食事の時間
風呂に入ったら、次は夕飯。
夕飯は未だに外で皆で食べているが、そのうち共同の炊事場兼食堂を作るのもいいかもしれないと雄太は企んでいるが……それはさておき。
ウキウキしている雄太に何事かとコロナが声をかければ、雄太はさらりと「布団が出来たんだよ」と語りだす。
これからコロナの家にも常備されていくであろう布団。その完成の嬉しさを共有したかったのかもしれない。
「布団、か。あまり私にはなじみはないな」
「え、そうなのか?」
意外な答えに、雄太は思わずそう返す。
フェルフェトゥが何も聞かずに布団を作ったから、この世界でも標準的な寝具だと思っていたのだ。
「ああ。貴族や王族がそういうものを使っているとは聞いたし、高級寝具として見たこともあるが……町に暮らす一般人は大抵が毛布だな。開拓中の村では藁の寝具も珍しくはない……メンテナンスが楽だしな」
なるほど、確かに布団はその性質上羽毛をたくさん使用する。
現代日本でも良いものをなるとかなりの高級品だが……この世界では布団といえばそうした高級品限定なのだろうと雄太は理解する。
「だが、流石に魔獣の羽毛を使用した布団など聞いたことが無いぞ」
「意外とありそうだけどな。魔獣遣いとか、結構いるんじゃないのか?」
言いながら雄太がサラダをモグモグと口に含めば、コロナは「とんでもない」と首を横に振る。
「そもそも羽毛を持つ魔獣など、大抵が強力で凶暴だぞ。布団を作れるほどに従えるとなると、どれ程の数が必要か分からん」
たとえばコカトリス。雄太のニワトリに似てはいるが、強い毒を持っている凶悪な魔獣だ。
しかも例外なく人間に敵対的で、少なくとも今までコカトリスと契約した例はない。
人間と契約した「羽毛を持つ魔獣」の例としては、伝書用や狩りの相棒として使われる事もある「ウインドホーク」や「パラダイスバード」といった小型のものだけだろう。
確か騎乗用としてランニングハイという名前の巨鳥と契約した魔獣遣いがいたという話もあったが……乗っている人間を考慮しないので結局戦闘用になったというオチもついていた。
しかもランニングハイの羽毛は固く、布団には使えそうにない。何しろ抜け羽根は防具になるくらいなのだ。
「……まあ、あちこちから搔き集めれば作れるだろうが……魔獣の羽根は素材としても人気があるからな。流石に布団にするとなると並の贅沢ではないと思うぞ」
「へえ、そうなのか」
感心したように頷く雄太が「知ってたか?」とフェルフェトゥに聞けば、フェルフェトゥから返ってくるのは「どうでもいいわ」という返事だ。
「余所の事情なんて、此処ではどうでもいいわ。違う?」
「んー……まあ、そうだな」
「とりあえず、貴方達のも順次作っていくから心配しないで良いわよ」
「その、助かる」
「構わないわ。その分労働力を捧げて貰うから。布団はその分の前払いと思いなさい」
フェルフェトゥの言葉に、コロナは「勿論だ」と頷く。
「必要な道具は色々とあるだろう。バーンシェル殿に師事し、思いつく限り作っていくつもりだ」
「そうしなさい。放っておくとソイツは作りたいものしか作らないから」
「んだよ。鐘は必要なもんだろ」
そう、バーンシェルが今デザインしているのは鐘楼に吊るす鐘だ。
流石にバーンシェルも鐘を作った経験などないらしく、どんな構造かを町に調べに行ったりもしたらしいが……最近は鍛冶場に籠って何かを試作したり地面にデザイン画を描いて消したりといった事をしている。
「ま、それについては任せるわ。素材は大丈夫なの?」
「まあな、必要分は確保出来てる」
その言葉に、コロナが遠い目をする。
ミスリルだけでも驚きだったが、バーンシェルが玩具みたいにオリハルコン鉱石を鍛冶場で弄っているのを見た時には比喩でも冗談でもなく変な声が出た。
神の金属と呼ばれるオリハルコンを神が取り扱っているのは何もおかしくはないのだが、それでもオリハルコンとは「神の金属」と呼ばれる程度には幻の存在なのだ。
なにしろ、武器として鍛えればダイヤモンドゴーレムすら粘土か何かのように切り裂くと言われ、防具として鍛えれば本人が消し飛んでも防具には傷一つ付かないと言われる程だ。
そして、それだけに加工するのにも人間離れした腕前が必要と言われるが……それ故にオリハルコン製の武具はほぼ間違いなく魔法の力を持つ品……すなわち魔具として取り扱われる。
剣の場合は魔剣とか聖剣とか呼ばれてもいるだろうか。
「あっ、忘れてた」
「どうした、の?」
声をあげた雄太に真っ先にベルフラットが反応するが、雄太はフォークを中空で「あれだよ、あれ」と言いながら彷徨わせ、フェルフェトゥに「行儀が悪いわよ」と手を叩かれる。
「村の名前。まだ決まってなかったんだよ。どんな名前がいいかな?」
「好きにしたらいいんじゃないかしら」
「ユータの好きな名前でいいと思う……わ」
「んなもん勝手に決めろよ」
「ユータ殿が長なのだから、独断で決めても良いと思うが」
この場に居ないセージュ以外の全員にそう言われ、雄太は「ええ……」と困ったような声を漏らす。




