王都に遠足に行きましょう1
「お父さん!」
「はい!何でございましょうエル様!」
帰ってくるなり、意を決したように声を張るエル。
アビックも、即座に椅子の上に正座し畏まって受け答える。
「あのね、今度、遠足があります!」
「そうですか!」
「王都、ベリダです!」
「遠いね!!」
エルが住む村から、王都ベリダまでは馬車でニ週間以上の旅が必要である。
「お父さんは強いので、一緒に行ってください!」
「嫌です!」
即答である。
「えー!ダメー?!!!」
気を張り、頑張って話していたエルが、突如として不安に表情を崩す。
「遠いー!メンドくさいー!」
アビックはテーブルに突っ伏して、ジタバタしている。
「先生が、転移法術で連れてってくれます!日帰りです!」
「じゃあ~、行きます!」
むっくりと、顔を起こす。
ウーベル王国王都ベリダ。
人口12万人が暮らす、王国首都にして最大の都市である。
「大きいねぇ。」
王城に続く跳ね橋、その入り口を守る城門を見上げてエルが感嘆の声を上げる。
「んー、防備が甘いな。」
アビックが同じく、城門を見上げながら感想を漏らす。
「でもって、治安が良くない。」
アビックは、じっと城門から真っ直ぐに伸びる大通りの先を睨む。
「・・・気に食わないな。」
アビックは白いローブに全身をかためていた。
左肘でローブを開けば腰だめに刀。アビックは鯉口を切り・・・戻す。
アビックの動作から、一拍遅れて大通りに突風が巻き荒れる。
アビックは、はだけた左手側のローブを直し、口をへの字にすると不機嫌そうにそうつぶやく。
「さあ、次行こう。今度は大聖堂でしょ?」
アビックは引率の男性教諭を、そう言って促す。
聖マルク大聖堂。
王城に併設された王都最大の教会寺院である。
この文明レベルの世界では、協会は知識・教育・研究機関・戸籍に相当する情報を管理する役所の役割も担っており、
王権を裏付ける機能と相まって絶大な権勢を誇っていた。
華麗なステンドグラスから差し込む光は、日が高いせいで長椅子に座るエルたちにまでは届かない。
神父の説教が続いていた。
エルと一緒に遠足に来たのは、同じ村の協会で学ぶ16名。
歳は同じではない。
大概が退屈そうにしていたり、遠足で浮かれた気分のため話などまともに聞いてはいないが、
上級生の児童が、下級生の世話をしているため走り回ったりする子はいない。
「え~、であるからして~」
大聖堂の神父も、遠足児童の扱いに慣れているようで、いちいち腹を立てるでもなく説教を続ける。
アビックは眼光鋭く、背筋を伸ばして話を聞いているような格好。
「グゥ・・・」
だが、寝ていた。
そもそも、ここに立ち寄った主な目的は、観光ついでの昼飯の獲得であった。
聖堂は大きく、裏側には菜園が広がるとともに、牧場で牛や羊が数十頭養われている。
「美味しい~!」
冷やされた牛乳に、満足げな子どもたちがはしゃぐ。
パンも焼きたて、野菜も新鮮で美味い。
「冷たーい!」
特に、村には冷凍法術を使える者が少ないため、冷たい果物と牛乳が大好評である。
素焼きのカップに入った牛乳。
「流石、王都ですね。こちらにも、冷凍法術の使い手がいらっしゃるとは。」
引率の先生神父がお礼を言う。
「いえ、違うんですよ。その牛乳はこうやって冷やしているんです。」
そう言うと、シスターがキッチンへの扉を開ける。
「うぉおおおりゃぁあああ!!!!」
扉を開けた瞬間、雄叫びとともにキッチンから強風が吹き込み、皆の髪がたなびく。
数名のシスターが鬼の形相で、素焼きのカップを団扇で扇いでいた。
「ここでも、冷凍法術の使い手は貴重です。
こちの牛乳は、素焼きのカップを水で濡らし、風で扇ぐことで蒸発の際の気化熱で冷やしています。」
「こ、これは・・・。」
先生神父の背筋まで寒くなる。
「なんという、頭脳的な力技。」
アビックも引きつった笑いを浮かべている。
そっと、シスターが扉を閉める。
その様子は、どこか誇らしげである。
はしゃぐ子どもたちの横で、先生神父とアビックが無言で牛乳に向けて合掌する。