放浪の理論魔法士
荒野を、1人の男が歩いている。
痩せぎすの身体を更に痩せさせた、スケルトンか何かと勘違いしそうな細い身体。
頭の後ろで軽く縛った茶色の長髪が尻尾のようで印象的だが、埃と汚れで固まっている個所もある。
身に纏う緑と白を基調としたカッチリとした服は研究を主とする魔法士の証だが……それも汚れ、所々に破れやほつれがある。
所謂「理論魔法士」と呼ばれる者だが、胸元にかかった金のペンダントはその養成機関である魔法学校を優秀な成績で卒業した証でもある。
……だが、一体何があったのか。その栄光に満ちた経歴には似合わぬ格好である。
見る者が見れば、あるいはそれが王都に居た変人魔法士サイラスであった事に気付くだろう。
それでも、彼を見れば驚くだろうが。
「く……くそっ。死んでたまるか……僕は天才なんだぞ……」
天才。言うだけなら自由な言葉である。
天才は理解されないというのも便利な言葉だろう。
実際に天才であるかは成果で判断するしかないし、死後にようやく評価されるような天才だって居る。
そういう意味では、サイラスがどういう分類であるかは微妙なところだが……少なくとも「優秀な成績を魔法学校で修めた」事だけは事実であった。
「とにかく、何処か……何処でもいい。僕が再起を図れる場所が必要だ」
ブツブツと呟きながら、サイラスは歩く。
財布の中の金で買えた金属屑のようなものから作った水の魔具を含む幾つかの魔具。
それがサイラスの生命線だった。
これを見れば開拓村の何処でもサイラスの才能を理解し諸手をあげて歓迎する……予定だったのだが。
恐るべき事に、サイラスを胡散臭い目で見るだけで魔具を見ようとする者すら居なかったのだ。
まあ、ずっと王都に居たサイラスは知らずとも当然なのだが……未踏地域ヴァルヘイムで暮らす開拓民の村には、詐欺師が掃いて捨てるほどに出る。
たとえば、地面に刺せば3日後には水の出るようになる魔具だとか。雨を降らす雲を呼ぶ魔具だとか。
そういう類の効果のないガラクタを売りに来る奴がたくさん来るのだ。
今となってはそういう噂が広がり買う者など居ないが、新しく開拓地を造り頑張っている者の中には一縷の望みをかけて買ってしまうものも居た為、そういう詐欺師は絶える事がない。
故にサイラスも当然のようにそういう詐欺師の一員と見做され追い回されたわけだが……サイラスの魔具はそんな奇跡みたいなものではないにせよ効果のある物であった為、サイラスからしてみれば「見る目のない連中だ」と評する結果になるわけだ。
そして今。サイラスは食糧も尽き、まさに危機を迎えつつあった。
辺りには開拓村もなく、サイラス自身何処に向かっているかも分からない。
僅かな水を出す魔力もすでに尽き、回復させるのに必要な休息もこんな場所ではとれはしない。
「……く、そっ。こんなところで僕は……」
言いながら、サイラスは膝をつく。
思い出すのは、過去の……栄光とは程遠い光景の数々だ。
自分は間違えていたのか。
そうだとするなら、何処から。
「いいや、僕は間違えてなど……いない」
倒れて、意識を朦朧とさせながらも……サイラスは確固たる意志でそんな言葉を絞り出す。
間違えてなどいない。無駄に思えるものにも全部意味があって、それはいつか結実するはずのものだった。
間違いがあるとするなら、理解されなかったということだけ。
ただそれだけのはずなのだ。
過去に栄華を極めたとされる不夜都市ゴヴェル。
今世界に存在するどの国よりも、どの都市よりも技術が進んでいたとされる幻の都。
それを超えるという夢を果たすまでは、サイラスは死ぬわけにはいかないのだ。
「僕は、この手でゴヴェルを……」
視界が歪む。いよいよダメかと。
そう考えたサイラスの視界に、何かが映る。
白い服を着た……こんな場所には似つかわしくない格好をした何者か。
それは一瞬見えたような気がして、けれど次の瞬間には消えていて。
ああ、やはり幻かとサイラスは意識を手放す。
けれど、けれども。そこには確かに何者かが居た。
サイラスが意識を手放そうとしたその一瞬、無数の偶然によって認識した人外の存在。
邪神、穢れなき光のテイルウェイがサイラスの前に立っていた。
「何か懐かしい気配がするから来てみたら……うーん。無意識で僕を信仰してるのか。しかも「ゴヴェルを超える」かあ。僕としてはあまりお勧めしないんだけどなあ、それは……」
言いながら、テイルウェイは頬を掻く。
サイラスの言う「不夜都市ゴヴェル」はテイルウェイを信仰する都市であり、テイルウェイが力を貸した結果急速に発展……その後「事故」により消滅した都市でもある。
そんなものを目指すとか超えるとか言われても、テイルウェイとしては「止めた方がいいんじゃないかな」としか言いようがない。
しかし、この手の人間は放っておけばあらゆる手段でそれを目指そうとするだろうし……このまま放っておいた方が世界の為かもしれない。
しれない、のだが。困った事に、テイルウェイは邪神の中では珍しい善人でもあった。
「うーん……彼等に任せてみる、かなあ? どうにも訳ありみたいだし。ひょっとすると、何か良い方向に変わるかもしれない」
そんな事を言うと、テイルウェイは魔法でサイラスを持ち上げる。
向かう先は、この場所より更に奥……ユータのミスリウム村である。




