初めての来訪者6
温泉から出たコロナは、そのまま村を歩きはじめる。
バーンシェルの言おうとした事、フェルフェトゥの言った事……それを踏まえて、村を見てみようと思ったのだ。
雄太に謝るのが筋ではあるのだろうが……「言われたから謝った」程不誠実な事はない。
失礼に失礼を重ねるのは、コロナの騎士としての矜持が許さなかった。
「……ふむ」
最初に見たのは、温泉を囲む壁と脱衣場だった。
男女別ということを意識して作られたそれは誠実で、壁をわざと乗り越えない限りは覗きというような事は有り得ないだろうと思えるものだった。
そして、次に見たのは三階建て……いや、一番上の階は鐘楼か何かになる予定なのだろうか。
神殿か、あるいは最初に聞いた集会場か。そういう建物であろうとコロナが判断した建物だった。
まあ、実際に集会場なのだが……ともかく、その集会場は大きさに多少のバラつきはあるが石をしっかりと積み上げた建物だった。
切り出した石も、温泉もそうだったが職人がやればこうはならない。
となれば雄太が切り出したのであろうとコロナには理解できたし、そうなると……この村に幾つかある建物を建設可能な石を切り出すのに相当苦労したであろうという考えに至るのも容易だ。
自分なら出来るか。それを再度自問してみて、やはり無理だという結論にコロナは至る。
歩いて、歩いて。辿り着いたのは、建築途中である神殿だ。
そこでは雄太が石を積んでいて、見えないが先程のセージュと呼ばれていた精霊の気配もある。
「……」
何故シャベルを背負っているのかは全く不明なのだが、あのシャベルからも凄まじい魔力を感じるので、魔道具……いや、ひょっとすると神器の類ではないのかとコロナは予想する。
そうして石を積む雄太を見ていると、雄太は突然何かに気付いたかのようにコロナへと振り返る。
「あれ? ほんとだ」
セージュに教えられたのだろう、そう言うと雄太は積んでいる途中の壁から降りてきてコロナへと駆け寄ってくる。
「もう体調は平気なんですか?」
「ああ、おかげで体調はすっかり元に戻っている」
「そうですか、それはよかった」
人の良さそうな顔で笑う雄太をコロナはじっと見つめ……やがて、自分の疑問を口にする。
「随分と大きな建物を作る予定のようだが……これは?」
コロナの見る限りでは、今村にあるどの建物よりも大きい。
勿論、「立派な建物」と呼ばれるような大きさに仕上がる規模ではないが……個人で作るものとしては規格外に大きい。
「あー、神殿作ろうって思って。まだまだ時間はかかりそうですけどね」
「神殿……」
見たところ、建築現場にあるべき道具は何もない。
梯子の一本すらなく、先程の雄太の作業をコロナが見ていた限りでは壁に直接登って石を積み上げている。
効率的とは程遠く、しかし実現可能な範囲での効率を重視した光景。
それは理解し難く、それ故に理解できる。
「努力……努力、か」
コロナとて、努力していないと言われれば全力で否定しただろう。
身体能力に欠けるといわれるホワイトエルフでありながら、同年代のブラックエルフの多くを制して騎士の座を掴み取っている。
それは間違いなくコロナの努力によるものだ。
そしてこの村の光景もまた、雄太の努力の成果なのだ。
「えっと……どうしました?」
「ユータ殿、貴殿は凄いな」
「え? ど、どうしたんです? 突然」
「私には想像しか出来ないが、貴殿と同じ立場であったとして……この村を造る事は不可能だろう」
突然そんな事を言われて、雄太は照れよりも困惑が先に来る。
それに何より、雄太は村造りが自分一人の成果だなどとは思っていない。
むしろフェルフェトゥ達に手伝って貰っている部分も多く、褒められても困ってしまうだけなのだ。
「あ、いや。そんな事ないと思いますよ。俺、ここに来るまでは結構ダメ人間でしたし」
「ダメ人間……?」
雄太に抱くイメージとは程遠いその言葉に、今度はコロナが困惑し首を傾げてしまう。
身体はよく鍛えられているように見えるし、努力が出来る人間なのは分かっている。
人格としても、かなり「良い人間」なのが透けて見えそうなくらいだ。
一体どのあたりが「ダメ人間だった」のかがコロナには理解できない。
「俺、結果を出せない人間でしたから。捨てられて、その後拾われて此処にいるんですよ」
「結果……か。前は何をやっていたのだ?」
「んー……」
サラリーマンとか営業とか言っても通じないだろう。
雄太は考えた後に「客商売ですかね」と答える。
「勤めてる会社……あー、店の商品売る為に頭下げて他と競って、頭下げて……そこまでいかずに門前払いされたり、それじゃ収まらなくて店にクレーム来て、それで上に怒られたり……で、結果も振るわなくて更に怒られるみたいな」
「……他の仕事をやった方がよかったのではないか? それは」
「そうする度胸もなかったんですよ。仕事やめて、新しい仕事がすぐ見つかると考えられる程前向きでもいられなかったんです。何より、自分に何かの才能があるなんて事も信じちゃいなかった。その日を過ごすだけで精一杯だったんですよ」




