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KISEKI〜X'mas物語〜  作者: 甲一
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第1章

 がたん、ごとん、がたん、ごとん。

 体が上下に揺れるのを感じながら、スマホで時刻を確認する。「10:15」

 9;30に家を出てからすでに45分が経ったようだ。

 いつもの休みの日なら、この時刻はさほど混み合っていないのだが、今日に限ってはほぼ満員と言っても過言ではない。時刻の下に表示される日付を見れば、「12月24日土曜日」。

 続いて、天気を調べてみると、午前中は曇り、午後からは曇り時々雨で、夜には雪が降るかもしれないらしい。

 浮かれた雰囲気の連中を見て、こいつらには今日の予定があるのかなあと思う。

 あそこのカップルはこれから買い物でもして、夜にはどこかの高級フレンチレストランに行くのかもしれない。あそこの男性は次の駅で降りて、彼女と待ち合わせている広場まで走って行くのかもしれない。

 確かなことは、今日外出している奴らの99.99%は何かしらロマンチックな予定があるといことだ。

 視点を下げて、再びスマホをいじりはじめる。ニュースの欄にはさすがにクリスマスイブということもあって、クリスマスに関する記事ばかりだ。

 画面をスクロールしていくと、ある記事で指が止まった。


 “クリスマスの予定代行作成の流行‼︎?”


 タップして記事の全文を表示する。最近ではクリスマスに予定が無く、自宅にこもるしかないような社会人がわざわざ依頼してクリスマスの予定を作成してもらい、それに従ってクリスマスを過ごすのが流行っているらしいことがわかった。

 はあ〜とため息が出る。そこまでして予定を入れなくてもいいだろう。予定があるということと充実しているということを同義と考えている人がこれほどまでに多いのか。

 周りの人が動いているのを感じて、スマホから視点を外してみると、どうやら知らない間に目的地の駅に到着していたらしい。

 人の流れに従って駅のホームに出ると冬の身を切るような寒さに体が丸まった。



 都会といえば都会のこの街で、僕は目的の場所に向かうために人の間を縫って前に進んでいた。クリスマスイブというのが憎い。いつもなら歩行者天国のど真ん中を歩いていても10秒に1回ぐらいしか人にぶち当たらないのに今日は0.01秒で3人にぶち当たるぐらいの混みようだ。

 駅前を取りあえず脱出すると、少し人がまばらになった。額に浮かんだ汗をぬぐって、ほっと息をつく。まだまだ道のりは長そうだ。

 少し気力を取り戻して力強く左足を踏み出した時、体に強い衝撃を受けて、そのまま尻餅をついてしまった。前方を見ると、30代ぐらいのコートを着た男性が同じく尻餅をついていた。

「大丈夫ですか」

 彼は立ち上がって、尻のあたりを手で払いながらこちらを見る。すみません、大丈夫ですと言いながら僕も立ち上がった。よく彼の顔を見るとどこかであったことがあるような気がする。聞いてみようか、どうしようと思っていると、彼はおもむろにかがんで地面に落ちている“何か”を拾い上げて僕に差し出した。

「これ、手帳、落としてますよ」

 僕はまだ聞こうか聞くまいか考えていたので半ば無意識にそれを受け取っていた。

 それではじゃあと言って彼は僕の横を通っていく。

 意を決して尋ねようとして振りかえると彼の姿はもうそこにはなかった。

 うーん、やっぱり一回会ったことあったかなあ。少し首を傾げてみたがやはり思い出せない。

 まあいいやと思ってまた歩き出そうとした時、手に違和感を感じた。そこでようやく彼に手渡された手帳のことに気が向く。そして、またさっき以上に首を傾げた。僕は手帳なんか持ってない。計画は頭の中で組み立ててそれで済むタイプだ。では、この手帳はいったい誰のものなのか。

 そこで彼にぶつかった時のことを思い出す。確か彼にぶつかる前には手帳なんか道に落ちていなっかた。彼にぶつかったその後、再び道を見ると、手帳は僕と彼の間に落ちていた。ということは、この手帳を落としたのは彼のはずである。にもかかわらず、なぜ彼はそれを僕に差し出したのか。理解不能だ。

 とりあえず手帳はバックの中に入れることにした。交番にでも届けようかとも思ったが誰が落としたかはわかっている。また会うことはないとは思うがもしまた会ったらなぜ僕にこれを手渡したのか理由を聞いて、これを返すことにしよう。

 一度、息を吐いてから曇天の空に向かってまた足を動かし始めた。



 駅から徒歩で約15分の場所にある大型ショッピングモールの3階の通路に沿って何メートルかおきに置かれているソファーに座って、僕はこれで10回目となるため息をついた。

 そもそもこのクリスマスイブの日にわざわざ外出したのは、今日発売の小説を買うためだった。そして、このショッピングモールに来たのはここに入っている書店が僕の住んでいる地域の中でもっとも大きいからだ。だがしかし、なんと僕の買おうと思っていた本は置いていなかったのだ。それで僕はこうしてソファーに座って何度もため息をついている。

 もうどうしようもないと自分に言い聞かせてなんとか顔を上げる。これからどうしようと思ってなんとなく周りを見るとどこもかしこも人人人で満たされていた。

 このクリスマスイブの日にこれほど落ち込んでいるのは僕だけらしかった。とりあえずスマホを取り出して時刻を確認すると11時半だった。朝食は8時半に済ませたのでもうそろそろ腹が減ってきそうだ。もう特に用事もないしここで昼食を食べたらすぐにかることにしよう。

 これからの計画もたったことだし少し気分が楽になった。もう動くのは面倒だし、お昼まではここに座って時間を潰そうと思いスマホをつけるとバッテリー残量があと10%であることに気がついた。慌ててすぐにスマホを使うのはやめた。

 何か他に暇つぶしになるもの持ってきてなかったかなあと思い、バッグの中をごそごそとかき回すとあの手帳が出てきた。

 手にとって改めてしげしげと見て見ると、どうやらだいぶん使い古されたもののようだった。色は黒で、ちょうど文庫本くらいのサイズである。

 暇だし、中を見ようかなあと思い、開けようとしたが心の中の良心がそれを逡巡させた。この手帳は一応他人のもだからなあ。だが、落とした人はこれを僕のものだと言って渡してくれたからなあ。しばらくして、僕の良心は折れ、結局中身を見ることとなった。

 表紙をめくるとまず何かが書かれていた。


 “この手帳を受け取り、この手帳の表紙をめくり、この文を見たものは、次の二つのうち、一つを選んで実行しなければならない。

(1) 次のページから始まる予定に従い、今日のクリスマスイブを過ごす。

(2)他の誰か(知り合いではない)にこの手帳を渡す。”


  なるほど。これであの男性が僕に手帳を渡して来たわけがわかった。あの男性もおそらくこの手帳の被害者だったのだろう。もしくは、このイタズラの発案者か......。そういえば、今朝の電車の中で見たニュースに「クリスマスの予定代行作成の流行!!?」なる記事があったが、この手帳もその流行の余波だろうか……。

  一旦、手帳を閉じる。それから、天井を見上げた。備え付けの蛍光灯が目に眩しかった。目を閉じると光りの残像が残っている。

  別にこの手帳に従う必要はない。チェーンメールみたいなものだ。しかも、これの場合は、不幸になるなどの脅しはない。この手帳を焼こうが捨てようが僕の勝手だ。

  そう思って腰を上げようとした。上げようとしたのだが、その想いとは裏腹に、力が入らなかった。

  どうして、わざわざこのクリスマスの日に本なんか買いに来たのだろう?別にAmazonとかで頼めばいい話だ。それだし、本当に欲しい本なら予約ぐらいしていて当然だ。にもかかわらず、僕は多分あるだろうくらいの気持ちでここに来た。落ち込んだのだって、本が手に入らなかったという理由じゃない。そう思いたかっただけだ。

 本当は何か出会いみたいなものを期待していたんだ。こんな孤独な自分にもクリスマスの魔法がかかることを望んでいたんだ。しかし、現実は悲しいことに何もなく、街をショッピングモールを楽しそうに歩いている人たちを見て、勝手に落ち込んだのだった。

  出会いは無かった。だが、この手帳を貰った。そして、それは僕に予定を指定してくる。このまま、さっき立てた予定通りに家に帰るのも手だが、それではいつもの惨めな自分のままだ。なら、この際、正気の沙汰とは思えないがこの手帳の予定通りに行動するのもいいかもしれない。少なくとも、いつもの自分とは少し違った自分でこのクリスマス、過ごすことができるかもしれない。

  次に腰を上げようとした時には、既に僕は決心していた。

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