発で殲滅できますね!」

 思いっきり慌てふためく俺をよそに、両手を挙げて飛び跳ねる魔裏さんだった。

「ちょっと魔裏さん! アンタ、こうなることが判ってやらせたろ!」

「いえいえ。まさか、ここまで凄いなんて、わたしの想定をはるかに超えてます!」

「そういう意味じゃない!」

 ……そう怒鳴ってる間にも、範囲を広げ続ける火の海は、俺らを包囲しどんどん迫ってきていた。

「ちょっと魔裏さん、なんとかしてよ! このままじゃ、三人とも黒焦げになっちゃう!」

 今度は、魔裏さんを激しく揺さぶりながら言うカナンだった。

「まあまあ落ち着いて下さいカナンさん。

 たしかに大魔導師でもあるわたしは、こんな程度、造作もなくおさめることができます。

 しかし、ここは後々の事を考えて、敢えてカナンさんに挑戦していただきたいかと思います」

「ええっ? わ、わたし!? わたしがやるの!?」

 いきなり火消し役を指名されたカナンは、目を丸くして自分を指差した。

「はい。せっかくなので、練習がてら魔法に挑戦してみて下さい」

「いやいや、無理無理! わたしなんかに使えるわけないよ!」

「大丈夫ですって。絶対にやれます。翔介さんだって使えたんですから。さあ、カナンさん! 自分を信じてやってみてください! 失敗したらわたしがなんとかしますから」

 どうしてもやらせたいらしく、両手をとってお願いする魔裏さん。

「そう言われても……」

 カナンが不安げな視線で俺に視線を送ってきた。

 ……どうやら、本当に自信がないようだな。よし。だったら、ここは俺がもうひと踏ん張りするとしよう。

「それじゃ、俺がもう一回やるよ。どのページの魔法を使えば良いんだ?」

「翔介さんは、既に強力な魔法を使っていますので、同じクラスの魔法を連続で使ったら、それこそ負荷に耐えられなくて、ペシャッといってしまうかもしれません」

「な、なんだって!?」

「そういうわけですので、カナンさん、ここは是非ともお願いします」

「判った……。それならやるしかないね……。

 でも、ダメだったら、魔裏さん、絶対になんとかしてよね!」

「その時は任せて下さい。

 えー、それでは134ページを開いてください。そこに水を操る魔法陣が載ってますので」

「う、うん……はい、開いたよ」

「それでは、さっき翔介さんがやったように、しおりに書いてあるお手本を参考にして、魔法陣を描いてみてください」

「りょ、りょうかい……」

 じゃっかん上擦った声で返事をしたカナンは、何度かしおりを確認しつつ、宙に雫っぽい形の模様を浮かび上がらせた。

「や、やったよ? これで良い?」

「ばっちりです! うーん、これまた輪郭のはっきりした実に素晴らしい魔法陣ですよ。

 それじゃ、鎮火させたいと念じながら火に指を向けてください」

「う、うん……!」

 カナンはゴクリと唾を飲み込み、やぶれかぶれといった感じで、

「ひ、火よ、消えて~! えいっ!」

 迫り来る火の海目掛けて、大きく腕を振って指さした。

 すると、どこからともなく、ここいら一帯を覆わんばかりの、巨大な水の塊が俺らの頭上に出現し、どっぱーんと、大きな音を立てて盛大に落下し、見事に火の海を消火した……。

「う、うそ……」

 水を滴らせたカナンが、呆然とした表情を向けてくる。

「す、凄いな。火、全部消しちゃったじゃん……」

 何とか落ち着いて貰おうと、カナンの額に張り付いた髪を払ってやるが、俺の指は微かに震えていた。

「いやぁ、実に見事な火消しっぷりです。

 初めてで、これだけ大量の水を創出できるなんて!」

 興奮した魔裏さんが、ずぶ濡れなのもそのままに、手を叩きながら称賛を口にした。

「どうでした? お二人とも。実際に魔法をつかってみて? びっくりしちゃいましたか? でも、これでお判りになっていただけましたよね? 魔法が実在するんだって」  満足そうに微笑み、改めて聞いてくる。

「あ、ああ……」

「う、うん……」

 すっかり焼け焦げた草原を見渡しながら、なんとか首を縦に振る俺とカナン。

 湿った煙の匂いがやけに鼻についた。

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