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第一章 5 いざ異世界へ!


 出発に指定された日。

 俺は胸を弾ませながら、カナンと集合場所である時空の塔へと赴いた。

 広場は、晴天の日曜日らしく多くの人達によって賑わいを見せていたが、相変わらず塔の周辺は閑散としていて人気がなく、この一画だけが世界から切り離されているかのように静かだった。

「いつも待ち合わせしてる所から出発するなんて、ちょっと面白いね」

 土台に腰をかけ、広場の様子に目を細めていたカナンが、少し弾む口調で言った。

「ああ」とだけ答え、それからカナンの見つめる先を追った。

 噴水の水を掛け合う子供や、それを遠巻きに見守る親御さん、ベンチで景色を眺める爺さん、その足元で餌を求めてウロウロする鳩……。

 普段は気にもかけない、もしくは気にかけたとしても妙にいじけた気持ちにかられて目をそらしてしまう。

 そんな風景をこんなにも素直に見つめていられるなんて、自分でも意外だった。

 黒意さんの言う女神のご利益かどうかは判らないが、旅行に行くと決めた時から今に至るまで、未だバチに当たられていない。

 その事実に、俺らは希望を与えられ、それが心の余裕になっていた。

 つくづく、気持ちは持ちよう一つなんだと思う。

 もっとも、その一つが判っていてもなかなか持てないんだけど。

 いつもこんな気持ちでいられたら良いのに。

「ところで、旅行会社の人はまだ来ないの?」

 わざわざスマホではなく、腕時計で時間を確認したカナンが心配そうに俺を見上げた。

「そうみたいだな……」

 横から覗くと、集合時間である10時を過ぎて既に5分が経過していた。

 一瞬、詐欺にあったんじゃないかという不安にかられたが、すぐに打ち消した。

 あんなに熱く夢を追い求めている人が、そんなインチキをするなんて考えられないし、考えたくない。きっと仕事の務まらない黒意さんの事だから、寝坊とかしたんだろう。そもそも、たかだか二千円を持ってバックれるなんてそんな馬鹿な話……ない、よな……?

「ちょ、ちょっと電話してみる!」

「あ、うん」

 特別、カナンが嫌そうな素振りを見せてない事にホッとしつつ、スマホを取り出すと――、

「すみませ~ん! 遅れちゃいましたぁ!」

 広場の向こうから、バスガイドっぽいみなり――水色を基調としたチェック柄のベストに赤いスカーフ、白のブラウスとミニスカート、頭には手乗りサイズの帽子、それから何故か白いマント(?)を肩からかけているという不思議な格好の黒意さんが、『羽田さま一行』と大きく書かれた旗を振りながら駆け寄ってきた。

「……もしかして、あの人が旅行会社の人?」

 微妙な間を置いて、カナンが聞いた。

「あ、ああ……」

「へ、へえ、そうなんだ……」

 俺の回答に軽いショックを受けたのか、カナンは俺らの前に到着するや、膝に手をついて息を整える黒意さんをパチパチさせた目で見やった。

「はあはあ……す、すみません……ぜえぜえ……ちょっと制服を合わせるのに手こずっちゃいまして……いかんせん久々に着たものですから。本当に申し訳ございません」

「遅れるのは百歩譲って仕方がないとしてもさ。そういう時は連絡を入れてくれよな」

「すみません……気をつけます。でも良かったです。ちゃんと来てくれて! 本当に嬉しいです!」

 それはこっちのセリフなんだけど、と言ってやりたいところだったが、顔を上げた黒意さんの表情を見たら、それ以上ツッコめなくなってしまった。笑顔に涙なんて反則だよ。

「まあ、契約しちゃった以上は来なきゃ損だからな。金だって払っちゃってるし。

 それにしても、制服のせいで遅れたって言ってたけど……それが制服? 前に着てたのは、もっと普通なスーツって感じじゃなかったっけ?」

 話のついでに、気になった事もあって聞いてみた(主にマント)。

 ちょっと目立ってるんだよな。実際、遠目からチラチラと視線を集めてるし。

「これはガイド用の制服なんですよ。ウチの会社では用途ごとに分けているんです。

 何せ、私たちガイドは場合によって、お客様を守るために戦わねばなりません。

 そういった事態を想定して、こっちの制服は鎧としての性能も兼ねるために一級品の素材であるミスリル蚕の糸を使って作られているんですよ。

 そのため、この通り薄くてヒラヒラであるにも関わらず、物理ダメージと魔法ダメージに対する耐久力は、一般の騎士の間で最も使われている鋼鉄製の全身甲冑よりも遥かに高く、そんじょそこらのモンスターでは傷一つつけられないほど頑丈なんです!

 更に加えて、このマント! こちも結構な代物でしてですね。素材自体は普通の繊維ながら超一流デザイナーの魔法によって特殊な加工を施され、物理耐性と魔法効果の上昇、魔力保存、状態回復、魔法反射等といった多数の補助機能を追加された、超便利で強力な盾としても使えるという、大変な優れモノなのです。

 ただ、どちらも入社時に仕立ててもらった物なので、現在のわたしの魔力とは少し折り合いがなかなかつかなくて……、もちろんそれは長らく着用する機会が無かったことが一番の原因なのですが……そこのところを調整するのに時間がかかってしまい遅刻してしまったというわけなんです……。本当の本当の本当に申し訳ございません!」

 全然理解出来ない事をほとんど息継ぎも無しに意気揚々と言い終えた黒意さんが、ペコッと頭を下げた。

 ていうか、え? モンスターとか魔法とか言ってたけど……俺らを盛り上げるための冗談、だよな?

「ねえ……彼女、何言ってるの?」

 目をパチパチさせたカナンが小声で聞いてきた。

「き、きっと……めっちゃ高級品なんだけど、しばらく着てなかったせいで服の採寸があわなくなってて、それを合わせるのが大変だったって意味じゃないかな? 多分……」

「ふ、ふーん……?」

 イマイチ納得できなかったようで、カナンは中途半端な頷き方をした。

 まあ、俺もテキトーに解釈して言っただけだから正解である自信は、ない。

 そんな感じでどう反応を取ったら良いのか困っていると、頭を上げた黒意さんが何か気になる様子で、カナンの方をジーッと覗いた。

「え、えーっと? わたしの顔に何かついてる?」

「い、いえ! す、すみません! あまりにも美しかったので、つい見とれてしまいました……。羽田様の奥さまのカナンさんでいらっしゃいますか?」

 どう考えてもおべっかにしか聞こえないセリフを言い放った。

「あはは。キレイかどうかは判らないけど、わたしがカナンです。よろしくね、黒意さん!」

「こちらこそ。よろしくお願いします! ……それにしても本当にお美しい。幸福を司る女神、アイネル様に似てるって言われたりしませんか?」

「それって女神みたいだってこと? やだなぁ、そんな風に言われた事なんてないよ~? いくらお世辞でもそれは言い過ぎだよ~。ちょっと翔介!。黒意さんってば、わたしのこと女神みたいだって! なかなか素直で正直な良い子だね!」

 相当嬉しかったんだろう。カナンは俺の肩をバシバシ叩いてきた。

「嬉しいのは判ったから、イタイって」

「あはは……。ごめん、つい……」

 一転、苦笑いを浮かべて肩をさすってくるカナン。

 まったく。最近、バチがあたってないからって、ちょっと調子に乗ってるんだろうな。でも、まあ、浮かれたくなるのも判るけど。

「いえいえ、お世辞でもおべっかでもありません! 本当にそっくりなんですよ! ああ! アイネル様を描いた絵画の一枚でも持っていればお見せする事ができたのに……あ、でも旅行に出れば、必ず目にする機会があると思うので是非とも楽しみにしておいてください」

「そこまで似てるって言うのなら、興味を抱かない訳にはいかないね! いやーがぜんわくわくしてきたなぁ!」

 ムフフッと大きく頷くカナンだった。

 それにしても……アイネル? うーん、この間言ってたスキルを司るアルマとかって女神もそうだけど、ほんと聞いたことないんだよなぁ。あの後ネットで調べたんだけど全然出てこなかったし。本当に存在してんのかな?

 と、割かしどうでも良いい事を考えていると、

「あ、カナンさん。一応こちらわたしの名刺になっておりますですので、どうぞ受け取ってください!」

 見るからにウキウキなカナンに、黒意さんが名刺を手渡した。

「ありがとう……。でも、わたしこういうの持ってないんだ。だから交換とかできなくてごめん……」

「いえいえ! ここ数年、数える程しか渡せてませんので、受け取っていただけるだけで嬉しいです!」

「そ、そうなんだ……。翔介からは苦労してるとは聞いてたけど、本当大変なんだね。よーし! それじゃ黒意さんがクビにならないよう、わたしたちも協力しようよ!」

「え? 『たち』って、俺も?」

「そうだよ! こうして知り合えたのも何かの縁、運命なんだよ! 旅は道連れ世は情けっていうでしょ?」

「そ、そうなのかな?」

「そうなの!」

「あーはいはい。でも協力って、どうやって黒意さんを助けるんだよ?」

「それは……とにかく、めいっぱい楽しむんだよ!」

「ああ、なるほど……」

 なんか、強引に話をまとめられてしまった。……ま、別に良いんですけど。

「あ、そうだ! ねえ、黒意さん。せっかくだから、お互いの事下の名前で呼びあおうよ。そっちの方がもっと楽しい旅になると思うんだ」

「お客様を呼び捨てするなんて、滅相もありません! さすがにおこがまし過ぎます!」

「そんなの気にしないで。せっかく一緒に旅をするんだから、もっと仲良くなっていこうよ? ね? 翔介もそう思うでしょ?」

「まあ、話かけやすくはなるかな」

「うん! じゃ、決まりだね! ではでは、さっそくわたしたちの事呼んでみて? ね? ほら魔裏さん!」

「え、ええっ……!」

 突然下の名前で呼ばれたのがはずかしかったのか、おろおろしだす黒意さん。

 そこで、カナンが続けとばかりに俺の肘を突っついてきた。

「あ、ああ。そうだな。ま、魔裏さん、遠慮なんてしないで気軽に呼んでくれ」

「わ、わかりました。そ、それでは…………しょ、翔介さんにカナンさん……」

 頬を赤くしながらぎこちなく言う魔裏さん。

「うんうん! イイ感じじゃん!

 ね! ちょっとは仲良くなれた気がしたでしょ!」

「え、ええ……。そ、そうですね……」

 はにかんだ顔を縦に振った魔裏さんに、グッと親指を立てて見せるカナン。

 無理やり頷かせてしまった気がしないでもないが……一応、魔裏さんも微笑んでいるところを見ると、これはこれで良いのかも。

 取敢えず、二人の間に変な溝が出来なくて良かった。まあ、カナンはコミュ力高いから、その辺は心配してなかったけど。

「……あの~。そろそろ時間なので、出発しようかと思うのですが、お二人とも心の準備はよろしいでしょうか?」

 ちょっぴり張り切った感じで魔裏さんが言った。

「「はーい」」

 子供みたいに両手を挙げて喜ぶ俺とカナン。

「それじゃ、ちょっとその場でじっとしていてくださいね」

「ん? 動くなって事?」

「はい、これから時空の流れに乗りますので」

 魔裏さんの意味不明な発言には、もう慣れっこになっていたつもりだったが、ふと初歩的過ぎて今まで疑いすらしていなかった移動手段に対して疑問を覚えた。

「ところで……ここから何で移動するんだ? バス? 電車?」

「いえ、魔法です」


「「――――?」」


 魔裏さんは、キョトンと固まる俺らに微笑むと……クリアファイルからペンを取り出し、その先端に光を点灯させると、まるで英語の筆記体を書くかのように一筆書きで宙に光の線を走らせ、円と三角形で構成された幾何学模様をかたどった。

 しかも、どういうわけなのか。普通は光なんて一瞬で消滅するはずなのに、そこに固定されたかのように、模様は宙に浮き続けている……。

「あのー、魔裏さん? こ、これは何?」

「あ、『時空転移魔法』の魔法陣です」

「……じ、じくうてんいまほう?」

「はい。これで最初の旅の舞台へと移動するんですよ」

「へ、へえ……」

 ……なんのこっちゃ?

「なんだか良くわからないけど、キレイだね……」

 目をパチパチさせながら、何とか感想を口にするカナン。

「それじゃ、行きましょう! いざ、世界一周旅行へ!」

 そう高らかに言うと、魔裏さんは俺らにペン先を向け、クルリと回転させた。

 すると、その仕草に呼応したかのように、幾何学模様は突如その輝きを増幅させ、瞬く間に俺とカナンを強い光の中へと飲み込んだ。

 次の瞬間。突然足場から地面が消失し、巨大な流れに体をさらわれ押し流されていくような感覚が立て続けにおこった。

「わわわっ!?」

「カナン!?」

 声を頼りにお互いを手繰り寄せ、身を寄せ合う俺とカナン。


 まさかとは思うが、俺、とんでもないプランと契約してしまったんじゃ……?


 脳裏をかすめる後悔と不安、恐怖。

 思わず力の入ってしまった手を、カナンはギュッと握り返してくれた。

 その握力と、温もりのある柔らかな感触は、ほんの少し俺に安堵を与えてくれた。


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