自宅の改造2
「ユータ! ご飯出来てるわよ!」
「おー」
フェルフェトゥがそう声をかけると、雄太は作業を中断してやってくる。
まるで声をかけられるまでは作業をしようと最初から決めていたかのような動きだが、そのまま近づいてきた雄太をフェルフェトゥが「こら」と軽く叱る。
「手を洗ってきなさい。衛生上問題なくても、見た目に問題がありすぎよ」
「ん? ああ」
不思議な会話だとコロナは苦笑する。
通常であれば汚ければ衛生上の問題があると思うのだが、ミスリウム村では、そうではない。
この村にあるもの全ては神と精霊の力により浄化されていて、体調を崩す要因にはなり得ない。
極端な話、この村の土を掬って口に入れたところで病気にはなり得ないのだ。
他のどんな土地でも有り得ない現象だろう。
「よし、綺麗になったぞ……と」
暖房や冷房を作る過程で出来たらしい送風機を使って水を飛ばすと、雄太は戻ってくる。
わざわざ布を使わずとも手や髪が乾くというものらしく、これはコロナも愛用している。
「そういえば思いついたんだけどさ。何処でも綺麗な水が手に入る魔具とかあったら役に立つんじゃないか?」
「そういうものならあるぞ。浄化の水袋といってな……神殿の利権だ。手を出すのはお勧めしない」
「む、そうなのか……」
残念そうに言う雄太に、コロナは思わず苦笑する。
「家の改装しながら、そんな事を考えていたのか?」
「ん? いや。さっき突然思いついてさ。中々いいアイデアなんじゃないかと思ってたんだが……そうかあ、利権かあ……」
そりゃあるよな、と頷きながら雄太はフェルフェトゥからスープの入った皿を受け取る。
野菜たっぷりのスープとパン。
これはミスリウム村の名物と言ってもいい程の定番メニューになっていて、食べ続ければ身体が生物として少し上の領域に実際に達してしまう料理でもあった。
実際、コロナも色々な生理的現象から解放されて大分たつ。
分かっていて食べているのでコロナもどうこう言うつもりはないが、考えてみれば恐ろしい効果ではあった。
「利権がどうこうと言うなら、この村も知られれば利権を狙う輩が殺到しそうだがな……」
「あー、そっか。いい加減壁作るかなあ?」
なんだかんだと村が拡張されていくので後回しになっていたが、そろそろ必要かもしれないと雄太は考えて。
しかし、フェルフェトゥの意味ありげな笑みに疑問符を浮かべる。
「なんだ? 何かあるのか?」
「そういうわけではないけれど。人間同士の争いで壁なんてたいした意味はないし、村を広げる時に邪魔じゃないかしら?」
「ん、まあ……なあ。他の人間の町とかではどうなってるんだ?」
雄太にそう問われて、コロナは「むっ」と唸る。
「そうだな……私とてエルフの町を知っているくらいだから詳しくはないぞ」
「エルフの町だと人間の町と何か違うのか?」
「ああ、違う。エルフの町では町を守る壁という概念はあまりない。森が自分達を守ると考えているからな」
大森林リーンセルトはエルフの護りをかけた天然の要塞だ。
壁などという無粋なものは必要なく、エルフの護りを破られた時点で壁より余程堅固なものを破られているということになる。
そして歴史上、大森林リーンセルトを超えた悪意ある者は居ない……ということになっている。
「なるほどなあ……壁だけが護り方じゃないってことか」
「そうなるな。そういう意味では……」
言いながら、コロナは当然のように付近に座っているジョニーや鋏丸達を見る。
世界樹の守護者であるこれ等の魔獣と契約している雄太は間違いなく最上級の魔物使いであり、その魔獣達に守られたミスリウム村は鉄壁の護りを誇っていると言ってもいい。
「この村に壁を造るのは、境界線主張以上の意味はない……と思う」
「境界線、か」
確かに村にはそういうものが必要だろうと雄太も思う。
しかしながら、何処から何処までを境界線と主張すれば良いのだろう?
「うーん……」
「私がやっておいてあげましょうか?」
「ん? 出来るのか?」
楽しそうに笑うフェルフェトゥに雄太が聞けば、フェルフェトゥは「ええ」と答える。
「簡単よ? ほら、今セージュとバーンシェルで玩具を造っていたでしょう」
「玩具……? あー、エレメンタルアーマーだっけか」
「そうよ。アレを多めに作って、境界線上を歩かせればいいのよ」
境界線。それを主張する方法を考えていたのでは、と再度首を傾げる雄太をフェルフェトゥがつつく。
「ふふふ、そもそもの話だけどね? 私達の力が届いている場所がすなわち、この村の範囲なのよ。あとはそれをちょっと可視化して、玩具を歩かせるだけ。それで護りの完成よ?」
なるほど、とコロナは思う。
明らかに人の力ではない境界線を用意して、警備兵まで用意する。
それは確かに勝手に境界線を侵す者が現れようもない護り方だろう。
「ふーん……なんか凄そうだな」
「ええ、凄いわよ?」
ちょっとズレた事を言い合う雄太とフェルフェトゥを見ながら、コロナは人知れず背筋を凍らせていた。