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【前】二度目の覚醒(めざめ)

 A県N市M区にある介護施設【夕凪の里】。

 閑静な住宅街に位置し、2年前に建設され未だ新築感の残る、綺麗な施設だ。

 

 2階建てで部屋数、床数35、常時介護士5名(深夜3名)のよくある施設。そこの一階の一室に篠田友蔵しのだともぞう(78)はいた。

 

 深夜、時刻は午前2時過ぎ。自室のベッドで安らかに寝息を立てる友蔵の身体に異変が起きた。初めは小刻みに震える手足。その振動が全身に伝わり、やがて強く痙攣をしだした。

 スマートホンのバイブレーションの様なその痙攣は、巡回の介護士に気づかれる事も無く、2〜3分続き収まる。

 

 何事もなかったかのように、再び寝息立てる友蔵であったが、もう一つの異常に友蔵は気づいた。

 

 

 

 

 友蔵が目を開けると、眼前に天井があった。

 (なんだ?異様に天井低いな?)

 長年の眠りからようやく覚めた感覚。不明瞭な意識の中、頭を回し辺りを見渡す。

 

 (何処だここは?見たことのない部屋だ)

 扉や家具の位置から、自分が高い場所に居るのが分かる。何かが変だ。

 身体を横に回転させると、自分の下に一人の男がベッドで寝ているのが目に入った。

 

 友蔵は驚愕した。まるで自分が宙に浮いている様な視点。そしてベッドに寝ている男。

 (アレは私はではないか!?)

 

 記憶の中の自分の顔より幾分かシワが増え、白髪の量も減っているようだが、間違いなく自分である。

 

 友蔵は空中で身体を起こし、自分の手足を確認する。

 着衣はなく裸であるのは分かるが、霞の様な白い身体。

 意識する事で身動き出来るが、まるで抵抗感がなく筋肉の収縮を感じない。

 

 (何だこれは!?まるで幽霊ではないか!?)

 

 思考は出来るが発声は出来ない。呼吸の感覚も無い。

 不思議に思い身体を見つめていると、へその下辺りから身体と同じ霞の白く長い紐状の物が生えている。

 それはベッドで寝ている自分の腹部辺りから、掛け布団を透過して繋がっているようだ。

 

 驚きはしたものの、心拍もなく脈もないせいか精神は非常に落ち着いている。

 

 (幽体離脱というやつか…?)

 仮説的ではあるが、一応の理屈のもとに自分を納得させ、行動を試みる。

 

 霞の身体は意思に従い、ゆっくりと空中を移動する。

 ベッドの自分に近づき、その顔に触れようとするが、指先は透過し触ることができない。

 

 (一体どうなってしまったんだ私は…!?)

 再度、部屋の中を見渡す。ワンルームマンション一室の様であり、ベッドやナースコールなどは病院でもある様だ。枕元の時計は、午前2時44分を示す。

 

 扉の前に立ち(?)開けよう考えるがそもそも物に触れられない。先程、透過した事を思い出し扉に手を伸ばす。思った通り、腕は扉をすり抜ける。

 えいやと、身体ごと扉にぶつかっていくと、腕と同じようにすり抜け、部屋の外側へ出られた。

 そこは綺麗にワックスのかかった白い廊下で、左右に同じ様な扉が並ぶ。

 友蔵は扉をすり抜けた事に、不思議としか言いようのない感覚を感じた。

 

 混乱を伴いながら、光がある方へ向かい廊下を浮遊しながら進む。

 

 食堂の様にテーブルが並べられたその場所に、二人の女性と一人の男性が小声で歓談しながら帳簿作業をしているようだ。

 

 幽体となったであろう自分は、恐らく気付かれる事は無いだろうと思いつつも、三人の近くのカウンターの影に身を隠すように近づく。

 

 生身であればその気配で気付かれるだろうが、三人は気づく様子はない。

 

 「瀬戸のお婆ちゃん、最近めっきり元気無くなっちゃたよねー」

 「そうね、もう90歳になるんだっけ?バイタルは異常ないけど、食欲もないしね。」

 二人の女性が会話している。

 「二人とも、今まで以上に気にかけてやってね」

 男性が口を挟む。

 

 (そうか、ここは何処かの介護施設なんだな)

 友蔵は部屋の様子や会話の内容でそう判断する。

 

 (私も認知症か何かでお世話になっているのか…しかし、一体何時からか?…75歳の誕生日を迎えた事は憶えているが…)

 

 そう考えながら、更なる情報を求め三人の会話を聞く。

 

 「そう言えば今日さ私、篠田さんに胸揉まれちゃった」

 

 (私かっ!?私の事か!?)

 女性の急な一言に友蔵は焦り、戸惑う。

 心臓の鼓動が早まる事や冷や汗が流れる事は決してないが、擬似的にそんな感覚に陥る。

 

 「あー友蔵さんでしょ、私もだよ。特にお風呂の時酷いよ。ボケてるとは言え絶対わざとでしょ」

 

 (ああーーーー確実に私だ!?申し訳ない!恥ずかしい!しかし身に覚えが無い!でも、すみませんっ!!)

 確信をつく発言に自責の念が大きく募り、もがき苦しむ。

 

 二人の女性は共に40過ぎの見た目だが、女性としての魅力は残っており、ボケた友蔵が手を出してしまうのもわかる気がする、幽体の友蔵であった。

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