第一章 8 異世界一日目 塔に泊まることになった
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「立ち話をしている間に、お昼もとうに過ぎちゃってたようですね。
ここから一番近くの町まで行くには、半日ほどかかってしまうので、今日は塔で夜を過ごしましょう。一応、今後の流れについてもう少し詳しくお話しもしたいので」
との事だったので、異論の持ちようがない俺とカナンは了承した。
「塔は、ちょっとした簡易宿泊施設でもあるんです。
元々はアルマ様を巡礼する人たちが一夜の宿として使っていたのですが、今はそれ以外の旅人達にも広まり、誰でも自由に使っても良い事になっているんです。
というわけで、遠慮しないで利用させていただいちゃいましょう。
あ。そうだ。せっかくなので、この時空の塔についての解説をさせてください。
こちら、『時空の塔アルファ』と呼ばれていまして、今より約一0万年前――人類史以前の時代ですね――その頃、この世界を支配していた『神人』と呼ばれる民によって、あちこちに建造された物の一つで、大変歴史の深いものなのでございます。
神人とは、その呼び名の通り、我々普通の人間を遥かに超えた力を持っていたと言われる民で、魔法を始めこの世界の文化の礎が彼らによって築かれたとされております。
ところが、その強大な力を持ってこのガウロンの盟主として存在していた彼等ですが、約一万年ほど前に、忽然と姿を消してしまったと言われています。
理由はさだかではありません。我々の祖先の残した資料のどれもが、ただ『突然、神人がいなくなった』とだけ書いているばかりで、具体的な事には触れていないのです。
現代の歴史学者達の見解もバラバラで、ある人は新たな世界を自分たちで創造しそちらへ移住したと言い、別の人は自分たちの生み出した超越的な魔法技術をコントロールしきれずに消滅したと主張しています。本当に様々な意見に溢れているものの、どれも決定打には欠けており、いまも論争の的となっております。
まあ、超越した存在である神人の思考なんて、しょせんは普通の人間である我々には理解できるはずはないのですが……。判らない事を想像するのは、面白いですからね。
今後旅をしていく中、様々なところで彼等の足跡を目の当たりにすることと思います。我々の及ばない力を有していた神人が、どのような人々だったのか、そんな事に思いを馳せてみるのも、一つのロマンではないでしょか。
あ、そうそう。オメガ塔で祀られているアルマ様も神人の一人なんですよ。言い伝えでは、他の神人が消えた後も百年ほど残られていたようですが、最終的には姿を消されたと言われています。
さて、そんな神人達によって造られたわけですから、当然この『時空の塔』には強力な魔力が宿っていまして、塔を中心としたその周辺は、別々に存在する世界を結ぶ時空流へと続くゲートポイントになっているんですね。
地球界で例えると、塔は駅、転移魔法が電車みたいなものでしょうか。
わたしがお二人をガウロンにお連れする事ができたのは、わたしの魔法と、塔の力が有ってこそのものなのです。
待ち合わせ場所に選ばせていただいたのも、こういった理由によるためでございます。
峰守の駅前広場にある塔は、まぎれもなくあの塔は意図的に作られた物でしょうね。実際に時空の塔と名付けられていたみたいですし」
「ん? ってことは、峰守に転移して来た神人がいるかも知れないって事?」
カナンが、少し興奮気味に質問した。
「その可能性は非常に高いかと思います。塔の形状があまりにもオーソドックスな形をしていますし。もちろん偶然、地球人が作ってしまった可能性もありますが、そっちの線はちょっと考えにくいですね」
「そういや、あれを作った人は、どこから来たのか判らない謎の天女だって話だったな」
「もしかしたら、本当に消えた神人の一人が、お二人より少し前の時代の地球に転移し、暮らしていたのかも知れませんね」
「だとしたらびっくりだなぁ……。わたしたち、そんなの全然知らないで待ち合わせとかしてたし。変な形してると思ってたけど、けっこう凄いものだったんだね」
うーんと顎を摩りながら唸るカナンだった。
……けっこう、真面目に聞いてたんだな。
まあ……なんだかんだで俺もこういうミステリアスな話は好きだから、つい聞き入ってしまった。異世界から来た神人ね……いったい、どんな人たちなんだろうな。
「それでは立ち話もなんですので、さっそく塔の中に入ってみましょう」
考え込む俺らに微笑みつつ、魔裏さんは苔の生したいかにも重そうな扉に手を添えると、いったいどういう仕掛けになっているのか、扉は自動ドアみたいに勝手に開いた。
面喰ってしまい立ち尽くしてしまう俺らだったが、ホテルのボーイさんみたいに一礼した魔裏さんに促され、おそるおそる塔の中へ足を踏み入れた。
すると、これまた驚いたことに、壁全体が一斉に光りだし内部を照らし出した。
苔や蔦でびっしりの外観とは打って変わり、寝泊まりできるというだけはあって、食卓用と思われるテーブルと小さな食器棚、ちょっとしたキッチンまでもが備え付けられていた。
しかも、しっかりと手入れが行き届いているようで、多少埃が積もってはいるものの綺麗だった。
「今晩はお二人への感謝をこめて、わたしに夕飯を振る舞せてください。あまり料理は得意ではないので、お口に合うものを作れるかは判りませんが。今日のところはそれでご容赦くださいませ。明日からはちゃんとしたお食事のできるところへご案内いたしますので」
そう言うと、魔裏さんはキッチンの傍に置かれていたクーラーボックスほどの箱をごそごそあさり、じゃがいも、人参、それから肉らしき塊を取り出した。
「この箱は、保存魔法がかけられてまして、地球界の冷蔵庫よりもずっと、長持ちするんですよ。それにしても、なかなか良い物が入ってましたね。いやー、運が良いです!」
ちなみに、こういった準備がなされているのは、利用した旅人達が代金の代わりに自分の持ち物から少しずつ置いていくからなのだそうだ。
「わたし達は、代わりにこれを残していきましょう」
そう言ってクリアファイルから取り出したのは、意外や意外。スーパーやコンビニでも良く見かけるカレーせんべいだった。
「あ! それ、美味しいよね? わたしも好きだよ! もしかして魔裏さんもそうなの?」
どうでもよい事だが、カナンはカレーせんべいが好きというより、全般的にせんべいが好きなのだ。
「はい。地球界のお菓子はとても美味しい物が多いのですが、一番気に入ったのはこれなんですよね。しばらく食べられないかもと思って買いだめしといたんですよ」
ちょっぴり名残惜しそうにカレーせんべいを一袋、箱に入れる魔裏さんだった。。
野菜や肉と比べると随分しょぼい気がしないでもなかったが、魔裏さん曰く、こういうのは気持ちが大事なのだそうだ。
「旅は孤独なものですからね。
だから、敢えて足跡として残すことで、自分と同じ道を歩んだ人がいた事を伝えていくんです。顔を合わせる事がない人同士であっても、大きなつながりの中にあるのだと判ることができますからね」
静かに箱を閉じながら魔裏さんが言った。
「優しいんだね」
感心したふうに言うカナン。
「そうですね……。わたしはこういう風習がとても素敵な物だと思っています。しかし、最近はこういった昔ながらの習わしを守らない人もいらっしゃって……。利用するだけ利用して、散らかしたまんま掃除もしないでして去っていく人が増えているんですよ」
「それは良くないなぁ。……そういうのって、罰せられたりしないのか?」
「基本的にはノータッチです。他の旅人や近隣の住民ととトラブルになったりしない限りは町の騎士団――地球で言うところの警察ですね――も動く事はありません。法に触れているわけでもないし、風習自体あくまで善意に基づいているものなので。悪気はないのだとは思うのですが、仇で返すような真似はどうかと思ってしまいます」
どこの世界にも、そういうこころない奴がいるのかと思うと少し悲しい気持ちになった。ある程度は仕方のないところもあるんだろうが、マナーってのがあるよな。
だけど、本当は俺もそう言った連中をとやかく言えない気がした。優しい世界の本質が分かち合う事にあるのなら、そういった物を持てない俺はそぐわない。
何となく――カナンに目をやると。
「ん? どうしたの?」
カナンが、きょとんと見返してきた。
「あ、いや……別に」
なんというか……、アホな俺はカナンの笑顔を見た途端に、気にかかった事がどうでもよくなってしまったのだった。
「わたしたちはちゃんと、掃除くらいはしようね」
「だな」
そう答えると、カナンは満足そうにうんうんと頷いた。
「ねえ。ところで、魔裏さん? さっきその、薄っぺらいクリアファイルから、カレーせんべいを出してたけど、それも魔法なの?」
そういや、魔裏さんのクリアファイル芸を目の当たりにするのは、初めてなんだっけか。
俺も、不思議に思ってはいたけど聞くタイミングが無くて、スルーしちゃってたんだよな。まあ、今となっては『あ、魔法なのね』と、結論をつけられるんだけど。
「これは空間を操作する魔法で、収納できるスペースを広げているんです。ちょっとした倉庫くらいはありますね」
本当、魔法って便利なんだな。