倉庫を作ろう4
「ふー……完成……だあああああ!」
「おー……!」
「ピヨ」
「コケッ」
雄太とセージュ、ジョニーとヒヨコが三角屋根の倉庫を見上げる。
今までの建物と比べると三角屋根の採用でかなり近代的になった倉庫は雄太の目から見ても自画自賛出来る出来であり、何度も満足気に頷く。
「なんかこう、尖っててカッコいいですね」
「三角屋根だからな」
「コケッ」
完成した石扉も中々の出来だと自負している。
バーンシェルから贈られた細工道具で前回よりも細かく仕上げた扉は嫌な音を立てる事も無く開閉が可能だ。
とはいえ、蝶番のようなものを使っているわけではないので両方向に空いてしまう欠点がある……ので、内側に押そうとするとぶつかって開かないように特別に石を積んでいる。
やがてはこの扉を全部の建物につけるのが雄太の目標だ。
「あら、出来たのね。立派じゃない」
「凄い、わ……」
やってきたフェルフェトゥとベルフラットが倉庫を満足そうに見上げ、次に扉に注目する。
「あら」
「まあ……」
扉に近寄るとペタペタと触れ、何かに気付いたかのように振り返る。
「……バーンシェルの匂いがするわ」
「祝福ってわけじゃないわね。残り香だわ。ユータ……?」
振り返るベルフラットとフェルフェトゥに気圧されるように雄太は一歩後ろに下がってしまう。
「残り香って……バーンシェルに貰った細工道具で仕上げたんだよ」
「ああ、そのせいね」
「そのせいだわ……」
ベルフラットはまだ不満そうに扉をべたべたと触っていたが、フェルフェトゥは興味を無くしたかのように雄太の元へとやってくる。
「おめでとう、ユータ。明らかに今までとは違う建物を作ってみて……どう?」
「どうって、そうだなあ。一つ成長出来たような気がするよ」
三角屋根は、それ自体に何か物凄い意味があるわけではない。
言ってみれば必要に迫られて進化した形であり、既存の技術の後追いに過ぎない。
日本どころか、あの王都の街並みからしてみても、かなり不細工な出来であろうとも思う。
それでも、雄太は自分を誇らしいと思うのだ。
「……何にも出来なかった俺でも、このくらいは出来るようになった。なら、明日はもっと凄い何かが出来るって……そんな風に思うんだ」
「そう」
雄太の台詞に、フェルフェトゥはそんな短い言葉を返す。
「私はね、ユータ」
「ん?」
「貴方を誇りに思うわ」
突然そんな事を言われて、雄太は思わず動揺する。
誇りに思う。
そんな台詞、今までの人生で一度だって言われたことはない。
頑張っている、くらいなら言われたかもしれない。
けれど「誇りに思う」だなんて。そんな事を言われるような事を、雄太はまだしていない。
「い、いや。言いすぎだろ。俺、まだそんなたいしたことは」
「たいしたことをしているわ。諦めずに、ここまで出来ているのだから」
「え」
穏やかな笑顔を浮かべるフェルフェトゥに、雄太は思わず心臓が高鳴るのを感じる。
いつもニヤニヤとした笑顔を浮かべているその顔に、からかうような色はない。
本気で言っているのだと。理屈ではなく、本能でそう感じる。
「持っている能力を使うだけなら、誰にだって出来るわ。最初から「そうあれかし」と定められているのだから。むしろ出来ない方が恥よ。でもユータ。貴方は何も持っていない」
「いや、俺だって持ってるよ。フェルフェトゥから神器を貰ってるし」
「あんなものが何だというの? ただ動けるだけのものよ。貴方は間違いなく、持たざる者に許されるものを総動員して此処まで来たのよ」
そう、雄太は「持たざる者」だった。
特別な能力など何一つなくて、許されたのは「体力の限界まで動く」ことだけ。
センスも知識もほとんど無いまま、ここまでやってきた。
出来てきた村は決して美しくはないだろう。
専門家を入れればもっと素晴らしく機能的になるだろう事は間違いない。
けれど、それでも。雄太が一から作り上げたものだ。
「誇りなさい、ユータ。私は貴方を認め、誇りに思うわ」
だからこそ、フェルフェトゥは雄太を認める。
諦めずに進んだ月林雄太を、認めるのだ。
「は、はは……」
雄太の目から、涙が零れる。
誰にも認められなかった人生の中で今、認められる時が来た。
ただそれだけの事が、嬉しくてたまらない。
流れる涙を、フェルフェトゥは拭いたりはしない。
零れるままに任せて、ただ微笑む。
その涙は、他者が拭き取らなければいけない程醜いものではないのだから。
「なあ、フェルフェトゥ」
「なにかしら」
「俺、もっとやりたいことがあるんだ」
「どんなこと?」
涙を拭いて自分を見据える雄太に近づいて、フェルフェトゥはその顔を見上げる。
「まずは、扉を全部の建物につける」
「素敵ね。まずは、ということは他にもあるのね?」
「ああ。俺達の家も、もっと広くする。三角屋根もつけよう」
「とても良いと思うわ。台所が必要ね?」
「ああ、俺もそう思ってた」
雄太の一言ごとにフェルフェトゥは頷き、その先を促していく。
「それで……」
「ええ。それで……何をしたいの?」
「神殿を作りたい。家とか鍛冶場とかじゃなくて……皆がもっと素晴らしい神だって知ってもらえるような、そういうのを」
それは、今日の事で限界であった雄太が明日を……その先を見据え始めた、その一歩で。
雄太の中にあった一つのスキルが、自己鍛錬による矛盾と神や精霊の加護という負荷によって軋み続けた呪いが……ひび割れ弾ける、その瞬間であった。