畑を耕す
大地を湧き立たせる程の衝撃が、瞬間100m程の距離を一直線に走った。
「ほい、ほい、ほい。」
リズミカルな掛け声と同調して、続けざまに衝撃が走る。
アビックは、畑を耕していた。
クワを振るった際に生じさせた斬撃によって。
「ほい、ほい、ほいっ!」
斬撃の威力は凄まじく、射線上にある森、小さい丘、大岩さえも跡形もなく平らに整地してしまう。
最早、耕作ではなく開墾である。
「お父さーん!」
女の子、エルがアビックに呼びかける。
「ん~、どうしたの?エルー?」
「お父さん、ちゃんとクワを使って耕さないとダメだよー!」
フワフワとした髪の、女の子が畑に続く路地から呼びかけてくる。
「え?ちゃんと使っているよ?」
麦わら帽子に、首元にタオル、農作業着という完全装備のアビックは、「ほら」とでも言うかのように、クワを掲げてクルクルと回して見せた。
「だって、みんなそんな耕し方してないよ!怖いー!」
エルは7才。
アビックが撃ちだす斬撃に怯え、半泣きになっている。
「えぇ?!」
今にも大泣きしそうなエルの様子に、アビックはうろたえ、エルの元へと数10mを一飛びで駆けつける。
「エルさん・・・。」
アビックは、軍手をとると泣き出しそうなエルの頭を優しく撫でて、続ける。
「農耕技術は日々進歩しているんだよ!」
訳の分からない事を言い出す。
「進歩?」
「そうさ! エルがこれまで見ていたものは昨日までの、耕し方でしかないのさ!」
「?」
「今日、僕は新しい畑の耕し方を編み出したんだ! これは、進歩だよ!」
そう言うとアビックは、クルクルとクワを回すと、柄の端を右手だけで握る。
エルは、目に涙を浮かべたまま、アビックを不思議そうに首を傾げて見ている。
「いやぁ、この耕し方を編み出すのは中々難しかったんだよ。」
片手でクワを素振りして見せている。
「ほら、見てごらん。このクワという道具は、刃先だけ鉄で、柄の部分は木なんだ。」
エルが頷いている。
「力のかけ方を気を付けないと・・・」
「うん」
「なんと、・・・衝撃派を出すときに柄の方が折れちゃうんだ!」
「わぁ!」
そんなものを出す必要は全くない。
「いやぁ、僕は考えたね。こんな脆弱な武器、中々使わないからね。」
先ほどの斬撃で分断された森から背後の森へ、狸の親子がこちらをチラ見しつつ移動していった。
いい日和である。
「コツは、柄の木の目に対して垂直ではなく水平に力をかけることなんだよ~。」
アビックは得意げにクワを構えると、鞭がしなるような動きでクワを背面から正面へ振るう。
「おぉ~」
エルは、明後日の方向に熟練したアビックの動きに感嘆の声を上げる。
洗練された達人の動きは、例え相手が素人や児童であるとも、その心に何かを訴えるのだった。
目的に対して、手段を履き違えている訳だが。
「しかし、村のみんなはすごいよね。こんな形状のクワを使いこなすなんて。」
正眼に構えたクワの歯がキラリと光る。
「この形状では、真空斬撃飛ばし難くいんだよねー。斬撃派飛ばすには、ここで捻って力を前向きにしてやらないとダメなんだけれど、捻りすぎるとまた柄がもたないんだよね。」
「そうなの?」
「あぁ、そうさ! お父さんでも、30分かかっちゃったよ。剣や刀の方がやり易いのにね。この村の人たちはスゴイこだわりを持っているんだね。」
そう言うと、先ほどの鞭のような動作から、素早くクワを振りぬく。
加速するクワの歯先が、片口の付近から乱流をまとい、一気に加速しつつ前方に殺到していく。
クワが地面と一直線になった瞬間、圧縮された空気が弾け、”ボッ”という音を鳴らす。
真空斬撃が前方に指向性を持って伝わっていく。
進行方向の大気・大地、その他諸々を粉砕しながら。
「おかげで、新しい技が出来ました。農耕の進歩だねー。
だから、エルが見た耕し方じゃなかったんだよ。うんうん。」
アビックはクワを肩に担ぐと、ブッ飛んでいく斬撃を満足そうに眺めて頷く。
エルも、今では目を輝かせながらアビックの話を聞いていた。
「きっと、空気と混ざっていい土になるんだよ?」
「あのね! 川向かいのおじいちゃんが、雷が沢山鳴った後は、いい土になるって言ってた!」
エルは、得意げに村の大人から聞いた知識を披露する。
「おぉ! コウスケさんは雷属性法術まで組み合わせるのか! あそこの実りの良さはそのせいか!流石~! エル! いい情報をありがとう!」
「うんっ!」
そう言うと、エルの小さい手とハイタッチする。
「イエーイ!」
「やほーい!」
「よーし! 帰っておやつにするか!」
「帰るー!アニーお姉ちゃんに貰ったクッキーがあるよー!」
ひょいとエルの腰を抱えて、肩車する。
アビックが抱えるクワには一切の土がついておらず、真新しく陽光を反射していた。
・・・翌日。
「畝が出来とらんな。やり直しじゃ!」
コウスケじいさんから真っ当なダメ出しが入ったのだった。