狩りに必要な技能
「正直に言って、結構な手間があるわよ? それに狩りに行くとしたら……世界樹の森でしょう?」
「まあ、そうなるかな」
「……あの森にいるサイズの獣をユータが血抜きしたりするっていうのは、かなりの大仕事な気がするのだけれども」
「むっ」
言われて、雄太は思わずニワトリ達を見る。
血抜き、というのは確か肉の処理の過程の一つだったはずだが……吊るす必要があったように覚えている。
あのニワトリ程のサイズの獣を吊るすというのは……確かに生半可ではない力が必要そうだ。
「それに、単純にあの森の獣と殺し合うなら戦闘力が必要よ? 私は嫌よ、ユータがお肉になって帰ってきたら」
「怖い事言うなよ……」
「冗談じゃないわよ。行くなら、声かけなさいね?」
子供を叱るように言うフェルフェトゥに、雄太は困ったような顔をする。
少しでも役に立ちたいと考えているのに、何も出来ないと言われているような気がして……けれど、そうではないと、心配してくれているのだと分かっているからこそ微妙な気持ちになってしまうのだ。
「俺だって、もっと出来ると思うんだけどな……」
「そんな事分かってるわ。でも、この前のアルシェントの事を忘れたわけじゃないでしょう?」
「む」
姿無き風のアルシェント。そう名乗る悪神がやってきたのは、ついこの前の事だ。
アルシェントの「本当の目的」は不明のままだが……もっと危ない男であったなら、あの時雄太の命が無かったかもしれないのは確かだ。
「言っておくけど、ユータは戦いの才能に関してはあまり無いわ。一般人程度と自覚なさい。これは分かってるでしょう?」
「いや、まあ……」
戦いの才能なんてものがあれば地球に居た頃に武道の道にでも進んでいたかもしれないが、残念な事に体育の成績も並であった。
「鍛え方次第では戦えるのも確かよ。でも、それで神と戦えるかしら」
「ああ、いや。それは無理だ」
「でしょう? 大人しく私を連れて行きなさい」
雄太だって、自分の事はよく知っている。
神様と戦って勝てるなんて夢は見ない。そんな事をするくらいなら、一緒に住んでいる神様に頼った方がずっと話が早いというものだ。
「んー……」
「なにかしら。不満?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ」
言いながら、雄太はフェルフェトゥを見下ろす。
確かに悪神を相手取るのであれば、フェルフェトゥを頼るのは正しいのだろう。
しかし、雄太は狩りをしに行くつもりなのだ。
自分より小さいフェルフェトゥが血抜きをしたりするという姿は、どうにも想像できなかった。
「フェルフェトゥって……そういう狩りの獲物を処理する技能って、あるのか?」
「ないわよ?」
「おい」
「ないけど、私の力を使えばどうということはないわ」
「……そうなのか?」
確か雄太の記憶では、フェルフェトゥは水神であり「星の海」も司っているような……そういう邪神であったはずだ。
狩りの獲物を処理できるような力があるようにも思えないが……。
「ええ。私の権能はね、応用範囲が広いの。具体的に聞きたいなら説明してあげるけど……食欲がなくなっても知らないわよ?」
「あ、いや。いいや」
なんとなくホラー映画ばりの事を聞かされそうな予感がした雄太は思わず視線を逸らすが、その反応を分かっていたかのようにフェルフェトゥはクスクスと笑う。
「それで正解よ。私もユータに嫌われたくないもの」
「あー……やっぱグロい系か」
「あら、そもそも狩りってのはグロいものよ? 命のやり取りなのだもの」
「ん……まあな」
「そういう意味では、ユータにはあまりやってほしくないわね。心配だもの」
そんな事を言うフェルフェトゥを過保護だとは思うものの、言っている事は分かるので雄太はなんとなく顎を掻いてしまう。
「分かるけどさ。俺だって肉を食うのは命を貰う事だって分かってるさ。そこからはどうやったって目を背けられないだろ」
いくら残酷だとか言ったところで、肉や魚を食べるということは「そういうこと」なのだ。
罪だけ人に押し付けて自分は綺麗だとほざくほど、雄太は偽善者ではないつもりだ。
「だったらいいのだけど。どちらにせよ私がそのつもりで狩ったら、雄太の出番は植物採集くらいになると思うわよ?」
「それを言うなよ……」
なんとなくだが、他の邪神達との会話でフェルフェトゥが強いのだろうということは雄太もなんとなく分かっている。
バーンシェルの戦い方はこの前見たが、そのバーンシェルですらフェルフェトゥには一目置いている風でもあった。
ベルフラットとの戦いでは井戸の水を操ってみせていたが、恐らくはそれが本来の戦い方というわけでもないのだろう。
ガンダインだってアルシェントを吹き飛ばしたりしているが、本人は戦い向きではない……らしい。
「いいよなあ。俺も何かカッコいい攻撃とか出来たらなあ」
「大丈夫よ。額に汗して働くユータはカッコいいわよ?」
「そういうカッコ良さじゃないんだよなあ……」
やはり男であれば、カッコいい魔法だって使ってみたいし華麗に剣だって振ってみたい。
たとえアラサーであろうと土木作業に慣れようと、そういう憧れは中々捨てられない。




