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第一章 11 どうにもならないみたいだから、腹をくくってみた。


「80兆円でございます」

 聞こえてなかったとでも思ったのか、魔裏さんはわざわざ繰り返した。

「ちゃんと聞こえてるから! つーか、なんでそんな凄い額? 国家予算級だぞ?」

「普通、こういうのって、もっと常識的な金額なもんじゃないの?」

 思いっきり眉間に皺を寄せたカナンが聞き返した。

「ですが、当社の規約によって、解約金は一律その額に設定されていまして……契約書にも、はっきりと記載されていますし……えっと、ここの部分ですね」

 魔裏さんは、抱えたファイルから契約書の控えを取り出すと、めっちゃ細かく書かれた契約条項の一部分を指さした。

「えーっと、どれどれ……。『契約を破棄する場合――』……………………マジかよ……」

 確かに魔裏さんの言う通りの事が書いてあった。

 全身から力が抜け、俺は高い塔の天井を仰いだ。

「あ、一応、別にローンでも構いませんよ? ちなみにリボ払いも用意してます。利子はとわりになってしまいますが……」

「昔のヤミ金かよ! なんだよ、この契約! どう考えても詐欺じゃないか! こんなの法律違反だろ! 訴えてやる!」

「それは構いませんが、お二人が裁判に勝つのは難しいかと思います。

 ここがガウロンである以上、裁判はこちらの世界の法に基づいて行われますので。

 それに、この金額はきちんとガウロン法に則って設定されたものでござます。

 詳しくはさきほどお渡しさせていただいたしおりの巻末をご覧下さいませ。付録として、この世界の法律辞典も載せておきましたので」

 一応開いてみたが、こういうのにありがちな意味の捉えづらい文章が小さい文字でぎっしりと書き連ねられていた。

「読む気にならん」

 俺はしおりをバシッと勢いよく閉じた。

「だいたい、こっちの法律なんか知るか! 日本の裁判所の話だっての!」

「しかし、お二人が今いるのはガウロンでございます。『郷入れば豪に従え』。それこそ日本にはそんな言葉がありますよね? つまりはそういう事です。

 この世界にいる以上は、こちらの法に従って貰わなければ困ります。

 厳しいことを言ってるように聞こえるかと思いますが、これからこの世界を楽しく旅行していただくために理解しておいていただきたい重要なことでございます。どうか、忠告として受け取っておいて下さい。

 もし、どうしても日本の法律に基づいて訴訟を起こしたいのであれば、帰還されてになさってください」

「くっ!」

 こみ上げてくる絶望感に、俺は思わず項垂れてしまった。

 横からカナンの「はあ」という重い溜息が聞こえてくる。

 耳が痛い……。

 うまい話には裏があるとはよく聞くが、まさか、こんな事になるとは……。

 ふと、ついさっき見た『魔族』の項目に書かれていた内容が頭を過り――いや、そんな事あるわけない。

 ……でもなぁ。あの時の彼女の目は、きらきらと輝いていて、本当に夢を追う人の物に思えたんだよな……。いや、それは今も変わらない。魔裏さんの目は輝いてはいる……。

 どこかズレてる彼女の事だから、きっと騙そうなんて悪気は全然なくて、本気で俺らを楽しませようと思ってるんだろう。

 ……そうであってほしい。

 複雑なに気持ちにかられつつ、魔裏さんに視線を向けると、

「あの、大変がっかりされているご様子ですが、そこまで落ち込む必要はございませんよ」

 まぶしい笑顔で魔裏さんが言ってきた。

「帰れるかどうかも判らないのに落ち込まずにいられるかよ……」

「そんなことはありません!

 どうやらお二人は、地球界での年月の経過を懸念されていらっしゃるようですが、時空の塔には、行きたい時間を自由に決める事ができるんです。

 つまり、二人がゴールにたどり着きさえすれば、ここに来た時間――七月十日 午前十時ぴったりに戻ることが可能なのです」

 得意げにたてた人差し指をくるくる回しながら言う魔裏さん。

「大丈夫だってこと?」

 カナンが目をパチパチさせながら聞いた。

「はい。とにかく時間に関しては何も気にする必要はございません。肉体の老化や、しいては記憶すらも、出発前の状態に戻す事ができますね」

「それはつまり、俺らがヨボヨボの年寄りになってからオメガ塔についたとしても、今のこの姿に戻って、元の生活にそのまま戻れるってわけか?」

「はい」

 大きく頷く魔裏さんだった。

 魔裏さんの話を全て鵜呑みにする事はできないとはいえ、魔法があるような世界だからな、そういった俺らの常識じゃ測れないような事があってもおかしくはない……。

「結局、オメガ塔とやらを目指すしかないのか……」

「そうみたいだね………………」

 俺もカナンも項垂れる他なかった。

「どうやら、ようやく旅行へ出る決心を固めてくれたようですね。いやー良かったです!

 わたし、ホッとしました!」

 胸に手を当てて、安堵の溜息を吐く魔裏さん。

 騙そうなんてつもりはないのだとは思う。だけど……、どこまで信じて良いのやら。






 旅行の進捗について、会社に報告する義務があるとの事で、魔裏さんは塔の外に出て行った。

 重い空気の中、俺はカナンにかける言葉を見つけらずにいた。

 こんなに、気まずい思いをしたのは初めてだった。

「よーしっ!」

 それまで、急にカナンは膝を叩いて立ち上がると、びっくりして見上げた俺をあっけらかんとした笑みを見せた。

「こうなったらもう、グダグダしたって意味ないよ。そのオメガ塔ってとこ目指して頑張ろうよ! ね?」

「随分切り替えが早いな。目指したからって確実に帰れるか判らないんだぞ? 魔裏さんの話だと死ぬ可能性だって……」

「でも、ゼロってわけじゃないじゃん? だったら、これもまた運命だったんだよ。わたしたちには受け入れるしか道はないんだよ」

「カナン……?」

「心配ないよ。今までだって、なんとかやってきたじゃん? だから今回だって、ぜーったいへっちゃらだよ。

 それにね。最近、良い事ばっかりだったじゃん? それは凄く楽しかったけど、なんかしっくりきてなかったんだよね。どこか違うような気がしてたっていうか? でも、これですっきりした! やっぱり不幸な目に合ってる方が、わたし達らしいんだよ」

 そう言って、頭の後ろで手を組んで笑みを見せるカナン。

「あ、ああ……、そうかもな……」

「うん、そうだよ」

 まったく……。ポジティブなんだかネガティブなんだか判らない、へんちくりんな考え方するんだから。

 だけど、おかげでちょっぴり踏ん切りがついた。

 呆れ果てたら勇気が湧いてくるなんて、自分で言うのもアレだけど、どうかしてる。

 俺も、少しだけカナンっぽくなってるのかも知れない。

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