第二章 4 ユニクロのシャツが予想外過ぎるレベルで頑丈だった。
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ドラゴン丼を食べ終え、くつろいでいると――。
プルルルルルと、魔裏さんの方から、電話の着信音らしき音が聞こえてきた。
「うわぁ……人事部からの連絡……。
すみません。二人とも、ちょっと席を外しますね」
クリアファイルの中から取り出した、スマホっぽい半透明の物体を耳に当てて、店の外へと出て行く魔裏さん。
思いっきり、地球界的な光景に唖然としてまった。
「電話とかあるんだね」
「昨日も、会社に連絡するとか言って席を外してたけど、……魔法で通信してるのかな」
「そうなんじゃない?」
「なのかなぁ?
そんな取り留めない会話をしていると、
「はーい」
さっきまで騒ぎ放題だったドラゴンハンターのグループのうちの一人、リーダーと思しき金髪の女が近寄づいて来て、許可もとらずにカナンの隣に腰掛けた。
「ねえ。アンタ、カワイイね。名前何ていうの?」
もしかしてこの状況……まさか、ナンパ?
つーか、女の人が女を?
違和感を覚えつつも、舐められてはダメだと自分に言い聞かせて(内心びびりながら))、俺は女を睨みつけた――のだが、俺の事なんて眼中にないのか、全然意識視線を向けらすらしない……。
そんな俺らの様子を、向かい側ニヤつきながら伺っているアフロとツインテールの二人が、俺の方を指さしてくすくすと陰気な笑い声をあげた。
くそ~。情けなさ過ぎて泣けてくる!。
「何か用ですか?」
露骨に嫌そうな顔を浮かべて睨み返すカナン。
まさかきっぱりと突っぱねられるとは思っていなかったらしく、金髪さんは一瞬その目を大きく見開いた。
「んな怖い顔すんなってさ。ウチさぁ、お姉さんを助けてあげたいなーって思ってんだから。珍しい格好してるとこ見ると、旅の人だよね? うち等がこの街を案内してやるよ」
「悪いんだけど、わたしたち、ちゃんとガイドを雇ってるんで、そういうのは間に合ってますから」
カナンはぶっきらぼうに答えて、ぷいっと顔を背けた。
「やだなぁ、そんな態度取られたら、傷ついちゃうじゃん? ていうかウチらさ、生まれも育ちも、この辺なんだよ。ガイドの連中が連れてくところなんかより、も~っとアゲアゲで超ハッピーになれるところに案内してあげれるんだけどなぁ」
「あなたじゃ、わたしをハッピーになんてできないよ」
「……へえ。おねーさん、面白いじゃん。ますます気に入っちゃったな~」
そう言いながら、カナンの頬に触れてしまう寸前の位置まで唇を近づける金髪さん。
「ちょっとアンタっ!」
内心、荒事にはなりませんようにと祈りまくっていた俺だったが、さすがに黙っていられなくなりカウンター席を叩いて立ち上がった!
が、いつの間に近寄っていたのか、アフロとツインテールの二人に両脇と肩を固められてしまい、身動きを封じられてしまった……!
「男の分際でしゃしゃりでんじゃねーよ!」
「キャハハハ! ウチ、男とか初めて触った~。超歴史的瞬間なんだけどぉ。てか、後で洗剤使って洗わなきゃだし~、さいあくぅ~」
まるで男である事自体が悪いかのような彼女らの言い方に、俺は衝動的な憤りを覚えた。
「男だからって、何だってんだよ?」
「ぷぷ~っ! イキってんじゃねーよ。男のくせに!」
「男なんて役立たず、今時、ありえないっての~」
顔を見合わせて侮蔑に満ちた笑い声をあげる二人。
なにこれ。もしかして俺、差別されてんの?
「そうそう。ってわけだからさ、おねーさん? うち等と一緒に行こうよ、ね?」
遊んだほうがぜーったい楽しいって~!」
俺らのやりとりを一笑し、再びカナンに下品なアプローチをしかける金髪さん。
「いい加減にして!」
怒りあらわにしたカナンは、不躾にも強引に唇を近寄らせる金髪さんを押し返そうと、両腕を伸ばした。
すると次の瞬間。目を疑うような出来事が起こった。
「きゃっ!」っと、悲鳴をあげたリーダーが、香港映画のワイヤーアクションばりの勢いでバビューンと弾丸のようにすっ飛んで、店の壁にビターンと張りつき、それから、ボロ雑巾のみたいにズルっと床に落っこちた……。
????? ……な、なにが起こったんだ?
「みさぴょん!」
アフロとツインテールの二人は俺を突き飛ばし、床に突っ伏したままピクリとも動かなかくなった金髪さんの傍に駆け寄った。
「え? ええっ? えええええええええ!?」
自分でも何をやったのか理解できていないらしく、カナンは自分の手と、壁からズルリと床に落ちて、動かなくなった金髪さんもといみさぴょんの姿を交互に見やり、それから俺の方に不安でいっぱいといった感じの眼差しを送ってきた。
「な、なにこれ……?」
「す、凄いじゃん。前から力持ちだなとは思ってたけど、こんなに強かったんだな」
「違う違う! わたし、ちょっと押しただけだよ? これくらいの力で」
そう言うと、カナンはわざわざトンッと俺の胸をついてきた。
それなりに強い力だった事もあり、軽く後ろにのけぞってしまったが、決してぶっ飛ぶような程ではなかった。いやまあ、当たり前なんだけど。
「手加減した?」
「してない! してない! 全然してない!」
胸の前で両手を握り締めて、首を振るカナン。
うーん。嘘を言ってるわけじゃなさそうだ……。
「わたし、どうなっちゃったの?」
「どうって……無意識に魔法とか使ったんじゃないの?」
「そんなわけないよ! 魔裏さん言ってたじゃん、魔法はちゃんと習得しないと使えないって」
「た、確かに……」
だとしたら、今、目の前に起きたこれはなんなんだろう……?
あとで魔裏さんが帰ってきたら聞いてみるとしよう。
……それよりも今、この状況で問題にすべきは、柄の悪い連中にこっちから先に手を出してしまったという事の方だ。……この手の奴らって、大概メンツなんていうどうでも良い物を気にしてるから、やり返してきたがるんだよなぁ。
「ちょっとアンタさあ! みさぴょんをぶっ飛ばしといて謝りもしないとか、マジありえなくね?」
ほーら来た。
憤怒全開といった感じのアフロさんが、ガンつけながらカナンの前に進み出てきた。ていうか、みさぴょんって……。
「突き飛ばしちゃったのはごめんだけど。そんなつもりは全然なかったの!」
「はああん? 何、舐めたこと抜かしてんの? 謝ってすむなら騎士団はいらねえってーの!」
怒声をあげたアフロさんは、その腰に携えていた鞘から剣を抜いた……って! それ、ギラっとやばげな光りかたしたけど……まさか、本物!?
「えっ!? そ、それ、なんかヤバそうだけど、バサっとやったら斬れたりしないよね?」
さすがのカナンも、やばいと思ったのか一歩後ずさった。
「おもちゃなわけないでしょ! 悪いけどこっちはマジだかんね!」
「ちょ、ちょっと待った! いくらなんでもマジもんの刃物はまずいだろ!」
「うっさい! 舐められたまま引き下がるとか、そっちの方がありえねーんだっつーの!」
怒声をあげ、剣を横にして斬りかかるアフロさん。
まさか本気で刃物を使うとは思っていなかったんだろう。意表をつかれた分、カナンの反応は遅れてしまった!
「危ない!」
――このままじゃ、カナンが斬られる!
俺は無我夢中でカナンの前に飛び出した。
「翔介!?」
驚くカナンの声が耳に響く。
俺の腹に向かってくるアフロの剣が、ゆっくりと俺の視界を流れた。
――ああ……斬られる。
カナンを残して死ぬなんて、俺はなんて甲斐性がない。せっかく旅行に連れて来たのに。ほんと、運に見放されてる。
そう自分の運命を呪いつつ死を覚悟した……。
ところが次の瞬間。
俺は自分の身に起きた出来事に驚愕した。
俺の着ていたアロハシャツ(ユニクロ)が、パキーンと金属同士がぶつった時のような音を響かせて、アフロさんの剣をはじき返したのだった!
「ぐわっ! ば、ばかなっ!」
しかも、相当な反動を受けらしく、アフロさんは苦痛に表情を歪め、剣を床に落としてしまった。
いったい、何が起きてるんだ……?
「ちょ、ちょっと、なに遊んでんの! ぱっぱと始末してよ!」
手首を抑えながら、俺から距離を取ったアフロさんに、ツインテールさんが怒声を浴びせた。
「ち、違うって! わたしはガチで斬ったんだって! こいつの服、ペラペラしてるくせに、とんでもなく硬いんだって! こんなのG1級の鎧だぞ!」
か、硬い? アロハシャツ(ユニクロ)が? いやいや、そんなわけないでしょ。……多分。
「翔介、大丈夫……? って、全然へっちゃらそうだね……」
不思議そうな顔を浮かべて、斬られた(?)箇所を摩ってくれながら、カナンが不思議そうに聞いた。
「ああ。い、いや……、何が起こってるんだか俺にはさっぱり……」
俺とカナンはお互いに首を傾げた。
「は? 意味わかんないんですけど! もう良いよ! ユコたんちょっとどいて! ウチがやる!」
そう言うなり、今度はツインテールの子が腰の剣を抜いて襲いかかってきた!
「マジかよ!?」
咄嗟の事に、態勢を整える事ができない!
今度こそ、やられた……。
俺は覚悟を決めて、唇をかんだ。
――ところが。結果はさっき以上の衝撃的な光景を見せた。
刃が俺のアロハシャツに触れるや、まるでガラスが砕けるかのように砕け散ったのだった……!
「う、うそでしょ……? ウチの剣は、ドラゴンの皮も斬れるやつなんだよ!?」
青ざめたツインテールの子は、ガタガタと体を震わせながら、ほぼ柄のみとなった剣をポロリとその手から落としてしまっていた。
「ふ、ふざけんな! どんなインチキ魔法使ったのかしんねーけど、こうなったら、何がなんでもこの場でぶっ潰してやる!」
メンツをつぶされて怒り狂ったアフロさんと、気を取り直したツインテールさんが、俺とカナンを取り囲んだ。
俺とカナンは、身を寄せ合い、ジリジリと詰め寄ってくる二人と対峙した。
と、その時だった。
「こっちです、ナイト様!」
いつの間にか姿を消していた店の子が、腰に重々しい剣を携えた二人の女を連れて現れたのだった。
「おい! 警備騎士団だ! くだらん真似をしてるの、どこのどいつだ!」
「はぁ!? なんで騎士なんか呼んでんの!」
「やっば、最悪じゃん! ユコたん、みさぴょんをちゃんと担いで!」
忌々しげに舌打ちを打ったアフロさんが手際よく、伸びっぱなしのリーダーを抱えて、同じように、窓へ向かって駆け出した。
しかし、それよりも速く、警備騎士団の女がその前に立ち塞がると、強行突破を試みるドラゴンハンターグループに向かって、光の幾何学模様――魔法陣を描いた。
「くっ! しまった!」
アフロさんが悔しそうに臍を噛むや、陣形からは蔦のような光の紐が何本も飛び出て、あっという間に、彼女らの体に巻きついて文字通りお縄にした挙句、葉っぱを口に張り付けてふさいでしまった!
「ウゴ! モゴモゴ!」
必死に身をよじる二人だったが、その抵抗も空しく完璧に取り押さえられてしまった。
唐突な異世界の捕物劇を呆然と眺めるばかりの俺とカナン。
と、そこへ、ようやく電話を終えて来たらしい魔裏さんが戻ってきた。
「いやーすみません。お二人ともお待たせしちゃって……あれ? ちょ、ちょっと、どういうことですか? って、騎士団? これはまずい! お二人とも、逃げますよ! 捕まったら面倒くさいですから! えいっ! 煙幕魔法!」
魔裏さんは素早く陣形を描いて、見る間に店内を煙でいっぱいにすると、咳き込む俺らの手を引いて、店の外へと飛び出した。
「おい! お前たち! 待たないか!」
背中の方から俺らを呼び止める騎士の声が聞こえてくる。
「良いのか? 逃げて? あの人達って、こっちの警察みたいなもんだろ」
「下手に取り調べなんか受けたら、執拗に粗探しされて、連中のポイント稼ぎのために罰則を与えられかねないので逃げた方が良いんです!」
うーん……公権力の闇か……。
「ドラ丼食べた分のお金、払ってないよ
「わたしたち旅人は、滞在期間中に払えば良い事になっているので、今は大丈夫です」
無銭飲食になってしまうかと心配になったが、取敢えず問題がないようでほっとした。
それにしても。せっかく、美味しい物を堪能できたってのに、結局こんな結果になっちまうなんて、やっぱり俺とカナンって不幸体質なんだな……。
こんな調子で、本当にこの旅行、終わらせらて帰れるんだろうか?
俺は、そんな不安に苛まれながら、魔裏さんの手に引かれるまま、建物の間を全力で走った。
真横を走るカナンを見やると、
「まいっちゃったね」
と言って微笑み返してくれた。
「なんか、楽しそうだな……」
「うん。この無茶苦茶さ加減が、ちょっぴりおかしくって」
「そう思えるお前は凄いよ……」
カナンが喜んでくれているようで何よりです、はい……。