自宅の改造
その日も、ミスリウム村付近はよく晴れていた。
……というよりも雨の降らないこの地域ではいつも晴れているのだが、それはともかく。
ニワトリ達が鳴き、鋏丸や黒姫がイノセントな目で神樹エルウッドを見ている平和な光景である。
「ち、近づくんじゃない虫ども! 僕から樹液を吸おうとするんじゃない!」
「……」
「……」
「な、なんか言え!」
「ギイ」
「ギギイ」
「何言ってるか分からん!」
頭を抱えるエルウッドを心配するように鋏丸達が触角を動かすが、エルウッドからしてみれば舌なめずりをしているようにしか見えない。
「大体お前等、魔獣だろうが! 樹液吸う必要なんかないだろ!」
「ギイ」
「だから何言ってるか分からん!」
「……何をやっておられるのだ?」
そこに現れたのは、丁度お昼時ということで雄太の家の方へと向かっているコロナだ。
コロナに近づくなとバーンシェルに殴られているエルウッドは一瞬躊躇するが、そんな場合ではないと叫び声をあげる。
「丁度いい! この虫共をなんとかしてくれ! 僕の樹液を狙ってるんだ!」
「樹液?」
コロナが鋏丸達を見ると、鋏丸が代表するように「ギイ」と鳴く。
「……ふむ。よく分からないが、樹液が欲しいなら世界樹の森に行くべきだと思うぞ」
「ギイ」
「ギギイギイ」
「うむ。何を言ってるか分からんが、分かってくれたか?」
「ギイ」
全く通じない会話の後、鋏丸は触角をコロナに向けて動かし始める。
「乗れと?」
「ギイ」
「……コロナ、その虫の言ってる事が分かるのか?」
「そういうわけではありませんが……まあ、なんとなくです」
言いながら鋏丸の背に乗ろうとするコロナに、エルウッドはしばらく考える様子を見せて。
「なら、どうしてその虫達が神樹を狙ったかは分からないか?」
「そう、ですね……」
言いながら、コロナは炊事の煙が上がる雄太の家の方角を見る。
「たぶんですが、食事の用意でもしようと思ったのではないですか? お昼時ですし」
「食事の用意……」
「エルウッド様は参加されておりませんが、食事は可能な限り皆で集まってしておりますので。鋏丸達も気分を味わいたかったのでしょう……たぶん」
「そんな理由で……」
疲れ切った様子で座り込むエルウッドからそっと視線を逸らしながらコロナは鋏丸に乗り、その外殻をコツンと叩く。
「エルウッド様を狙ってはダメだぞ。そのサイズで樹液を吸うと枯れてしまう」
「ギイ」
分かった、と言うように鋏丸は鳴き、黒姫と共にコロナを載せたまま雄太達の家の方角へと向かっていく。
大した距離ではないが、魔獣に乗って移動するというのは楽しいものだ。
それもクワガタムシのような森の生き物……そして世界樹の守護者ともなれば尚更だ。
「ん? あれは……」
ゆっくりと歩いていく鋏丸の上から見えたのは、雄太の家。
ただし、何やら改装中であるらしく雄太が石を積んでいるのが見えた。
前にも改装しているのを見たが、どうやら今回もであるらしい。
……まあ、元々雄太の家は手狭だったので必要に迫られてというのもあるのだろうが。
何しろ雄太にフェルフェトゥ、そして何故かベルフラットも住んでいるしセージュも入り込んでいる。
「あら、来たわね」
「ああ、炊事の煙が見えたのでな。それとバーンシェル殿は今は手が離せないそうだ」
「日が落ちる頃まではその調子でしょ?」
「はは……」
バーンシェルは基本的に夕飯以外は顔を出さない。
元々食べる必要がないのだから夕飯も食べる必要はないのだが、そこはバーンシェルなりの譲歩なのだろうとフェルフェトゥは語っている。
「それで、ユータ殿は何をしているのだ?」
「あー。なんか今度は物置と二階を作るんだって言ってたわよ?」
「だから壁を崩しているのか……」
「あと、身体動かさないと鈍るとか言ってたわね」
そんな事を言うフェルフェトゥに、コロナは「そういえば最近は魔具の作成に熱中していたな……」と呟く。
「魔具といえば、あの冷風機とかいう魔具は素晴らしいな。鍛冶場に置いておくと暑さが軽減される」
「そう? バーンシェルはああいうの嫌がると思ってたけど」
言われて、コロナは苦笑する。
事実、その通りであったからだ。バーンシェルは燃え尽きるような鍛冶場の暑さを好んでいる。
まあ、それではコロナはもたないと知っているから我慢している……といったような感じであった。
「実際嫌がっておられる。まあ、口に出すことはないがな」
「アレはバーンシェルも手伝ったもの。それに、貴方の事もなんだかんだで大切にしてるわ。だから必要なものを悪くは言わないでしょうね」
「……有難い事だ」
コロナは、バーンシェルを尊敬している。
幼い頃から慣れ親しんだ精霊信仰が揺らぐわけではないが、バーンシェルの事をこの村の中では誰よりも「信仰している」と言ってもいい。
あるいは、セージュよりも信仰しているか……別枠の扱いになっているのかもしれない。
無論、それをコロナが自覚しているわけではないのだが……バーンシェルがそれを感じている事も、コロナへの扱いに繋がっているのだろうとフェルフェトゥは考えていた。




