初めての来訪者2
「う……」
エルフの女は目を開き、見知らぬ天井を見上げた。
総石造りの、明らかに人の手により作られた天井。
「……ここ、は」
「あ、目が覚めましたか」
ぬっと出てきた雄太の顔に思わずエルフの女は目を見開き起き上がって。
雄太の顎に思い切り頭突きする形となる。
「ぐっ」
「がっ……」
ジンジンと痛む頭を押さえ「す、すまん」とエルフの女が言えば、雄太も「いえいえ……いてて」と答える。
その何処となく間抜けな問答で落ち着いたのか、エルフの女は自分を包んでいた藁のベッドに気付く。
そして同時に鎧を着ていない事に気付き周囲を見回して……すぐ近くに鎧や剣、荷物があることに気付きほっと息を吐く。
「まずは、迷惑をかけたことに対する謝罪を。そして助けていただいた事に対する感謝を。ロクなものを持たない身ではあるが、些少の金は持っている。それを……」
「ああ、いやいや。待ってください。まだ治ったばっかりなんですから、そういうのは後にしましょうよ」
言いながら雄太がコップに入った水を差しだせば、エルフの女はギョッとした顔をする。
「水をそんな簡単に……いや待て。なんだ、此処の空気は……乾いていない。それどころか、水の魔力を感じるだと……!?」
立ち上がろうとしてよろめき、慌てたように雄太はエルフの女を支える。
「あー、もう! だから無理しないでくださいってば」
「う……重ね重ね、申し訳ない」
再び差し出された水を受け取り、飲もうとして。その瞬間、エルフの女は水を凝視する。
魔力に満ちキラキラと輝くその水は、明らかに普通の水ではない。
「んん!? これは……聖水だと!? 馬鹿な。しかし、この気配は明らかに何らかの神の……」
「いいから飲んでくださいよ……」
「あ、ああ」
呆れたように雄太に促されて、エルフの女は恐る恐る水を喉へと流し込み……体の中に魔力が満ちていくのを感じ取る。
それは普通の水や魔力水と呼ばれるものでも味わえない多幸感。
神の愛に満ちていると分かる、素晴らしいものだった。
「……素晴らしい。こんな薬を頂けるとは思いもしなかった。さぞ貴重であるだろうに」
「え、いやあ……」
まさか井戸から幾らでも汲めるとは言えずに視線を逸らす雄太に、奥ゆかしいのだろうと感じたエルフの女は頷いてみせる。
「こんな最果ての地では人の情も渇き果てたと思っていたが……ふふ、なんだか恐ろしくなってくるよ」
「別にぼったくったりなんかしませんよ……」
「ああ、貴方は善人に見える。これは私の邪推……分かっているとも」
言いながらエルフの女は周囲を見回す。
職人の手によるような綺麗なものではないが、キッチリと積まれた石の壁。
上げ下げして開閉する方式の窓もやはり石造りで、どういう冗談か石の棒で支えている。
総石造りにしても、ここまで徹底するかという感じではあるのだが……乾いたヴァルヘイムでは仕方が無いようにも思えた。
「……と、そういえば自己紹介もしていなかったな。私は静謐の森の記録守の氏族、タムグレイの息子ボレノスの娘、コロナ。リーンセルトの騎士コロナでも通じるが……敬意を持って正式な名を名乗らせていただいた」
「あ、ど、どうも。俺は雄太。えーと……ユータ・ツキバヤシです」
「ユータ殿か。ということは、此処はツキバヤシ村……ということだな」
「へ?」
「ん?」
雄太の反応にコロナは首を傾げるが、とりあえず無かった事にして咳ばらいをする。
「とにかく感謝する。ところでユータ殿の好意に縋るようで心苦しいのだが、出来れば一夜の宿を貸していただきたい。何処か使っていない建物か……軒下でも充分だ」
「あー、それなら集会場がありますよ。そこに藁運ぶんで使って頂ければ」
アッサリと答える雄太に、コロナは虚を突かれたような顔をする。
「えっと……?」
「あ、いや。そうも快諾を頂けるとは思っていなかった……感謝する」
「いやだって、身体に相当疲れが溜まってるみたいですし。何処に行かれるつもりかは存じませんけど、それじゃ……」
「……そう、だな」
確かに雄太の言う通りだとコロナは思う。
水も残り少なく、食糧も節約しながら来たが充分とはいえない。
正直に言って、死地に向かうのとあまり変わりはない。
事前情報が、あまりにも少なすぎたのだ。
「……ユータ殿」
コロナは藁の上に正座すると、そのまま頭を下げる。
「え、ちょ……っ」
「貴方の好意に付け入る恥を承知でお願いする。可能であれば水と食糧を売って頂けないだろうか。私は故あって、この先の世界樹の森と呼ばれる場所へ行かねばならないのだ」
「世界樹の森……」
雄太がチラリと何処かを見たのに気付いてコロナはその方向へと視線を動かすが、そこには何もない。
しかし、気のせいか……その中空の何もない空間に、何かがいるような気がした。
そしてコロナがその事に気付いたという事に気付いたかのように、その空間に小さな少女が現れる。
「ユータ。こいつ微妙ではありますけど、セージュの気配に気づいたですよ。ちょっとだけ見込みあるですね」
ほんのちょっとですけど、と言いながら雄太の肩に降りるセージュを見て、コロナは小刻みに震え始める。
それが何であるか……一体何処の何者であるかは分からずとも、察したのだ。
「せ、せせせ……精霊様ァ!?」
土下座する勢いで頭を下げるコロナに、セージュは「そうですよ!」と胸を張ってみせた。




