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プロローグ2


 ○



 カナンは彼女の叔母さんが切り盛りする喫茶店でバイトをしている。

 そのお店ってのが、夜遅くまで営業している&駅から歩いて十分ほどのところにあるということもあり、今日みたいに遅番の日は、二人で待ち合わせて一緒に帰るようにしているのだ。

 人もまばらな改札を通り、タクシー乗り場に並ぶ人の列の間を横切って、俺は『いつものとこ』へと足を向けた。

 駅の敷地から、車道を一本挟んで隣接している街の広場へと抜け、商店街に続く南芝通りとは反対方向へ歩みを進めると、峰守のシンボルでもある銀杏に囲われた、高さ5メートルほどのソフトクリームのクリーム部分をそのまま形にしたような(悪く言えばウンコ)、ちょっと変わったデザインのオブジェが現れる。

『時空の塔』と銘打たれ、いかにもなモダンアート臭を漂わせているこのオブジェだが、実は作られたのは、今から千年も前というえらく古いものなのだ。

 町に伝わる昔話がたくさん綴られている『峰守物語』には、この塔にまつわる話がある日突然天から落ちてきた天女が二度と戻れない天界への想いと、どこの者とも知れない自分を受け入れてくれた峰守の民への感謝を示すために、子孫たちが未来永劫の幸福であるようにとの願いを込めて、神通力を用いて作った、というエピソードがおさめられている。

 そういう事もあって、町の重要文化財に指定されてもいる塔ではあるのだが、歴史とは残酷な物で、俺を始め二十一世紀を生きる現代の峰守の人は、一部の年寄りや歴史ミステリーマニアのような人々を除いて関心を持っておらず、『どうせそのエピソードも本当は観光客を釣るためにわざわざ後から付け加えたんだろう』と、鼻白んですらいる。

 だから、街の中心とも言える駅前広場に位置し、お上から箔を与えられているにも関わらず、この塔周辺はいつもひっそりとしている。

 カナンは、そんな塔の階段状に造られた土台に腰かけて、夜空を見上げていた。

 鼻歌でも歌っているらしく、ポニーテールに結った長い髪を手に取り、ゆったりとしたリズムに乗せて揺らしていた。

 くすぐったい気持ちにかられた俺は、ひっそりとその背後に忍び寄り――、

「カナン」

「うわっ!」

 ビクッと体を震わせたカナンは、素早く飛び跳ねると、フィギュアスケートの選手みたいにクルリと回転し拳を構えた。

 なかなか見応えのある慌てっぷりじゃないか。不意を喰らわせた甲斐があったってもんだ。

「よっ。ただいま」

「なんだ、翔介か……。びっくりしたなぁ。もう何なの? いきなり!」

 両腕を腰に添えて、にやつく俺を睨んでくるカナン。

「いや、ちょっと驚かせたくなって」

「はぁ? 何それ?」

「へへへ」

「やらしい笑いかた! ほんと、いつも下らない事だけはするんだから! ……取敢えずおかえり」

 ムスっとした表情で、そう一気にまくし立てるカナン。

 このざっくりとした切れ味具合が、心身ともに疲れ果てた俺にはとても心地良い。

「ああ、ただいま。カナンもおかえりな」

「うん。ただいま。……って、今日はいちだんと疲れてるっぽいね」

 少し眇めた目で、見つめてくるカナン。

「そうかな? いつもどおりじゃない?」

「またまた、強がっちゃって。いつもよりもなんか重そうだよ?」

「別にそんな事ないと思うけどな」

「はいはい」

 そう言ってカナンは少し両手を上下に振った。

 なんとなく会話が途切れ、特に意味の無い笑みを交わす。

「じゃ、帰ろっか」

 カナンは、うーんと体を伸ばして言った。

「ああ。でも、ちょっと待った」

 密かに機を伺っていた俺は、一つ唾を飲み込みカバンの中から例の紙袋を取り出した。

「なにこれ?」

 キョトンと聞いてくるカナン。しかし、すぐに察しがついたらしく、その目を微かに眇めさせた。

「何って、プレゼント。誕生日の」

 わざと惚けた口調で答えた。

「は、はあ!? いらないって言ってたじゃん! そんな贅沢する余裕なんて、うちらにはないんだよ!? それに、こんなの貰っちゃったら……バチが当たっちゃうじゃん」

「たかだが税込み三千円だぞ? こんなんでバチが当たるもんか」

「あのねぇ……」

 複雑な面持ちで、カナンは俺と紙袋を交互に見つめた。

 どうやら、素直に受け取ってくれるつもりはないっぽい。

 だけど、カナンがこういう反応を取るであろう事は読み通りだ。でもって、本当は嬉しいって思ってることも。

 俺ら二人には、幸福を率直に受け入れられない特殊な事情があるのだ。

 とはいえ。こうして用意した以上おいそれとひっこめるつもりになんてあるわけもなく、俺はカナンの手を取り、プレゼントを無理やり握らせた。

「ちょ、ちょっと……」

「良いから良いから、貰っとけって」

 押し返そうとしてくるカナン。

 俺は手を後ろに隠して、後ろへ一歩ジャンプする。

「んもぉ! 貰えばイイんでしょ? 貰えば!」

「そんじゃ、取敢えず開けてみてよ」

「何があっても知らないからね!

 ……あ、でも、一応、ありがとう……」

 バツが悪そうに唇を尖らせて言うと、カナンはもぞもぞとリボンをほどいて、紙袋の中に手を突っ込んだ。

 期待と緊張が俺の胸が激しく高鳴りだす。

 ――ついに、この時が来た。

 プレゼントの中身がヒットする物かは判らないけど。でもきっと、カナンは喜んでくれる! はず‥‥‥くれますように!

 息をするのも忘れて、俺はカナンの反応を見守った。

「ん……? あれ?」

 期待とは裏腹に、袋の中を覗いたカナンは苦が笑いを見せた。

「ど、どうかした?」

 おそるおそる尋ねると、

「うん……これ」

 紙袋の中から、割れたお皿の欠片を取り出した。


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