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僕に唯一できることは。  作者: 伊月
晴れのち
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思春期の世界は自分たちが中心

 鎌倉駅で降りた僕たちは、鶴岡八幡宮までの一本道を並んで歩く。方向を同じくする人たちは、きっと目的も共にしているのだろう。


「これだけ人がいるってことは、まだ大丈夫そうだな」


 そう、僕は隣の少女に呼びかける。


「なんで、長くなっちゃったんだろうね」


 言葉とは裏腹に、そこに込められている感情は浮き足立っているように思える。

 桜。一番数が多く名前も知られているのは、ソメイヨシノだ。明治中頃から一気に数を増やした桜で、葉より花が先に咲くため見栄えがいい。

 東京や神奈川では、3月下旬から4月上旬が見頃なのだが、どうにも視線の先に見えるそれは、まだ十分な力を持っている気がする。

 というのも、元来満開を迎えた桜は、そこから目に見えて衰えていくものなのだ。だからすぐ散るし、雨風で容易く枝を離れてしまう。


 まるで美しく咲き誇ることに全てを捧げているかのようだと、昔に美衣は言った。僕もそのとおりだと思う。

 だからここ数年、無粋な小細工で延命されている桜を見ると、どうにもやるせない気持ちになるのだ。


 たぶん、美衣はそこまで考えてはいないだろう。不思議に思いつつ、咲き続ける桜を楽しんでくれているくらいが彼女にはちょうどいい。なんでもかんでも裏を読もうとする僕のような姿勢は、美衣には相応しくない。


「きっと美衣がこうやって見に来てくれるのを待ってたんだろ」

「……そっか。うん、そうだよね!」


 僕の手を掴み、少し歩幅を広くする美衣。放っておけばこのままスキップでもしてしまいそうだ。

 つられて僕も歩調を合わせる。周囲の通行人にぶつからないように注意を払いながら、たわいもない話をする。


「来週、実力テストがあるんだけど」

「そういえば私もあったなー、そんなの」

「うん。それで、そのテスト、適性診断も兼ねてるから、科目は全員統一なんだけどさ。一ノ瀬に勝ったら何かご褒美くれよ」

「……ゆうくん、真白ちゃんより頭よかったっけ?」

「さあな。中学の定期試験で勝ったことはないけど」

「それ、負けてるって言うんじゃないかな……」


 当たり前のことを言うんじゃない。悲しくなるだろ。


「だからこそ、だよ。勝ったら、何か」

「うーん……でも、今更私がゆうくんにあげれるものって何かあったかな?ちゅーはもうあげちゃったし」

「なっ、馬鹿っ!」


 咄嗟に美衣の口を手で塞ぐ。背筋に冷や汗がすっと流れ、脳に緊張が走る。


「……?」


 何事かと疑問に首を傾げる美衣を見て、心配が杞憂だったことを知る。


「はぁ……昨日説明しただろ。どこからがシェリーの関与圏内かわからないから、言葉には気をつけてくれって」


 手を離すと、ぷはぁ、と大袈裟に息を吐いて美衣は。


「え、あー、うん。ちゃんと覚えてたよ?」

「別に怒ったりしないよ」

「ごめんなさい、忘れてました」


 頭を抱えながらため息をつく。善意を押し付けるつもりもないし、自分自身の欲望が乗っかっている以上まっさらな善意なんて口が裂けても言えないけれど。それでも美衣のために言っているのは事実なのだから。


「で、でも、本当に私の言葉でもあの子が起きることって、あるの?」


 あの子。人工知能シェリーを当然のように人として扱う美衣を愛おしく思いながら、自身の考えを繰る。


「結論としては、わからないが正解だ。正直さっぱりわからない。起きるかもしれないし、起きないかもしれない。実験するわけにもいかないし、これが導き出せる最大限の答えなんだよ」

「私に対するその……言葉にしか反応しないんだよね。それをちゃんと判別できるなら、大丈夫なんじゃ……」


 言葉を選び、濁し、手首のデバイスを一瞥した美衣。気のせいか、心なしか、何か必死なように見えた。僕を説得しようとしているような。


「基準はきみなんだ。だからこそ、きみの言葉にも反応するという可能性だってある」

「それは……」

「考えすぎだってことは僕も一ノ瀬もわかってるよ。でも、考えすぎて、配慮しすぎて困るってことはないだろ」

「困るよ!」


 思わぬところで反論されぎょっとする。それは周囲の人も同じなようで、急に出された大声に注目を集める。


「み、美衣、みんなが見てるから……」

「ゆうくんはわかってない。ずっと考えてたのは、ゆうくんだけじゃないんだよ?」

「美衣……」

「何年一緒にいると思ってるの? なんで私が誰の言葉も断ってきたと思ってるの?ずっと、私にとっての一番は変わってないの。ずっとゆうくんなの! ずっと待ってて、ゆうくんとまた同じ学校に通えるの待ってて、そろそろ私たちもそういう年頃かなって。なのに、たったの二文字すら言えなくて、言ってももらえなくて、困らないわけない!」


 そうだ。僕は何を勘違いしていた。見失っていた。

 口をつぐむことのつらさは、僕だけのものじゃない。僕が我慢しているのと同じだけ、美衣だって我慢している。そんなことは当たり前だ。


 目尻にうっすらと浮かべた涙を、そっと指で拭ってやる。

 昨日から、理屈に反した賭けばかりしているな。そう思いつつも、身体中を貫く衝動を抑えられなかった。

 思いのままに両腕を美衣の背に回し、抱きしめる。何か言おうとするのを待つこともせず、今度は僕の言葉を、彼女に吐露する。


「僕だって、言いたいことは山ほどあるんだ。昨日の比じゃない。朝日が昇ろうと、帳が下りようと、尽きることなんてない。だから待っていてくれ。必ず、きみに捧げるから」


 右手を美衣の後頭部にもっていく。一瞬触れた耳が熱くなっていることに気がついて、ようやく美衣の言葉をまともに聞く。


「ゆうくん……」

「ご、ごめん!」


 慌てて美衣から離れた。顔から煙が出そうなほど赤くなるのを自覚する。


 初めにみんなが見てるって言ったのは僕だろうが!


 くすくすと笑う声を振り払うように、美衣の手をとって足早に鶴岡八幡宮を目指す。

 着く前でよかった。でなければ、桜に舞い上がったバカップルに思われてしまう。

 まさにそのとおりだということからは、目を背けたいのが思春期だ。

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