初めての来訪者7
雄太は日本に居た頃の事を思い出す。
役立たずだの給料泥棒だの、創意工夫が足りないだのと散々に言われてきた。
やれる事を全部やって、いつでもノルマはギリギリだった。
いや、ノルマではなく「目標値」とかいう名称だっただろうか。
実際のところは何も変わらないのだが。
クリアするごとに上がっていくそれを追いかけるだけの日々は、まさに歯車そのものであっただろう。
「……今思い返すと、あの頃の俺には足りないものばかりでした。覇気も足りなかったし、確かに工夫も足りなかったのかもしれない。出来る奴はもっとスマートに出来てたんですから」
「そう、か」
「でも、たぶん一番足りなかったのは」
そう、今の雄太にはそれが理解できる。
あの頃の雄太に無くて、今の雄太にはあるもの。
「認めてくれる人、ですかね。誰か一人でもそういう人が居たら、俺は今此処に居なかったかもしれない」
この場に来たのは、巻き込まれて捨てられた果て。
それでも、元の世界に戻りたいなどとは思わない。
今の環境を捨てる理由が何一つとして存在しないからだ。
「今の俺は幸せです。明日を……その先を想えるし、その為の道筋を考えられる。何だってやってやろうって思えるんですよ」
「そうか。天職というわけだ」
「天職って程には才能はないかもしれませんけどね」
苦笑する雄太に、コロナは曖昧な笑みを浮かべる。
才能。確かに建築家が建てる建物程ではないだろう。
そういう事実をさておいて「才能がある」などとは口が裂けても言えはしない。
しかし、だ。
「才能がある事と天職であることは違う。私は騎士を自分の天職と信じて此処まで来たが、騎士としての才能があったかといえば疑問があるしな」
「そうなんですか?」
「ああ。その、なんだ。私はあまり好かれていないようでな……騎士としては致命的だ」
「はあ」
雄太としては、丁寧な人だな……くらいの印象なので「好かれていない」理由が分からない。
何か惚れられて……とかそういう類の少女漫画的な理由だったりするのかな、などとそんな事を考えたりもしたが、それを口に出したりはしない。
「苦労してらっしゃるんですね」
「……あるいは、な」
言いながら、コロナは雄太をじっと見て……もう一つの「気になった事」を口にする。
「それと……あー、なんだ。ユータ殿、貴殿は恩人だ。私に敬語を使う必要はない」
「え? でも、エルフの国の騎士様なんですよね?」
雄太が騎士と聞いて思い出すのは、初日に冤罪で雄太を殴り飛ばしたあげくに王都から追い出した騎士だ。
故に騎士と聞くと雄太は僅かばかりの警戒が浮かぶのだが、コロナは「確かにそうだが」と答える。
「此処は別にエルフの国ではないし、ヴァルヘイムの中に開拓された場所だ。慣例的にユータ殿がこの場の主なのだぞ?」
「あー……そういや、そんな話も聞いたような」
未踏地域ヴァルヘイムでは開拓した者に権利が与えられると。
フェルフェトゥがそんな感じの事を言っていたのを雄太は思い出す。
「実際のところ、ユータ殿はヴァルヘイムの開拓状況をどの程度知っている?」
「え、いやあ。俺はこの辺りくらいしか知らないですけ……」
「敬語」
「あー……この辺りくらいしか知らない、けど」
雄太の言葉に、コロナはふむと頷く。
「開拓を始めようとする者は数知れず。だが、そのうち3年以内に残っている確率は1割よりずっと低い。100のうち、1か2残っていればいい方だ。それも上手く回っているとは言い難いがな」
「そ、そうなんですか?」
「敬語」
組んだ腕を指でトントンと叩くコロナに、雄太は「あー……そうなのか?」と聞き返す。
「そうだ。既存の国家と近い場所に開拓した村は残りやすいが、当然既存の国家の影響を受ける。それでいて、ほとんど生み出せるものがない。これではやせ細って消えていくのは見えている」
「……水、か」
「そうだ。掘っても水が出ないのは致命的だ。土は乾き、作物は育たない。生きる事の全てを余所に頼っているのでは、それに勝る価値を生み出さねば生き残る事は出来ない」
そして、それもない。
未知の鉱物を求めて山に活路を求めた者達も居たが、それが形になる前に何らかの形で消えた。
「何らかのって……結局水と食糧だろ?」
「モンスターの被害もある。連中は食事を必要とはしないが、食事をしないというわけでもないからな」
「モンスター……」
確かモンスターは魔獣とは違うって話だったな、と雄太は思い出す。
けれど食事を必要としないということは、やはり魔獣と何処か似ているのかもしれない。
「此処は幸いにもモンスターの襲撃はないようだな。これは奇跡的な事だと思うぞ」
「は、はは……」
悪神の襲撃はあったな、とは中々言い辛いものがある。
まあ、あれは村への襲撃というよりは雄太への勧誘か何かであったようなので別枠かもしれないが。
「防衛策としては冒険者を雇うのも手だが……あまりお行儀が良くないのもいるからな。これ程の村だと乗っ取りの危険もあるかもしれない」
「あー……やっぱりあるんだ、そういうの」
「可能性の話だがな。だが有り得ると思うぞ」
「うーん……」
村の防衛。フェルフェトゥ達が居れば究極的には問題ないとは思うのだが、頼りすぎるのもどうだろうと雄太は思うのだ。
やはり自分自身が強くなるしかないのだろうか、無双ってカッコいいよなあ……などと雄太が考え始めた辺りで、ふとソレを思い出す。
「あ、そうか。ジョニー達が居たか」
「ジョニー? この村の住人か?」
「住人っていうか住鳥っていうか……」
見せた方が早いだろうと、雄太はコロナを暫定牧場へと連れて行く。




