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僕に唯一できることは。  作者: 伊月
相反する存在はそれだけで夢に満ちている
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 あの日から一週間が経った。あの日、というとつまり、旧文化研究会の部室に行った日。千葉と出会い、一ノ瀬と再開した日だ。


 入学してすぐの一週間と言えば色々なことがある。部活動紹介――旧文化研究会は部としては認められていないので、なかった――や体力測定を含む健康診断、授業によってはガイダンスのようなものなど。説明だったり、講習だったりといった面倒な行事が大体この一週間に凝縮されていた。

 そして僕は、千葉の懸念どおり健康診断の中のメンタルケアに引っ掛かり、その日の放課後は保健室から出してもらえなかった。とはいえ失恋といえば、昔から癒す方法はあまり変わらない。時間だったり、新しい出会いだったり、そういうのだ。加えて僕の場合、あの状況の異常さに対する不安の方が大きかったのか、トラウマに際する処置のみが施されることになった。カウンセリングと、MGPMによる投薬。つまるところ、科学による検査と科学による治療。


 科学に育てられ科学に守られ、更には同年代よりは遙かに多い科学に対する知識を有しておきながら言うのもなんだけれど、この金属と電気に支配された世の中は息苦しいし、吐き気さえしてくる。


 そう考えれば、旧文化研究会という空間は、僕にとってはこれ以上ないほど心地良い場所であると言えるだろう。そんなことを考えながら、机の液晶に表示されたポータブルドキュメントの入部届に視線を落とす。

 入部届。そう、入部届だ。


「あれ、夕立、まだ書いてなかったのか?」

「千葉か」

「千葉か。ってなんか素気ないなぁ。まあいいけどさ。んで、なんでまだ書いてないの? そんなにじっと睨んでさ」

「そりゃ……なんだ、まだ決まってないからだよ」


 思わずうろたえたような言葉を返す。すると、心底驚いたように声を上げながら、


「なんでだよ、デメ研、入らねぇの?」

「その略称、どうなんだ?」

「先輩が言ってたんじゃん。俺もいいと思うぜ」


 確かに旧文化研究会――別名デッドメディア研究会、略してデメ研とは、美衣が僕らに教えてくれた通称だ。彼女はその呼び方を「デメキンみたいでかわいいでしょ?」と称していたが、その感覚は僕にはよくわからなかった。

 見る限り、千葉は気に入ったらしいけれど。


「そんなことよりさ、なんで迷ってるんだ? いいじゃん、あこで。俺もこの一週間通ってて結構楽しいって思うしさ」


 たぶん、ではなく、間違いなく。僕にとってこれ以上ないほどの選択肢なのだとは思う、旧文化研究会という場所は。そんなことはこの一週間ずっと、ついさっきだって考えていたことだ。

 けれど、考えてしまう。美衣は僕と今の関係を維持することを望んだ。しかし、それは本当に維持だけなのかと。今のままゆるやかに想いが枯れ腐っていくのを待つことが彼女の心からの願いなのだろうか。


 僕は佐倉美衣じゃない。だから僕には真実はわからない。でも。


 もしかしたら、今を機会に、距離を置いてみるのもありなのかもしれないと。そう思わなくもない。別にもう二度と仲良くしないとか、そういうんじゃない。ただ少しの間だけでも離れてみることで、何か変化があるかもしれない。

 そうやって自分自身に無用な言い訳をしている時点で、きっと僕にそんなことはできはしないのだと思う。ポータブルドキュメントの開かれた画面を閉じようとする手が動かないのが、何よりの証拠だ。


「一ノ瀬は冷たいけどさ、先輩はいい人じゃん。絶対楽しいって」

「……わかってるよ、そんなこと。僕が何年美衣と一緒にいると思ってるんだ」

「それもそうか。でもさ、じゃあ余計夕立も入るべきだって」


 未練がましいな、と我ながら思う。それでもやはり、自分の世界から美衣が抜け落ちるということに、耐えられる自信がなかった。そして何より、ここで糸を切らしてしまえば、もう二度とあの涙のわけを知ることはできないだろう。

 知りたい。

 たとえその結果がどれだけ残酷だろうと、それを知る権利くらいは自分にもあるだろう。美衣は望まないかもしれないけれど、僕が知りたいのだ。

 いつも美衣のやることについてばかりで振り回されてばかりなのだから、少しくらいのわがままは許されるはずだ。


「ありがとう、心配してくれてるんだな」

「な、別に心配ってそんな」照れるように頬をかく千葉。「これくらい普通だろ」


 男が頬染めても誰も得なんてしないぞ。と思いながら僕は言う。


「でも大丈夫だ。もう決めたから」

「……おう、そっか。ならいい」


 その言葉で満足したのか、すっきりしたような、安心したような表情で千葉は頷く。

 心配させてしまった詫びというとなんだか変だけれど、たまには僕の方から話を振る。


「ていうかその夕立ってなんだよ慣れ慣れしいな」

「いいじゃん。友達っぽくて。お前も楓って呼べよ」

「ん、わかった。よろしくな、千葉」

「いや、全然わかってねぇじゃねーか」


 その言葉で、どちらともなく口角が上がり、ははっと声が出る。

 こうやって馬鹿なことを言って笑いあうのは、たしかに友達っぽいかもしれない。


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